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43.お披露目会前夜①

よろしくお願いします。

 何も進展がないままに、お披露目会は明日に……。気持ちは焦るが、正直なところもう何もできない。

 毎日情報を届けてくれるアイリーンの表情も徐々に曇っていき、今日なんて雪でも降り出しそうだ。ここ最近は情報がないことを確認するための定期連絡になっていたのだから仕方がない。


 エシルが渡したとん平焼きを受け取ったアイリーンは、いつになく表情が固いし言葉が少ない。張り詰めたどころか、思い詰めてしまっている。

 こんなにもしみったれた空気じゃダメだと、エシルは自分に気合を入れる。


「明日がどうなるか分からないけど、細心の注意を払って乗り切ろう。何とかなる!」


 笑顔で腕を突き上げたエシルを、窓の下からアイリーンが無表情で見上げる。やるせない表情でため息をつかれてしまうと、突き上げた腕が急に重くなるし恥ずかしい。


「何度も言うけど、従者候補(私たち)の周りには護衛はいない。ネイビルだって遠ざけられた。暗殺者が飛び込んできても、エシルさんを護ってくれる人はいないんだよ!」

「護衛がいても、私を護る可能性は低いよ。むしろ、その護衛が暗殺者って可能性が高いと思わない? 側に護衛がいないのは、私にとってはラッキーだよ」


 エシルが笑うと、アイリーンは首をガックリと落とした。残念だがエシルが正しい。


 お披露目会では、従者候補の近くに護衛はつかないことになった。

「物々しいのは会の雰囲気を壊すからよくない。お披露目会では、我が国の安全と愛し子の力を他国に見せつけたい!」そう王太子が言い出したからだ。

 従者候補をお披露目するのに、護衛がうろうろしているのは見栄えが良くないのは分かる。でも、この国は安全ではないし、愛し子に特別な力はない……。


王太子(あいつ)は本当に、何も分かってないんだよ。お披露目会で誰かが死ねば、自分の責任になることも理解できないバカだ! クズだ!」

「それは仕方ないよ。王太子がガレイット公爵を殺しても、それは『邪悪な闇の精霊の愛し子』がやったことにすればいいって話に、どうせなっているんだから」


 残念ながら、これも事実だ。教会の常識になっている。頭を抱えたアイリーンは、シルバーリーフの中に埋もれてしまった。とはいっても、気温が下がり葉も大分落ちてきた。隠れ場所としては相応しくなくなってきている。


「ちょっと、エシルさん! 笑っている場合じゃないんだけど!」

「うん。そうなんだけどね。アイリーンがここに堂々と隠れていた時のことを思い出したら、おかしくなっちゃって」

「そんなこと、どうでもいいよ」


 これ以上ないしかめっ面を向けられたエシルだが、半年ほど前のことがとても懐かしく感じられる。明日のことを思って、感傷的になっているのかもしれない。

 あの時のアイリーンは、まだギリギリ敬語を使っていて、どこかよそよそしかった。なのになぜかエシルに近づいて来た。怪我をしたヤマネコを看病して山に戻した時のことを思い出したのは秘密だ。


「あの時は『もっとちゃんと隠れてよ!』と心で叫びながら、必死にアイリーンを見ない振りをしてた。それなのに目は合うし、小枝は踏むし、本当にどうしようかと思ったよ」

「……エシルさんの様子を探ること、日記を盗むタイミングを調べることを教会から指示されてた。そんなことをする気は、最初からなかったけどね。私は死に戻りのことや、どうして人が変わったのか、エシルさんと話がしたかっただけだから」

「そうでしょうね。数々の失態を見なかった振りしてあげたら、驚きの声をあげたもんね」

「エシルさんに、私を認識してほしかったのかな? エシルさんから声をかけてもらいたくて、むきになっていたんだと思う」


 エシルの死に戻りに巻き込まれたこと。エシルと同じで周りに利用されて苦しんでいること。そして、エシルを殺したこと。アイリーンは、全てをエシルに告白したかった。

 助けて欲しかった。エシルなら、きっと分かってくれると思っていた。


「あの時も、今も、エシルさんは変わらない。危機感が全然ないよね!」


 恥ずかしさを拗ねたふりで隠したアイリーンは、プイっと横を向いて赤い顔を逸らした。そんなツンデレにも慣れたエシルは、優しい目でアイリーンを見ていた。


「一回目より今の私の方が『生きたい!』って気持ちが強い。アイリーンやソフィア様やネイビル様に助けられて、その気持ちは毎日大きくなってる」

「そういうところだよ! エシルさん!」と言ったアイリーンの横顔が何かを堪えて歪んでいく。

「エシルさんを殺した私でも、きっと許して受け入れてくれるって思える。そういうところがつけ込まれるんだからね!」


 いつも守られていて、つけ込まれているとは思えない。

 アイリーンはいまだにエシルに負い目を感じていて、過去の過ちを取り返そうと必死だ。


「私はアイリーンを信じているもの」


 アイリーンに一番分かって欲しい気持ちなのに……。エシルはいつも、言葉だけでは伝わらない気がして歯痒い。


「……だからさぁ、そういうのは必要ないんだよ!」そう言ってアイリーンは、エシルを睨みつけた。


 今までの会話が嘘のように、アイリーンの紫の目が仄暗い。

 驚いて言葉に詰まったエシルに、とどめを刺すようにアイリーンは呟いた。


「絶対にエシルさんを死なせない」


 その言葉はなぜか、エシルの心に暗い重しとして残った。





 アイリーンを見送った後、エシルは食事の準備をいつもより早く終えた。そのまま作業台に行くと、手紙を手に取った。

 茶色い封筒の真ん中には、赤字で大きく「秘」に丸印が書かれている。いわゆる「マル秘」だ。いつもの手紙にはない印に、エシルは少し怯えていた。


 大体、手紙に使用している文字が日本語な時点で、ダンスールとのやり取りは全てマル秘なのだ。今更こんなものを書かれては、ビビりもする。

 しかも、本当なら、今日は手紙が来ないはずだった。


 明日のことで気が重いせいだろうか? 椅子を引く音が、やけに厨房に響く。

 ピリピリしているのは、明日という山場を前に緊張している証拠だ。


 前回の死は前触れもなく突然やってきたが、今回は違う。明日……何か事件が起きるのは間違いない。

 分かっているのだから必ず防げる。そう思う反面、怖くてたまらない。だって、エシルには敵が多すぎる。


 身を放り出すように、エシルはどさりと椅子に座った。思いきって封筒から手紙を出すと、二つ折りにされた白い便せんにもご丁寧に「マル秘」が書かれていた。何だか今度は、ちょっと笑えてしまう。


『エシル様

 最初に結論から。

 残念ながら、何も分かっていない。

 エシル様のことだ、今頃、みんなを助けなくちゃとか、できもしない理想に押しつぶされているんじゃないか? 無理なことは考えるな。自分にできることをやれ。

 精霊樹はエシル様を死に戻らせたんだ。絶対にエシル様にしかできないことがある。エシル様が生き延びることが、みんなに未来につながるんだ。

 仲間を助けたければ、自分が生き残ることだけを考えろ。一回目みたいに、自分の命を諦めるな!』


 その生き残る方法が分からない。

 そう思いながら、エシルは二枚目の便せんに目を落とした。


『エシル様に一つ忠告だ。目に見えるものだけが真実だとは限らない。

 昔見せた、だまし絵を思い出せ。エシル様は思い込みが激しいから、だまし絵の中に隠されたものを見つけ出せなかっただろう?

 人の気持ちだって同じだ。自分の考えに囚われるな。人よって、立場によって、感じ方も考えも違う。今のエシル様なら、俺の言っている意味が分かるはずだ。

 敵はエシル様の側にいる。エシル様を見ている。独りよがりだったエシル様が成長したことは、敵にとっては誤算なはずだ。慌てずに冷静に考えて行動しろ。

 気をつけろと言っても無理な話だが、最大限の警戒を怠るな! 今度こそ、『選定の儀』を終えて帰ってこい。

 帰ってきたら、これからどうしたいのか聞かせて欲しい。エシル様が何を考え、何を掴んだのか聞けるのを楽しみにしている。』


「帰り、たいなぁ」


 思わず漏れた一言は、エシルが考えていた以上に願望がこもっていた。


読んでいただき、ありがとうござい。

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