32.教会の実態
よろしくお願いします。
「教会の実態って……。何だかものすごく怪しい感じだけど、一体何なの?」
金の亡者以上に、怪しい話になってきた。
「教会の信者は平民がほとんどです。貴族はごく少数で、いても平民同然の下位貴族です。なのに、社交界において教会の発言力は大きい。どういうことか分かりますか?」
「……表立って信者とは言わないけど、実は信者ですという隠れ信者が多い?」
「外れです」
笑顔一つないクイズに、エシルの心も折れそうだ……。
「教会は高位貴族の秘密を握っているんです。その秘密をちらつかせて、貴族たちを操っている」
「またまた、嘘……では、ない。ですか……」
エシルは冗談に反応したつもりが、ソフィアの顔は真剣そのものだ。教会は、家族を脅している。
「接点がないのにどうやって? と思いますよね?」
その通りなので、エシルは素直にうなずいた。
「教会は裏で高利貸しをしています。払えなくなった利子の代わりに、情報提供や融通を利かせる場合もあるそうです」
「ありがち……」
「もう一つが、スパイや愛人を養成していることです。城内にも多くのスパイが入り込んでいます」
スパイが城に入り込んでいるのはエシルも聞いていたが、愛人は初耳だ。
「愛人? 変態じじいに売られるって話?」
「教会でいう愛人は、スパイです。見栄えのいい孤児を教育して、愛人として貴族のもとに送り込み情報を得ています。役に立たなくなった者が、愛玩奴隷として変態に売られるのです」
「なに、それ……。普通に会話に出てきていい話じゃないよね?」
「ですから、それが教会の実態です……」
エシルは本当に放心していた。
金の亡者までは予想できたが、実態は想像を遥かに超えていた。
「宗教団体なんて小奇麗な皮を被った、真っ黒な極悪組織だよね……」
「その通りです。孤児院も教会も、みんな隠れ蓑です」
「分かっているなら、さっさと潰せばいい! そんな組織に囚われているアイリーン様たちが可哀相すぎます!」
「それができるなら、そうしています」そう言ったソフィアの顔は、悔しそうだ。
「一回目の『選定の儀』でエシル様を殺したのは、アイリーン様だろう。わたくしは言いましたよね?」
「はい……。アイリーン様からも、自分が殺したと言われました」
「わたくしがそう思ったのには、理由があります」
持って回った言い方だ。ずばんと直球が欲しいエシルは、イライラする。
「理由やその時に何を思っていたのかは、エシル様が直接聞くべきです。アイリーン様も、エシル様に聞いて欲しいはずです」
「……そうでしょうか? もう二度と私の顔なんて見たくなさそうでしたけど……」
「今一番、エシル様を必要としているのがアイリーン様です。色々あったのでしょうが、これだけは確かです。絶対です!」
アイリーンがツンデレかまってちゃんとはいえ、エシルだってなかなか堪えた。不信感丸出しな顔にもなる。
「アイリーンが、わたくしと張り合っていると感じたのですよね?」
エシルはうなずいた。
「わたくしとアイリーンは、エシル様の取り合いをしているんです」
「………………私? どうして?」
「エシル様が、そういう人だからではないでしょうか?」
「……全然、意味が分からない……」
ソフィアにからかわれているのかも分からず、よく見えるようになったエシルの眉間の皺がどんどん深くなる。
「エシル様は人にもものにも興味がないと言いますが、お人好しですぐに手を差し伸べてくださいます」
驚いたエシルが自分の両手を背中に隠したのは、無意識だ。
「しかも、一度握ったら、もう離したくないと思うほど、とっても心地いいのです」
隠した手に力が入る。
「アイリーン様とエシル様は、境遇少しが似ています。ですが、わたくしは、真逆といっていいほど違います。そんな環境の違うわたくしたちが取り合うのですから、エシル様は万人受けするのでしょうね?」
「にっこり微笑まれても、怖いだけです! 意味が分かりませんけど、アイリーンも私と友達になりたいってことで、合ってます?」
目を見開いたソフィアが笑い出し、うつむいたマリーも肩を震わせている。エシルはなぜ自分が笑われているのか分からず、憮然としている。
「エシル様は、そうやってすぐに受け入れてしまう。わたくしが言うのも何ですが、心配です」
「受け入れるって、よく分かりませんがっ。私だって、誰にでも手を差し出すわけじゃないです!」
そこははっきりさせなくてはと、エシルは気負って言ったのに、ソフィアは「そういうところですよ」とニコニコ喜んでいる。
笑顔を引っこめたソフィアは、真顔でエシルと目を合わせた。立っていたら一歩下がりたい、逃げ出したい。そう思うくらい、緊張感のある顔だ。一気に空気が変わってしまった。
「オランジーヌ家は、教会の危険性を警戒しています。災厄の種が、影響していると考えています」
「……王家が、教会を作ったってこと?」
「違います」即答だ。
「王家の手にあるはずの災厄の種が、自分の意志で教会に影響を与えている。オランジーヌ家は、それを危惧しています」
「……なに、それ? 王家が切り札として使わなくても、種は国を破滅させるために勝手に動き出しているってこと?」
うなずくソフィアに、エシルは言葉がなかった。
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