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37.ダンスールからの手紙

よろしくお願いします。

 お披露目会が決まってから、ネイビルはより忙しくなった。

 ダンスールの手紙と食材を運ぶのも部下に任せることが増え、執務室に差し入れを持って行ってもいない。そんな日々が続いていたので、離宮の前に立つネイビルを見たエシルは驚いた。


「ちょっと話があってな」と言うダンスールにエシルは朝食を作ろうとしたが、そこまでの時間はないらしい。

 とにかくダンスールからの手紙を読むようにせかされた。まさしく業務という感じに、エシルは少し残念に思う。


「ダンスールからの手紙の内容は、俺も報告を受けている」

 その手紙を読み進めている真っ最中のエシルに言うのだから、ネイビルも焦っているのだ。

「まだ全部読めていませんが、秘密箱の話ですか?」

「そうだ。扱っていたのは、ダンスールの同郷の者だそうだ」

「『十年前くらいから連絡が取れない。恐らく殺されているだろう』と書いてあります……」

「ちょっと変わっていて、あまり良い印象のない奴だったそうだ」

「そう思っていたのはダンスールだけでなく、村でも浮いた存在で、常に一人で行動していたって書いてありますね」

「村で浮いていたのなら、故郷に帰らなくなっただけどとも考えられるよな?」

「どうでしょう? ダンスールの故郷の人たちは、異常なほどに仲間意識が強いんです。それに、村の特産物を扱う商売をしているのに、十年何も仕入れていないのはおかしいです。ダンスールの予測が妥当ですね」


 転生者特有の商品は、テンセイシャ村でしか手に入らない。

 その男もチート能力はなく、あるのは前世の記憶だけだった。

 男は前世でも優秀な販売員だったが、強引な売り方で度々問題になった。売り上げが高いことで周りを黙らせていたが、同業者や社内のでの評判も悪かった。

 転生しても、性格は変わらなかった。周囲の意見や助言は聞かず、「俺がこの村を大金持ちにしてやるよ」というのが口癖だった。

 そんなことを望んでいない村人たちは、強引な商売をする男に商品を卸したくはなかった。だが、そこは仲間意識が強いテンセイシャ村だ。男を切り捨てることもできなかった。


「そいつがアサス商会に商品を卸していたんだそうだ」

「『秘密箱を持って行ったのは十五年前だと、職人の出納帳にある』と書かれていますね。あの村の人は几帳面な人が多いので、間違いないと思います」

「十五年前くらいから、そういう珍しい商品を扱い、十年前に大当たりした。それが今のアサス商会に繋がるというわけだな」

「どんな商品が大当たりしたのか、気になるところですね。私が知っているものかな?」

 エシルは気になって仕方がないが、ネイビルは興味がないようだ。


「十五年前では、秘密箱を手に入れるルートが王妃にはない」


 ネイビルは右眉を上げた難しい顔で、カボチャのモンブランを口に運び続けている。

 モンブランの頂からフォークを入れて二等分したと思えば、それを一口だ。あっという間になくなってしまう。隣の大皿に残り五つあるが、それで満足できるか難しいところだ。


「十五年前のアサス商会では、王家を相手にすることが許されていない」

 腐っても王家だ。国王やその家族に商売をするのなら、それなりの実績と品質だけでなく、商会の安全性が認められる必要がある。その頃のアサス商会は、まだ王家御用達になれるほどではなかった。


「手紙には『秘密箱は、地味な上に開け方が難しくて(この世界では)需要がない。販売しようとしたのは、その男だけだ』とあります」

「王妃の侍女に話を聞いたが、王妃が秘密箱を手に入れたのは十五年前だと言っていた」

「どうしてそこまではっきりと言い切れるんですか?」

 秘密箱と分かれば印象に残るが、ただのレターケースだと思えばそこまでではない。

「それは俺も気になって、その侍女に聞いた。興味深い話が聞けた」

「興味、深い……?」


 傲慢で野心の強い王妃は、周りから嫌われていた。役立たずの従者であることが確定してからは、自分の身近な者に当たり散らしていた。その一番の被害者と言える侍女であれば、大抵のことは話すだろう。


「十五年前から、王妃は急に大人しくなったそうだ」

「えっ?」

「周りに当たり散らすこともやめて、何かに怯えているように見えたと言っていた」

 十五年前は、王妃が離宮に閉じ込められた頃だ。


「侍女が秘密箱のことを覚えていたのにも、理由がある」

 淡々としゃべるネイビルを、エシルは見上げた。

「王妃はレターケースに触れないどころか、視界に入るのも嫌がったそうだ」

「えっ? ならどうして部屋に……?」

 レターケースは文机の上にあった。抽斗にも入れていないのだから、狭い部屋で目にしない方が無理な話だ。

「侍女も『処分しましょうか?』と聞いたそうだが、うんざりするくらい激しく叱責されたそうだ。メイドが同じように『クローゼットにでも入れておきましょうか?』と言った時も、同様だったらしい」

「……何ですか、それは? 秘密箱が見たくないほど嫌なのに、視界に入れていないと安心できないってことですか?」

 それは、どういうことなのだろうか?


「……あれ? そういうことなら……。秘密箱を手に入れたのも、秘密箱に日記を隠したのも……、王妃じゃないですよね?」


 既に隠していた日記のページを破り、それを別の場所に隠す。その上、わざわざ苦労して手に入れた秘密箱に怯えるなんて……。そんな道理に合わないことを、自分でするだろうか?

 王妃以外の誰かがやったと考える方が、しっくりくる。


 エシルの言おうとしていることがわかったネイビルは、ぐわっと音がしそうに三白眼を見開いた。

「秘密箱は誰かからもらったってことか。……まさか、脅迫か!」と叫んだ。

「日記のあの部分を破り、秘密箱に隠した。それを王妃に送り付け、心が蝕まれていくのを楽しんで見ていた。悪趣味だな」

「本当に」

 もちろんエシルも同意した。

 王妃も最低だが、犯人も相当根性が腐っている。


 それなら、王妃が秘密箱を嫌悪していたことも、目の届く場所にないと不安になる説明がつく。

「その中にお前が書いた日記が入っているかもしれないな。燃やしたり壊したりしても、お前の罪は暴かれる。それが嫌なら、大事に持っていろ」とでも言って、秘密箱を渡したのだろう。

 十五年前から王妃が大人しくなったのも、自分の罪が暴かれることを恐れたからだ。


 問題は、誰が? だ。


「国王でしょうか?」

「違うだろうな。国王が王妃の過ちを知ったら、まず、あの紙を始末する。残しておくなんて危険な真似は絶対にしない。そして、本来の王位継承者であるオリバー様を、どんな手を使っても殺しているはずだ」

「そうですよね……。そんなに危険な橋を渡ってまで王妃を苦しめたかったのは、誰なんでしょうか?」

「王妃を憎む者の名を挙げればキリがないが……。王妃に近づいて日記を破り取って、秘密箱に入れて渡せる相手となると限られるな」

「王妃が最も恐れるものを肌身離さず持つように仕向けるなんて、ものすごい憎悪ですよね?」

 ネイビルからの返事はなく、視線を床に落として考え込んでいる。


 王妃が日記を隠していることを知っていて、その日記を破り取って盗める。普通に考えれば、王妃と接触できる近しい者の犯行だ。国王や王太子、二大公爵家といった身分が高く且つ城で働く者が該当する。

 だが、王妃は、役立たずの従者だ。国を荒廃させた当事者として憎んでいる者は多い。王城内に実行犯を送り込む力があれば、誰だって犯人になりうる。これでは、犯人の的が絞れない。


「次の国王を握り潰したという大犯罪の証拠を手にしておきながら、国を乗っ取るでもなく脅迫に使うなんて……。犯人は、一体どんな人なのでしょうか?」

 ネイビルはやっぱり無反応だ。心なしか、顔色が悪くなっている気がする。


「ネイビル様! 私の話を聞いていますか?」

「……あぁ、聞こえてはいた……」

「聞こえてたって、何ですか?」

「いや、俺も犯人が誰なのか考えていた」

「分かったんですか?」

「さっぱりだ」


 一つだけ残ったカボチャのモンブランを、エシルは皿ごと奪った。

「おい! 待て! まだ食べる!」

「考える邪魔をしているようなので、回収します!」

「甘いものを食べないと、脳が働かない! 頼む! 返してくれ」


 魔獣討伐の英雄に懇願されるなんて不思議な気持ちだ。

 皿を台に戻すと、モンブランは数秒で消えた。

 糖分を摂取したネイビルは、犯人が誰なのか閃くことはなかった。顔色を変えて考えていたことを、エシルに話してくれることもなかった。


 城まで戻る道を、ネイビルの背中に向かって自分が何度ため息をこぼしたのか、エシルも分からない。





 自分の部屋に戻ったエシルは、ダンスールからの手紙を読み返していた。

 手紙に書かれていたのは、秘密箱のことだけではなかった。


『村でも禁止されているほど危険な毒薬が持ち出された。言いたくないが、エシル様に使用される可能性も高い。

お披露目会に出るな。お披露目会で出された食事は食べるな。と言いたいが、言ったところで仕方がない。王太子が用意したものを食べないのは不敬になるなんて、本当にこの国は馬鹿げている。

愚痴はこのくらいにして、本題だ。

絶対に販売してはならない、村の中でしか流通が許されていない薬がある。使う薬草が希少なこともあり、この薬は門外不出だ。本当なら村の外には出してはならない。だから、薬としてエシル様に送ることはできない。薬草と調合方法を送るから、自分で作ってくれ。

この薬を使わずにいてくれることを祈っているが、エシル様は一回死んでるって言うし心配だ。

とにかく、早く薬を調合しておくように。もし毒を盛られた場合は、その薬を飲ませてくれるようにネイビル様に言っておくんだぞ。

冗談抜きで、自分で飲もうとしても間に合わないくらい即効性の毒だ。

あと、万能解毒剤だから、誰もが欲しがる。絶対に世間にばれないように、適当に対応してくれ。

 いいか、エシル様。絶対に死ぬな。俺がエシル様に望むことは、今のところそれだけだ。』


「適当に対応って、一番難しいよ。いかにもダンスールらしいけどね……」

 そう呟いたエシルは、もう一枚の調合が書かれた紙を見た。


 薬の調合については、ダンスールから習っている。調合方法としては教えてもらったものと変わらないが、扱う薬草の中には初めて名前を聞くものが三種類もあった。

 ダンスールは隠すことなく何でも言うから、二人の間には秘密はないのだとエシルは思っていた。だが、そういうわけではなかったらしい。

 薬草も薬も村人だけが知る秘密。よそ者のエシルは知ることができない秘密。


 そりゃそうだ。転生者が集まる村の秘密をエシルが知れるはずがない。ダンスールはその秘密を暴露してエシルを助けようとしてくれている。それだけで十分ありがたい。

 それでも一回目のエシルだったら、「ダンスールには自分より優先するものがある」と結構ショックを受けただろう。今はそうならないのは、どんなに相手を大切に思っていても言えないことがあるのを知っているからだ。


「そんなの、当たり前よね……。私だって、ネイビル様にもやもやする件は気恥ずかしくて相談できていないもの。いや、ダンスールは村の存続とかの話だし、私の個人的なことと比べることがおかしい。恥ずかしいわ……」

 顔を真っ赤にしたエシルは、ベッドの上で手足をばたつかせた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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