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34.ネイビルの秘密

よろしくお願いします。

「はぁっ! ネイビル様は本当に部屋を出てしまったのですか? エシル様とアイリーンを二人きりにした? 信じられません!」

 ソフィアの苛立ちは、言葉だけではない気がする。離宮の厨房に広がる、香ばしい香りがそう思わせる。


「エシルから絶対に部屋を出るようにしつこく言われていた」

「だからって、エシル様の安全が優先されるべきです! アイリーンは一度、エシル様を殺しているんですよ!」

「俺はエシルの望みは叶えると決めているんだ。もちろん、何かあればすぐに突入できる準備は万端だった。命に代えても守ってみせる」

 そう胸を張ったネイビルは、貴族らしからぬマナーで焼きとうもろこしにかぶりついた。「バター醤油か、美味いな」と言うと、また次の焼きとうもろこしに手が伸びる。


「重大な話をしているのですから、食べるのは止めていただけます?」

「エシルはいつも、できたてが一番美味いと言っているぞ?」

「そうですけど! その勢いで食べられたら、わたくしの分がなくなります!」

「食べればいいだろう?」

 ネイビルが、しれっとした顔で焼きとうもろこしを指さす。

「デリカシーのないネイビル様の前であっても、淑女であるわたくしが大口を開けて食べるなんてあり得ないのです! それくらい察するべきです! 空気の読めない男なんて、令嬢の心を射止められませんよ!」

「……レオンハルトよりは、ましだろう?」

 これ以上真っ赤になりようがないはずのソフィアが、赤黒くなって爆発寸前だ。これはまずいと、さすがにエシルも間に入った。


「食べ物と王太子と言えば、お披露目会で出すメニューに困っているみたいですね?」

 どうなるかと思ったが、王太子の話に流れてくれた。恋心万歳だ。

「レオ様主催ですからね! 随分と力が入っていて、各国の招待客を驚かせ楽しませる料理を準備しているのですが……」

 どんどん声が小さくなっていくのは、相談相手が自分ではなくマリアベルだからだ。


「無難なものばかりで面白みに欠ける。と、オリバー様は言っていた。会全体が軽薄で格式に欠けることも心配していた」

「そうらしいですね? 私もオリバー様にメニューの提供を求められました。もちろん、断りましたけどね」

 各国の要人が集められる会で、食事を出すなんて命を縮める行為だ。エシルの出した料理に毒を仕込むなんて、ありえすぎて怖い……。

「俺からもオリバー様にもう二度とエシルに頼むなと言ってあるが、もし何か言われたら、必ず俺に言ってくれ」


 話を聞いていたソフィアから、苛立った声が聞こえてくる。

「オリバー様が、どうしてメニューの心配を? 主催はレオ様なのに」

「そのレオ様の心配をしているんだよ。精霊の愛し子のお披露目会なのに、内容がパッとしないだろう? オリバー様は、レオンハルトに評価が下がることを危惧している」

 甥思いの行為だが、ソフィアは何か言いたげで曇った表情だ。


「オリバー様が動けば動くほど、レオ様の評価が下がるのに……。ネイビル様は側近なのですから、一から仕切り直せないのですか?」

「国のためにもそうしたいところだが、俺は側近を外されたからな」

「……そうでした。レオ様の周りは、マナーや格式を馬鹿にしたチャービス家の息のかかった者ばかりでした……」

 ソフィアは悔しそうに唇を噛む。


 オリバーが国に戻ってきて、国は二つに割れつつある。

 特に城内は、それがはっきりと見て取れる。王太子派とオリバー派に別れ、どちらが次の国王になるかと小競り合いが始まっているのだ。


 そんな小競り合いの熱が増している。原因は、周辺諸国からの圧力というか、横やりだ。いや、嫌がらせか? 何にしろ、それを払いのける力が、ノーラフィットヤー国にはない。

「精霊に護られし国の象徴である、愛し子たちに会いたい。会って、愛し子と次代の王に『選定の儀』の祝いを述べたい」そう言われてしまえば、断れない。


 しかし、この言葉には裏がある。

 王太子ではなく、「次代の王」とあることだ。普通に考えれば、次代の王は王太子であるレオンハルトだ。だが、周辺諸国はそれがオリバーであるように匂わせてきた。

 そうなれば、オリバー派は勢いづくし、王太子派の苛立ちは増す。

 国内外では、元々オリバーの評価の方が高い。今更焦った王太子は、周りが見えなくなった。お披露目会を成功させようと、自分の周りをイエスマンだけで固めてしまった。ネイビルが側近から外されたのは、子供の頃からオリバーを慕っていたからだ。


「マリアベルに言われるままに、チャービス家の息のかかったものばかり側において……。国をあげてのイベントになんて関わったことのない者たちが、国のしきたりも知らないままお披露目会を成功させられるんですかね? オランジーヌ家も大変ですよね?」

 エシルの言葉に、ソフィアの唇を噛む力が増す。


 王太子とその仲間たちの尻拭いに、オランジーヌ家は忙殺されている……。いっそお披露目会の主導権を渡せばいいのに、彼等は決してそうしない。

「お披露目会を成功させれば、誰もが王太子殿下の力を認める」周りからのその言葉を信じて、王太子は今初めて意地を見せている……。それが事態を悪化させていることを、オランジーヌ家以外に言う者はいない。


「今まではお披露目なんてなかったのです……。近隣諸国が急にそんなことを言い出したのは、ドースノット国が関わっているに決まっているわ。レオ様にとってこんなにも危険なお披露目会は、するべきではないのです」

「そうしたいところだが、今更後戻りはできない。王太子が状況の悪さに気づいて、オランジーヌ家を頼れば、無難にお披露目会を終わらせられるんだがな」

 ソフィアの唇は、いつ嚙みちぎられてもおかしくない。

「チャービス家が色々と吹き込んだおかげで、二大公爵家は敵だと思い込んでますからね……」

「馬鹿だとは思っていたが、あそこまでとはな……。頑なになればなるほど、オリバー様との格の違いを周りに見せつけるだけなのに。それにも気づけない」

「……レオ様は、目隠しをされているようなものです」

 王太子に目を開ける気があるのか、はなはだ疑問だ……。


「まぁ、お披露目会に関しては、もう俺たちが口出しできることではない」

「そうですね。蚊帳の外ですから」

 二人がソフィアを見ると、無表情のままじっと前を見つめている。


 どうしても納得ができないのは、ソフィアだけだ。

 どんな形でもいいから、何としても王太子を助けたいのだ。恋心ってやつは厄介だ。それが分かっているから、ネイビルは強引に話題を変えた。


「アイリーンが教えてくれた施設には、人を潜入させた。とりあえず、洗脳を阻止できるはずだ。下手に施設を潰すと教会が暴走する可能性がある。時機を見て動くことにする」

「アイリーンに伝えます! 教会が子供たちを盾に取ることを、彼女も心配していました」

「それが一番最悪だからな」

 教会の目がついているアイリーンと四人で会うのは危険行為だ。アイリーンの身を守るために、エシルが連絡係となっている。


 しかし、一緒にいるはずのソフィアの目には、まだ二人は映っていない。エシルとネイビルが、目を合わせて首を傾げても気づかない。変わらず、別世界の住人だ。

 これは、困った……。

 何かこちら側に引き戻す話題はないか、エシルも頭を巡らす。


「あぁ、そう言えば、アイリーンもソフィア様と同じことを言っていました!」

「同じこと? 何を言っていたんだ?」

「大したことではないのですが……。精霊樹が私を死に戻らせたのは、私に何かさせたいことがあるのではないか、とソフィア様が言っていたんです」

 ハハハと笑っているエシルの話を、ネイビルはうなずいて聞いている。ソフィアは無反応だ。


「その話をアイリーンにしたら、彼女もソフィア様と同じ考えだと言うんです。張り合っている二人が、なぜかそんな話で意見が合うのがおかしくて」

「どうしてだ? おかしくないぞ。正しい意見だろう? 実際に、精霊樹だってそう言っている」


 エシルはもちろん、ソフィアも弾かれるようにネイビルを見上げた。見られているネイビルは、いつも通り何事もなかったように冷たい表情だ。

 いつも通りすぎて、エシルもさらりと受け入れてしまいそうだが……。間違いなくとんでもないことを言われた。

 ソフィアの競争心をくすぐって、こっちの世界に戻らせるための話だったはずだった。それが、ネイビルの参戦によりとんでもない話になってしまった。


「精霊樹がそう言っている? 一体どういう話ですか? ちゃんと全て、話してください!」

 こちら側に戻ってきたソフィアが、ネイビルに掴みかかる勢いだ。エシルも同意見なので、止めない。むしろ、掴みかかりたい。


「話して、いなかったか?」

 二人の冷たい視線を受けて、ネイビルも話していないことに気づいた……。


読んでいただき、ありがとうございました。

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