コイバナというにはしょっぱすぎる。
お彼岸に合わせて。
地文多めです。
「アウト」
「アウト」
「迂闊」
「危機感死んでるんか?」
「情緒小学生から成長してないんじゃ?」
「中学校から青春やり直した方がいいよ」
「引き入れてるのアンタじゃないの」
「脳みそピンクなの君の方じゃん」
「雰囲気に酔っちゃった?(笑)」
「忠告してくれるなんて紳士じゃぁん」
「並の男ならペロッといただいてる状況」
「自分から家入れちゃってるし」
「彼くんギリギリまで迷ってるじゃないのさ」
「ダメ押ししたのアナタの方じゃないのよ」
「そうそう、誘ってるのアンタの方でしょ」
「やっちまったなぁ~」
以上、朝葉の生前の行いを聞いた方々の一言。
朝葉は頭を抱えて口をつぐんだ。「うるせぇ~! わかってる~!!」と逆切れしてしまうには、おっしゃる通り過ぎたので。
あと単純に、恥ずかしかったので。
三途の川原で留め置かれることとなった朝葉は、『森雪蒼也とは何者だったのか』を探るため過去に思いをはせていたわけだが。
「事後すぐに行動を起こさない日和見がこの現状につながってるってわかってる?」
「ま~言うたところで、その御仁の行方はつかめなんだろうが。後手後手に回ったのは確かじゃわいなぁ」
「ねー、す~ぐ下げてくるのやめてってぇ。死んでても傷つくんだよ……」
「図星だから傷つくんでしょう」
「ねぇ~!!」
むくれる朝葉をけらけら笑い飛ばす目の前の三人に、やけくそ気味に目の前のカステラをほおばった。おいしい。じゃりじゃりに残った底のザラメが最高。悔しいが、ここのお菓子はどれも絶品なのだ。
三途の川を渡れない魂は珍しくないという。理由は様々。
渡し受付の付近にたたずむ【珈琲処あわい】は、そんな魂の一人が営む喫茶室である。
和洋折衷の重厚なレトロモダンな内装で、お茶やお菓子、軽食、未練が残った思い出の味の再現など、客の望みをおおよそ叶え満足させてくれる。あちらにわたるまで時間が欲しい魂や人外なんていわれる存在、渡し受付職員の休憩場所として、そこそこ繁盛しているとは店主の言。
生前に引きずられ、魂となったいまだ若干ワーカーホリックの気が残る朝葉。受付のお役人から説明を受けた後、『待ち人が来るまで待機』なんていうぽかんと空いた時間に戸惑っていた。何をしたらいいのかという疑問に対する、何もしなくてもいいという返答。
何もしなくていいって、この先何年、何十年も?
説明してくれたお役人の同情を含んだ視線の真意に、ようやく気付いて呆然としたのだ。
朝葉があんまり途方に暮れていたものだから、見かねた店主が手招いた。気が向いたらウェイトレスの真似でもしておくれ、と。渡るのに時間がかかる魂の一時預かりのような真似はこれまでもしていたらしく、気負いなくエプロンを貸し出してくれた。
それからまかないを報酬にせっせと手伝いつつ、店主や従業員や客に話を聞いてもらい、記憶の整理をしていた。
時間をもてあましていたのはなにも朝葉だけじゃない。
さすがに朝葉のように待ちぼうけを食らう魂は珍しいらしく、渡し受付のお役人、三途の川を渡る前の歴戦の紳士淑女、奪衣婆のお姉さま方、賽の河原で石を積む童子たち……好奇心旺盛なのから恋バナが聞きたいというもの好きまで、聞き手に困ることはなかった。朝葉の相談はいい暇つぶしになるようで、客の方から話を振られることもしばしばあった。
方々からご意見を頂戴し、朝葉も素直なものだから正直に答えてしまって、朝葉の事情は界隈では筒抜けになっている。お気の毒様。
本日の休憩のおやつはカステラのはじっこと、香味豊かなはちみつ入りのカフェオレ。
真っ白なクロスをかけた円卓につくのは店主と朝葉と同僚、そして都合を気にしない人外のお客様が一名。
「朝葉ちゃんのお話おもろいわぁ。突っ込みどころ満載で」
「未熟なまま死んじゃったんでねぇ……」
「それ言ったら、未婚のまま死んだ私だってそうなっちゃうわ。はい、カステラもう一切れどうぞ」
「わぁい! 店長ありがとう!」
「それを言うたらこの場のモノ、皆未熟になろうて。店主、われにももう一つおくれ」
「はいはい」
「未婚でくくるのは無しでしょ!」
シフトが重なることの多い同僚の一人である彼女は、朝葉に次いで三途の川の滞在が浅い魂である。先の戦争の空襲で亡くなったというから享年は五十年以上離れているが。生前は浅草で芸者をしていた彼女、男女の酸いも甘いも存分なほど見聞きし実体験しているので意見は辛口。
店主の彼女は朝葉よりずぅっと若くして死没したが、三途の川を渡る目前ですったもんだあり、死後魂の状態で結婚したいわくつきの人である。店主は朝葉が三途の川原に来るまでの語り種の人だったので、その動向については聞くともなしに耳に入ってくる。
朝葉に若干甘いというか親切なのは、朝葉が話題をぬり変えてくれたことに対する感謝があるとかないとか。なにせ話題が少ない場所なものだから、珍しやかなトピックは延々引きずられる。出汁が出なくなっても噛まれる。
店主がカステラをサーブするのを横に、人外のお客様は孫でも見るような目で朝葉を見やる。
人に対して好意的な部類だと自称する彼女は、この【珈琲処あわい】創業からの常連様。人外目線の常識や思考や注意点をそれとなく教えてくれる。長生きなせいか、愉快な話題に目がない。たまに恐ろしいが、礼を失しない限り寛容であった。
「その御仁がなにものであろうと、われらのような存在は、招き入れられないと相手の領域には入れんのじゃ。基本的にはな。それがそなたから招き入れているというに、理性で押し留めているというのはその御仁、なかなかに慈悲深いうえ、人間のいとなみに通じておるなぁ」
「へぇ~?」
「あー、ね。そちらの界隈、話で聞きますと、己の欲にとても素直な感じですものね」
「朝葉ちゃんわかってなさそうだけど、ようするに、招いた時点、食われた時点でアッチに連れてかれてても可笑しかないってことよ?」
「その場合、失踪って扱いになるのかしら?」
「同意を得ておらずとも、気に入れば己の領域に持ち帰るなんてザラじゃしの」
「……もしかして、ヤバかったんすかね、私……?」
「「「そう」」」
そろって首肯され、背中に氷のかけらを入れられたようなひんやりとした心地がした。
だって、まさか、かつての同級生がそんなヤバいやつとは思いもよらないじゃないか。
頭の整理がてらつらつら駄々洩れで話した結果、方々から頂戴する言葉はだいたい一緒。
思い返していくうちに鮮明になっていく記憶に、あんなこと言ったなこんなことしたな、と国民的アニメのオープニングソングのように芋づる式に思い出されて砂利の上でのたうち回る羽目になる。聞き手の皆様からおくられる生温いまなざしも心を刺される一因となっている。つらい。
人生の裏表に通じた先達方がやいやい言うところには、朝葉と森雪の過失の割合は八対二らしい。
後朝の対応と勝手に唾つけたまま放置は減点対象だという。厳しい。反論しようものなら百倍で帰ってくるので口にはしないけど。
かすがえす、引き返すタイミングは多々あったのだと思わざるを得ない。そしてそのタイミングを作ってくれていた森雪の善意だかを、ことごとく棒に振ったのがあの夜の朝葉である。
忠告はしてくれていた。森雪と朝葉は男と女なのだと。そう言うということは、少なくとも森雪の方は朝葉を女として見る目があったということだ。
それでも『しない』という選択を森雪はとれたわけだけど、それじゃいやだと、あと半歩を生み出したのは朝葉の方なわけで。
もともと懐いた相手との距離感が近しくなってしまう朝葉、友人でも先輩後輩でも異性であることを意識することが少なかった。
仲間内で過ごすと何故かどうしても末っ子扱いになりがちで、甘やかされ慣れが表に出る。そうこうしているうちにグループ内の愛護者的立場に納まっていることが多い学生時代。具体的に言えば中高大学ほとんどがそう。環境に恵まれすぎと言っても過言じゃない。
森雪に対してはとくに距離感バグが顕著で、酒でタガが外れたあの夜は、甘ったれと正直が全面に出てしまっていた。
『まだ一緒にいたい』
『もっとおしゃべりしたい』
それが許されるだろう、叶えられるだろう傲慢と甘えが森雪に対してあった。
そしてかみつかれた。
結果、成人の日に『いつまでも子どもの気でいるな』という手痛い教訓を得てしまったというわけ。
しみじみ反省と後悔をした朝葉は、その後酒量はセーブしたし、きれいな飲み方を心掛けるようになったし、酒の失敗はほとんどしなくなった。
最初の失敗はその後に活かされたが、あの夜以降森雪に会うことは二度となかった。中高の友人知人だれに聞いても、森雪の連絡先や消息は知れることはなかった。一言でいい、『ごめん』の一言でもいいから告げたかったが、その機会はついぞ訪れなかった。
悔やんでも悔やみきれない思いだけが取れないシミのようにぽつりと心に残り、それもやがて日常のせわしさに紛れて薄くなっていった。
生前の人生のほとんど毎日をあっぷあっぷと生きていた朝葉だが、出会いのチャンスはあった。恋人がいた時期もある。
初めてできた恋人はゼミの先輩だった。
大学三年生に進級してすぐのころ、なんとなくそういう雰囲気になり、「お付き合いしてみる?」という相手の一言から始まった緩い交際。しかし相手の就活卒論が忙しくなるにつけ有名無実の関係となる。
互いに先輩後輩とした立場の方が心地よかったこともあり、相手の卒業前に気まずいこともなく円満にお別れした。数カ月、実質ひと月足らずの恋人だった。別れた後も先輩後輩として良好な関係を続けていた、良い意味であとくされのない相手だった。
次に恋人となった人はバイト先が同じな他大学の同学年で、これは互いに就職してからも続いた。
続いたことは続いたのだが、新社会人として新生活に慣れることにいっぱいいっぱいだった二人は自然、連絡もそぞろになり、新卒の年度が終わるころには、向こうに新しい恋人ができていた。自然消滅というものらしい。今日こそ連絡をしなければという強迫観念にも似た細いつながりをもう気にしなくていいのだと、正直ほっとしたのは内緒である。
それからは縁があればとのんびり構えていたら、にわかに仕事が忙しくなり、縁遠いままぽっくり。
人外の常連様がおっしゃる。
「そなたにツけられた印が、そなたを縁遠くさせたと言い切れはせぬが、一助は担ったといってもよいわな」
「本人の性格が大部分だとは思うけどねぇ」
「朝葉ちゃん、ちょ~っとのんびりさんですものね」
「これくらい鈍ければ、人ならぬモノと相対して正気でいられるのじゃなぁ」
「ねぇ悪口やめてってぇ~」
しょんぼりフォークをくわえる朝葉の頭をほほえまし気に人外のお客様がなぜり、店主がカフェオレのお代わりを注ぐ。「お行儀!」と叱咤の声が同僚から叩きつけられたので、慌ててフォークを口から離した。こういうところが母親に似ていると以前言ったら限界まで頬を引き延ばされたので、今では黙って従っている。お行儀が悪いのは事実なので。
いろいろなことに鈍くなっていったのは社会人になってからだと思っていたのだけど、どうやら生来の性格であるらしい。死後に気づいた特性。遅すぎる。
朝葉が感覚が鈍くなっていると自覚したのは、着る私服がないことにあれぇ? と首を傾げたそのときだった。
私用のための外出できる服を探したら、大学卒業前後に購入した服しか見つからなかった。今着るには若すぎて着くたびれた服は、当然似合わない。
見回してみれば、仕事用のオフィスカジュアルとスーツが数着、くたびれ切った寝巻が三組。反芻すればそれをローテーションして片手年はゆうに経っていた。
公と私の境界があいまいになり、仕事が日常を侵食し始め、生きるために仕事をするのではなく仕事のために生きているような状態になっていると、そのとき気づいた。なお、友人の結婚式に着ていくためのパーティドレスだけなぜか七着もあった。クローゼットから探す手間を惜しんで、飛び込みで購入した先で着ていくことが何度か会った記憶はある。そのあと美容院に駆けこんだ記憶も。出席の後すぐ弊社にトンボ返りだった記憶も。
最後に私服をゆっくり購入したのはいつだろう。
最後に好きだったウィンドウショッピングをしたのは。
最後にゆっくり音楽を聴いたのは、好きな本を読んだのは、趣味で続けていたテニスのラケットをふったのは。
最後に家族に顔を見せたのは、盆に帰ったのは、正月に帰ったのは。
三十路を越えた入社十年余り。遅すぎる気付きだった。
この珈琲処を舞台に一本かけるくらい設定詰めたのですが、他未発表作に飛び火しすぎて今のところお蔵入りしています。
『よくある話。』のお父様お母様の話と義叔父様叔母様の話を出さないことには進められない。そうです、わたしはシェアードワールド展開大好き侍です。