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39.要らない王太子

よろしくお願いします。

 残された三人は、お菓子も紅茶も何もかもがぐっちゃぐちゃになったテーブルが片付けられていくのを見ていた。

 新しい紅茶とお茶菓子が用意されると、ソフィアは「下がっていて」とメイドを下がらせた。


 やっとお茶会らしく気楽にお茶とお菓子を楽しめると、エシルがティーカップに手を伸ばしかけた時。突如ソフィアが頭を下げた。

 エシルは二度見したが、それは間違いなくソフィアだった。誇り高く、プライドはもっと高いソフィアが、二人に頭を下げていた。


「……二人共、わたくしのために怒ってくださって、ありがとうございます」

 ソフィアはそう言うと、真っ赤な顔をプイっと横を向けた。

「私は別に、何もしていないから!」

 アイリーンも赤い顔を横に向けた。

 同じようにムズムズした顔を真っ赤にした二人が、顔を背け合っている。何だこの構図は!


 最初の警戒し合う態度からは考えられないほど、二人は随分とお互いを受け入れたし、理解していた。まぁ、言葉には出さないけど、見ていれば分かる。

 このツンデレコンビは本当に仲良くなったなぁと、エシルはついニヤニヤして見てしまう。


 もう少しで四年前の服が着られそうだと嬉しそうなソフィアは、今日はペパーミントのドレスを着ている。

 痩せる努力と、王太子を諦める努力。どちらも王太子のためなのだと思うと、エシルは何だかやるせない……。


 灰色の質素なワンピースでも美しいアイリーンは、二回目は1回目とキャラを変えた。「周囲への当たりを強く、『選定の儀』を振り回していく」と、教会にも宣言したそうだ。洗脳された振りがバレないように、多少素が出てもバレない方向に持っていく作戦だ。

 ちなみに作戦を考えたのはソフィアだ。本来の性格がかなり過激で辛辣だから、らしい。

 一回目と同じ言動よりやりやすいと言っているが、洗脳された振りは苦痛だし屈辱に決まっている。


「あの様子なら、マリアベルは何も知らなそうだね。従者になって、周りにかしずかれることを夢見ているって感じだった」

 エシルがそう言うと、アイリーンは呆れ顔でため息を吐いた。

「チャービス家が王妃の罪や諸々を知っていても、あのバカ(マリアベル)にだけは言わないだろうね」

「私もそう思います。だから尚更……チャービス家がどこまで知っているかは、気になるところですね」


「王妃の罪を知っているとすれば、王になるべきではない王太子にすり寄っても仕方がないと考えるよね?」

「それもそうだし、さっさと暴露して国を乗っ取ればよくない? ドースノットと手を組む必要もないよね?」

 二人の意見に、ソフィアは腕を組んで難しい顔を傾けた。


「王妃の罪を暴露してしまうと、次の王はオリバー様だと暴露することにもなります」

 「そうなることを、みんなが望んでいる」とエシルが言いかけると、アイリーンが額に手をおいて「あー」と唸った。

「オリバーが王になると、チャービス家が実権を握るのは無理か。国が息を吹き返してしまったら、チャービス家はいらないしね」

「なるほど。ガレイット公爵が王になると、チャービス家にとって国の商品価値が下がるのか!」

「オリバー様は人当たりはいいですが、チャービス家の手に負える相手ではありません。うっかり側にいたら、逆に利用されてしまうでしょうね」


 人当たりのよさと、人のよさは違う。オリバーは苦労人だし、その経験の分だけ曲者だ。国王親子の様にはいかない。


「チャービス家が王妃の罪を知っていても、ガレイット公爵がいる限り有効活用できない。王太子を王位に就けないと、国は商品にならないってことか」

 マリアベルは従者になるつもりだが、チャービス家はこの国を売るつもりだ。だがそれも、オリバーが王になったら叶わない。


「うーん……。でも、それって、オリバーが死ねば、解決するよね?」

「えっ? そんな物騒なことをしなくても、黙って『選定の儀』が終わるのを待てばいいんじゃないの?」

「オリバーが帰ってきていない一回目なら、黙って待てば王太子が王になっただろうね。でも、今は違う。王家とチャービス家と教会以外は、みんなオリバーが王になることを望んでいる」

 ソフィアは黙って目を伏せた。


「だからって、殺すの?」

「そうしなければ、王太子は王になれない。それどころか、身ぐるみはがされて城から放り出される。どっちを選ぶかは、一目瞭然だよ」


 ため息をつきながら、エシルは空を見上げた。やもやした心と違って、空は雲一つなく青く澄み渡っている。

 エシルはこのまま空だけを見ていたいけど、そういうわけにはいかない。

 まずは、うつむいたまま元気というか生気がないソフィアを何とかしなければ。


「ソフィア様、大丈夫ですか?」

 エシルの声にハッとしたソフィアが、笑顔を張り付けそこなった。泣いているのか笑っているのか中途半端な顔は、そのまま泣き出しそうな比重が増えていく。


 さっきのマリアベルの攻撃は、いつになく厳しかった。あの場では気丈に振舞っていたソフィアだが、傷つかないわけがない。それに加えて、この話だ。誰よりも王太子を思うソフィアが平気なはずがない。

 だが……今のソフィアが相手だと、何を言っても傷つけてしまいそうで怖い。


「ちょっと! 何なのよ、急に! 腹にためてないで言えばいいじゃない!」

 アイリーンのツンデレは、エシルを救う。どんな言葉をかけようかと悩んでいたのが、馬鹿らしく思えてくる。


「……王太子殿下が……、思い悩んで馬鹿な真似をしないか心配です……」

 消え入りそうな声でそう言ったソフィアは、うつむいたまま顔を上げない。


 王太子がオリバーを殺すかもしれないと、エシルも少し思い始めている。

 となれば、ソフィアの不安は計り知れない。何とかしてあげたいが……。


「王太子が何か仕掛けたところで、オリバーに返り討ちにされるよ」

 エシルは飛び出した目で、アイリーンを見た。

 余計驚いたことに、アイリーンは真剣だ……。

 これは、まずい。


「返り討ちっていうか……。ガレイット公爵なら王太子がしでかす前に気づくし、悪いようにはしないと思う」

「そうでしょうね……。でも、そうやってレオ様が何かしでかすたびに、オリバー様派が増えていくんです。その状況が、またレオ様を追い詰める……」


 アイリーンの前では「王太子殿下」と呼んでいたのに、「レオ様」になっている。なりふり構っていられないのだろう。

 ソフィアが焦る気持ちも分かる。現体制をひっくり返そうとする者が、そこかしこに蠢いているのだ。しかも、着実に増えている。


 白や紫が入り乱れたコスモスが、折れそうなほどに風に揺さぶられている。だが、三人は、風が吹いているのも分からない。青い空から降り注ぐ光さえ感じられない。

 エシルは、絶望するソフィアを見ているしかできない。


「……あ、あの根性なしが、オリバーを殺すなんて、できるはずない! ないない! ねっ、エシルさん!」

 励ましている。アイリーンは間違いなく励ましているのに、貶めているようにも聞こえてしまう。

 ここは王太子の弱さに触れずにいくべきだ。エシルはぐっと奥歯を噛みしめた。

「大丈夫です! 大丈夫ですよ、ソフィア様! オリバー様は曲者ですし、暗殺されることに慣れた、いわば達人です! 王太子では殺せませんよ!」


 喋っている途中から、失敗には気づいた。でも、修正できなかった……。エシルが頭を抱えたいところだが、そうもいかない。

 エシルだって怯えるソフィアを助けたいのだ。フォロー相手が王太子でなければ、もっと上手くできている。


 ソフィアがゆっくりと顔を上げた。てっきり「レオ様を馬鹿にしないでください!」という調子なのかと思ったが、そうではなかった。

 暗く絶望的な顔で、ソフィアはゆっくりと首を横に振る。



 王太子レオンハルトが生まれた時には既に、母は役立たずの従者で、父は無能な国王と言われていた。

 この二人の時代を早く終わらせて欲しいと、レオンハルトには期待の目が向けられた。

 だが、その期待が自分に向けられたものではないと、レオンハルトもすぐに気づいた。


『周りが期待しているのは、僕に対してではない。僕のお嫁さんになる、精霊樹の従者に期待しているんだ。早く従者が変わって、精霊樹の加護が戻ることを、みんなは待っている。みんなが本当に王になって欲しいのは、優秀なオリバー叔父様なんだ……』


 そんな間接的な期待でも、されていた方がましだった。レオンハルトがそれに気づいたのは、精霊樹から見放された十歳の誕生日だ。

 苛立ちを隠さない父親。姿を現さない母親。落胆を露わにする臣下。

 目の前に広がるのは、悔し涙で滲んだ世界。

 従者を娶れない王太子となったレオンハルトに残されたのは、従者を娶る息子を作ることだけ。


 昨日までは国王と王妃だけだった国を凋落させた戦犯に、その日からレオンハルトも仲間入りした。


 周囲がレオンハルトを腫れ物のように扱う中、オリバーだけがいつもと変わらずに接してくれた。息が詰まる城から外に連れ出してくれた。

 昨日までは嬉しかったその優しさも、レオンハルトには自分に対する優越感に思えてしまう。


 オリバーが自分よりも遥かに優秀で、国民も彼に期待していることは、レオンハルトだって知っていた。知っていたけど、「従者と結婚して王になるのは僕なのだから」と楽観していたのだ。


 オリバーになくてレオンハルトにある唯一の優位が、一瞬で崩れ去った。そして、レオンハルトは気づいた。

 次の従者を娶る子供を作るのは、自分である必要はない。王家の血が流れるオリバーにだって、その資格がある……。


 レオンハルトがオリバーに憎しみを抱くようになったのは、その日からだ。

 のんびりと凪いでいたレオンハルトの碧い泉に、一滴の闇が落とされたのも、その日だ。一滴の闇はじわりじわりと泉を侵し、いつしかドロドロに腐った沼になり果てた……。



「オリバー様が国を出た一番の理由は、レオ様の心に配慮したからです」

「……配慮?」

「オリバー様が側にいては、レオ様の心が壊れてしまう。それを心配されたのです」


 王太子が辛い思いをしたのは、エシルにだって理解できる。

 生まれてくると同時に、周囲に勝手に期待された。十歳を迎えたら、その期待が落胆と憎悪に変わった。王太子からすればいい迷惑だ。

 でも、それでいいのだろうか?


 二大公爵家がいるとは言っても、一応は国王として国の顔になる。だったら王太子には、それに見合った努力が必要なはずだ。何もせずに引き離せばいいなんて、甘やかしが過ぎる。と言いたいところだが、さすがにエシルも今は言えない。

 だが、王太子を見ていれば、誰だってそう思う。


「そうやって甘やかしすぎた結果を見れば、その配慮が失敗だったのが分かるよね」

 エシルの方に身を乗り出したアイリーンが、小声でそう言ってきた。

 ……広く静かな庭には三人しかいないのだ。もちろん、ソフィアにも聞こえてしまっている。


「お二人が言いたいことは分かります。ですが、あの時は……、オリバー様が国を出ることが最善だったのです」

 ソフィアの思いつめた顔、強張る身体、少し震えた固い声。その全てが、ただ事ではない何かを物語っている。


 エシルとアイリーンは、完全にその空気にのまれていた。

 目の前にいるのは、自信に満ちたいつものソフィアではない。恐怖に怯える子供のようだ。

 椅子に座り直したエシルは、乾いた喉に無理やりつばを飲み込んだ。


「……えー、えっと……、何が……、あったんですか? 事件ですか? 事故ですか?」

 暗い目を伏せたソフィアは、うつむいたまま顔を上げない。


 エシルが今日はここまでにしようと思った時、ソフィアが青白い死人のような顔を上げて「……十三年前……」とかすれる声を出した。


「レオ様は……、オリバー様を、殺そうとしました……」


読んでいただき、ありがとうございました。

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