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過去の想い…

夜。

ワンルームのマンション。

テーブルの上にはデパ地下の惣菜と飲みかけの缶ビール。

光浩はソファに沈み込んだまま、スマホをぼんやりと眺めていた。


ふとしたきっかけで、SNSの「おすすめ」に表示された名前に視線が止まる。


―Chisa


胸がずきりと軋む。


何年も封じ込めていたはずの名前。

「懐かしい」なんて軽い言葉じゃ片づけられない。


浮気で壊した恋。


泣きながら問い詰められたあの夜の千沙ちさの顔が、今でもまぶたに焼き付いている。


(……変わらないな)


表示されたプロフィール写真には、柔らかな笑みを浮かべる女性がいた。


四十代になった彼女の顔。

けれど二十年前と同じ眼差し。

真っ直ぐで、温かくて。


胸の奥がざわついた。

過去に戻れるわけじゃない。

それでも一言でも返事が欲しかった…


指が震える。

送るべきではない。

わかっているのに、言葉が画面に並んでいく。


『久しぶり。元気にしてるか?

 もし時間あれば、昔話でも』


送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。

缶ビールを置き、額に手を当てる。


(……何やってんだ俺は。二十年も経って……今さら)


それでもどこかで期待している自分がいる。

「笑って返してくれるんじゃないか」なんて、都合のいい幻想を。


光浩はソファに沈み込み、暗い天井を見上げた。

返事を待つ夜は、やけに長く、苦いものになった。

DMを送ったあとも、光浩の胸のざわつきは収まらなかった。

天井を見つめるうちに、二十年前の記憶がじわじわと蘇ってくる。


(……なんで俺は、あのとき浮気なんてしたんだろう)


当時、光浩は二十代半ば。

仕事を覚え始め、同僚や上司から飲み会に誘われることも増え、急に世界が広がったように感じていた。


彼女――千沙はいつも優しかった。


遅くなっても「お疲れさま」と迎えてくれたし、お調子者の自分を怒らずに待ってくれる。


それが当たり前になっていた。


(……安心しすぎてたんだ。大事にしなきゃいけないのに)


そんな頃だった。


飲み会の席で、派手めな女に「かっこいい」と笑顔を向けられた。

千沙は決して言わないような、軽くて甘い言葉。

ちやほやされて、妙に気分が良くなって…


「俺も、いけるんじゃないか」

―くだらない自尊心が膨らんでいった。


ほんの出来心だった。

刺激が欲しいなんて理由にもならない。

だけど、その一歩を踏み出した瞬間に、すべては壊れた。


泣きながら問い詰める千沙の声が、今でも耳に残っている。

「どうして……?」

自分は何も答えられなかった。

ただ黙って、彼女の涙を見ているしかなかった。


(……最低だ。あの時の俺は、目の前の大事なものより、くだらない虚勢を選んだ)


唇を噛みしめながら光浩は目を閉じる。

胸の奥から湧いてくるのは後悔ばかり。

もし戻れるなら、あの夜の自分を殴り飛ばしたい。


(でも、もう遅いんだよな……)


握りしめたスマホが、小さく熱を持っていた。


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