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回顧 四、

さっそく死者の日遅刻しました……

 二人が初めて声を交わした翌朝。

 あらためて教室を見回してみると、窓際の後ろの方の席に森雪はいた。


 疑うわけではなかったけれど、約二カ月同級生として同じ教室にいて存在があやふやだったというのは、あまりに不注意と盲目が過ぎる。ずしんと重荷がのしかかったような心地になるのだった。


 そんな覚えていなかった同級生という申し訳なさが立つ男の子に勉強を教えてもらうことになった、というのは、朝葉にとっても急展開が過ぎた。ほんとにあの子、同級生なんかしら? なんて就寝前に考えてしまうほどには思考がとっ散らかっていた。確かに同級生だったわけだけど。


 着席して、朝から本を読んでいる森雪は物静かな様子で、朝葉に気づいて朝の挨拶は交わしたけれど、すぐに視線は本に戻った。普段からこの様子なら気づかなかっただろうな、と納得する。なにせ朝葉は、朝は憂鬱にうつむいて登校することが多かったので。


 そしてとくに話すこともなく一日を過ごす。肩透かしを食らったが、ありがたくもあった。

 昨日の今日でなれなれしくしても唐突だし、日常生活すべてをおんぶにだっこにする必要もない。日常は日常、放課後は放課後とメリハリをつけた関わり方は混乱が少なく、周囲の余計な詮索を招かない森雪の態度は、入学からこっち、クラスでろくな付き合いを築けていない朝葉には落ち着く結果となった。


 以降、教室では当たり障りない級友といった接し方がデフォルトとなり、これは高校を卒業するまで続く。






 そうした一日を経ての放課後、第四閲覧室。

 生徒が部活動に精を出す声を遠くに聞きながら、朝葉と森雪は顔を突き付けあわせていた。


「流れと方向性はなんとなく構築しているんだけど、最初に聞いときたいことがある」

「ナ、なんでしょうか」

「僕が勉強見るって話でまとまってるけど、水山さんはそれでいい?」


 早々お勉強タイムとしゃれこむでもなく、二者面談さながらの対面質疑が始まって面食らう朝葉を置いてきぼりに、森雪は真顔で問いかけた。


「いいも何も、先生たち込みで昨日決まったよね?」

「水山さんの頭越しにしたから、今確認してる。同級生に教わるのが嫌なら、また別の方法考えるから」

「、その権利は私はないでしょ~」


 一瞬ぐっと息が詰まったのに気づかれなかっただろうか。意識して軽く笑い飛ばした朝葉を森雪はじ、っと観察するように眺め、小さく息を吐き。


「まずさ、その卑屈やめようか」


 ズバッと切り込んできた。


「権利はあるよ。自分のことだもの。嫌々やっても身につかない。おまえが選んで、おまえが決めて、おまえがやらなきゃ意味がない」

「……そうは言っても、実際教えてもらう立場だし。なりふり構ってられないのも絶対迷惑かけるのもわかってるし」

「だから、そこを卑屈になるなって言ってる」


 言葉の勢いの切れ味が鋭すぎて、淡々としているのも相まって責められている気もちになるのは、朝葉に後ろめたさがあるからだ。

 じゃあ、その後ろめたさが何かというと『自分のことで他人の手を煩わせている』という感情が起因する申し訳なさで。つまりは森雪の言う通り卑屈は図星なのだ。


「『迷惑をかけている』『余計なことをさせている』で心苦しく感じているのなら、見当違いだ。先生たちはそれが仕事だし、僕に関しては、僕が自分で決めて自分から言い出した。その決断の責任はお前にはない」


 すっぱりさっぱり言い切った森雪の言を理解するのに、たっぷり四十秒かかった。

 ぽかんと呆けた朝葉を前に、ダメ押しで「僕がやると言ったんだから、僕に関しては水山さんは気にしなくていいってこと」と易しく言い直した。


「わかんないはわかんないでいいんだよ。そこから知ればいいんだから。知ろうと頑張ってやる気がある。今はそれだけでも充分」

「わた、私の頑張りなんて、」

「おまえの努力は昨日の様子からわかる。結果が伴わない苦しさも自己嫌悪も心苦しさも、それらをちゃんと感じているのは真っ当な証拠」


 水山さんはまっすぐな人なんだ、と真顔でのたまう同級生に、きゅうっとのどが絞まる感覚がした。どストレートな賛辞なんて、云年単位でなかったものだから。このままでは号泣しそう、と鼻の付け根に力を込めた。


「やればやっただけ努力が実る土台を作るために、どこからわからないのか、それを探る。まだ遅くない。追いつけるよ」

「……に゛ゅぅん」

「どっからだしてんのその声。で、どうする?」

「……おぢえで、ほじいです……よろぢくおねがいじまず……」


 まだ間に合うと淡々とのたまう声は確信的で、頼もしく。

 このところ涙腺がバカになっていたので涙交じりの返事になったけど、昨日までの情けなさ諸々からくる居心地の悪い涙とは違って、安堵から来たもので。

 『申し訳ない』が先走って視野が狭くなっていたのかもしれないと、森雪の言葉でようやく気が付けたのだった。



 それから森雪は整然と、これからの学習計画を説明しだした。


「どこからわからないかわかるには、この部屋はいい環境だと思う」


 この部屋の書架には、中学全学年分のみならず、小学校一年生から六年生までのドリルや参考書、古今東西の教科書が、年代別にぎっしり詰まっている。活用しない手はない。何でそんなこと知ってんスかという疑問は置いておくことにした。今はそこまで突っ込んでられないので。


「急がば回れ。まずこっからやっていこう」


 そう言って森雪が差し出したのは、小学校一年生の算数ドリルだった。



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