41.消えた災厄の種
完結しないまま投稿してしまったせいで、結末に向けて色々と悩んでしまっています。
随分と間が空いてしまって、申し訳ありません。
必ず完結させます。
よろしくお願いします。
人気のない草も生えないむき出しの土の真ん中で、灰色の煙が青い空に向かって伸びていた。パチパチと燃えるオレンジ色の炎からは、ついさっきから香ばしく甘い香りが漂ってきた。
その匂いを嗅ごうとネイビルが鼻をひくひくさせているのだが、タイミングが悪い。エシルが昨日のお茶会の話をしている最中にそれはない……。
「聞いてます?」と苛立った声と共に、エシルの右腕が上がった。
振り下ろされた手には、細長い棒が握られている。それが炎の中に突き刺さると、シャリとまだ芋が生焼けなことを示す音が聞こえた。
ネイビルがごくりと唾を飲み込んだのは、このままでは生焼けの焼き芋を食べさせられると気づいたからだ。慌てて視線を芋から外し、話を聞いていることをアピールする。
「聞いている。ソフィア嬢が十三年前の話をしたんだな。まぁ、そういうことだ。エシルが思っているより、レオンハルトは危険だ。馬鹿なだけに、危険だ」
「……二回もご忠告いただき、ありがとうございます。ですが……王太子がお披露目会をぶち壊すなんて、ちょっと正気か疑います」
少しバカにしたような表情にエシルに対して、ネイビルは重苦しく呟く。
「もうずっと、正気じゃないのかもしれないな……」
一瞬、ネイビルが怠惰な野心家である王太子を皮肉ったとエシルは思った。
だが、ネイビルの目は、焼き芋を見ているわけでもなく、揺れる炎を見ているわけでもない。何か別のものを見て、恐れを感じている。
「十三年前どころか生まれた時から、レオンハルトは災厄の種に囚われているのかもしれない」
「種、に……?」
呆然と自分を見上げるエシルに、ネイビルはゆっくりとうなずいた。
精霊樹は従者を通して国を護っているが、種は言葉を与えることで人を操り国を破滅に導いているのだとしたら?
今に至るまでの様々な事件ばかりに目がいって、それが災厄の種の思惑によるものだとは、エシルは考えなかった。だが、そうだとしても、おかしくない。だって、災厄の種は、精霊樹が生み落としたのだ。精霊樹と同等の能力を持っていても、何もおかしくない。
「種は自分を止められる唯一の存在が、エシルだと知っているはずだ。だからこそ、教会に闇の精霊を敵視させ、王家にエシルに罪をなすりつけさせて貶めた。災厄の種は、何としてでもエシルを排除したいんだ」
「なるほど……。実際、一回死にましたしね」
「精霊樹が死に戻らせるとは思っていなかっただろうから、二回目はより慎重になってエシルを狙っているはずだ」
「……死ぬ可能性が、高い……」
諦めたわけではないが、乾いた声になる。
そんなエシルの頭をポンポンと撫でたネイビルは、エシルの目を見て「必ず守る」と言った。
以前のエシルならドキドキしたり気恥ずかしかったりしたはずなのに、今は「ははは……」とより乾いた声が地面に落ちていく。
「精霊樹からの命令ですし、ネイビル様の職務ですからね……」そうエシルが呟くと、ネイビルの手が止まった。
「私に一体何ができるのか分かりませんけど、死なないよう頑張りますね!」
エシルは両手を握り締めて、つとめて明るく言った。
理由は何にせよ、ネイビルはエシルとダンスールを守ってくれている。それを勝手に自分は特別だなんて解釈して落胆するなんて、いくら何でも身勝手すぎる。エシルはそう、自分を戒めた。
精霊樹の守護者としてネイビルが役目を果たすためには、エシルは必要な仲間だ。そう思うと心がもやっとしたり、ネバっとしたりするので考えないようにしてきたが……。声に出すとやっぱりどんよりとしてしまう。エシルはそれを、笑って吹き飛ばそうとした。
「『お互いを裏切らず、正しいことを貫き通す』聖騎士の誓いですよね? 聖騎士じゃないですけど、私も気合を入れてやり遂げます!」
ゆらゆらと揺れる炎から、甘い匂いが濃くなっている。他の芋も食べ頃だ。それを口実に、エシルはネイビルを見ずに、「焼き芋もいい具合ですね~」と手早くくし刺しにしていく。
そのせいで、ネイビルが何度も瞬きしていることに気づいていない。
二人の間には見解の違いがある。
聖騎士の誓いを捧げたのはネイビルだけで、エシルに同じことを望んではいない。それに、ネイビルの誓いは、生涯エシルを守りとおすつもりで言ったことだ。
常に自分の言葉が圧倒的に足りていないとネイビルも分かっているが、ここまでなのかと膝から崩れ落ちそうだ。
「一回目の俺は、何も気づけなかった。そのせいで、エシルを見殺しにした」
まるで自分が殺したような言い方に驚いて、エシルは焼き芋を落としかけた。
「見殺しって大袈裟ですよ。接点がなかったんです。どうしようもないです」
ネイビルがそんな風に思っていたなんて、エシルは全く気付いていなかった。
一回目は、エシルだって随分と頑なだった。諸々仕方がないとエシルは思っているが、ネイビルはそうではなかったようだ。
「エシルが罪をなすりつけられていることは、知っていたんだ。ダンスールを人質に取った脅迫にだって、気づけたはずだ。俺がぼんくらじゃなければ、一回目のエシルは死なずに済んだし、一人で苦しまなかった」
ネイビルの手にあった焼き芋がつぶれて、地面に落ちた。
食べ物を粗末にしないネイビルには、ありえない失態だ。でも、そんなことは気にならないほど、ネイビルの後悔は強い。
「今回だって精霊樹の指示がなければ、危なかった」
「精霊樹の指示通り、ネイビル様は私を助けてくれましたよ」
「だが……エシルが城から抜け出そうとしなければ、俺はまた見落としたかもしれない」
「職務に忠実なネイビル様は、見落としたりしません」
「……精霊樹の指示とか、俺の職務とか、義務的に渋々関わったと言われているみたいに感じる」
「違うんですか?」
「違う! 最初に声をかけたのはそうであっても、今はもう精霊樹の指示は関係ない。俺がエシルを守りたいだけだ!」
思っていたのと違い、エシルはしどろもどろになっている。そんなエシルを、ネイビルは「何を言っているんだ?」と言わんばかりの顔で見下ろした。
「大体、義務で聖騎士の誓いを捧げるわけないだろう? 俺の意思でしかない!」
ネイビルらしくない甘い声と笑顔に、エシルは完全に混乱した。火が消えそうになるのも気にせず、芋をドサドサドサと炎の中に投入するくらいに……。
消えそうな火をあの手この手で元の大きさに戻した頃には、やっとエシルにも冷静さが戻ってきた。
決め手は、深く考えない。それだけだ。
「種は国を滅ぼす気満々なのだから、『種を使って国を滅ぼす』という王家の脅しは無視していいんじゃないですか? とりあえず災厄の種を奪い取って、精霊樹に浄化してもらえば解決しません?」
名回答とばかりにすっきとしたエシルに対して、ネイビルは湿度の高い息を吐いた。
「……そう考えて、種を取り返そうと地下の隠し部屋に行った。が、種は偽物にすり替わっていた」
「えっ?」
禍々しい災厄の種が、王家が王家であるための、たった一つの切り札だ。種という最終兵器があるから、国王を名乗れるのだ。その力を見せつけるために、歴代の国王は災厄の種を二大公爵家に開示していた。
だが、現国王は、十年くらい前を最後に種を見せていない。
種を失えば、この国に王家など必要ない。もし種が失われているのなら、王家としては何としてでも隠し通したいに決まっている。
二大公爵家が種の開示を請求しても、国王はのらりくらりと逃れている。それは、種が盗まれたことに気づいていて、その事実を隠していることにほかならない。
「……えっと、ちょっと話についていけてませんが……。種という抑止力を失った王家なら、さっさと追い出しちゃえばいいのでは?」
「そうしたいのは山々だが、誰が何の意図をもって盗んだのかが分かっていない。王家を泳がせて、相手がどう出るか見るべきだろう」
確かに……。王家が消えたって、災厄の種が消えるわけではない。下手に王家に手を出せば、相手を警戒させてしまう。
「……王家から種を盗んだのと、毒を手に入れているのは同一人物ってことですか?」
「その可能性が高いと思っている」
この国は、どうなっているんだ?
エシルは脳内でそう叫んでみたが、案外あっけなく答えは出た。
災厄の種によって、この国は滅びに向かって一直線に走り出している。種を盗んだ誰かが、種の声を聞いて国を破滅に追い込んでいるのだ。
その種に対抗できるのが、エシルだ。
自分に何ができるのか分からないが、確実に荷が重い……。細い枝を持つのも辛そうにしているエシルを見れば、そう思っているのは一目瞭然だ。
「誰が毒を手に入れたとか、その毒で誰が殺されるとか……。目の前のことで手一杯なのに、国を滅びから守るなんて……」
声というより、ため息に近い呟き。なのに、頭に置かれたネイビルの手は重いとは感じず、むしろ心地がいいのが不思議だ。
「まずは目の前のことからだ」
エシルは素直にうなずいたものの、災厄の種を盗んだのが誰なのかは考えずにはいられない。
国の秘密である災厄の種という存在を見つけ出せるだけでなく、その秘密にも王族にも近づける人物。災厄の種の悪意に共鳴できるくらい、国に恨みを持っている人物は誰だ?
燃え盛る炎の中で、一際大きくバチっと爆ぜる音がした。
何もない場所に風が吹き込んできて、火の粉が線を描くように空に舞い上がった。
読んでいただき、ありがとうございました。