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28.二回目の二人

よろしくお願いします。

「ここは一回目からの、エシル様のお気に入りの場所ですよね? ここで待っていれば、人目につかずに会えると思ってました」

 そう言ったアイリーンは「前はマリアベルに邪魔されましたけど」と舌打ちした。

 人形の様だった一回目とは異なり、感情が全開だ。その差が激しくて、エシルは圧倒されていた……。


 花畑のガゼボには、もちろんのんびり休もうと思ってやってきた。まさかアイリーンがベンチに座っているなんて思わない。

 アイリーンには聞きたいことが色々あるのに、このまま背を向けて戻りたい。そう思ってしまうのはなぜだろうと、エシルは顎に手を置いて考えた。


 城の木々も随分と緑が濃くなり、陽の光よりも水を欲している。降り注ぐ光にも、肌を刺すような熱がこもる。気づけば、そんな季節になっていた。

 それでもこのガゼボには涼しい風が抜けていくし、木々によって日差しが和らいでいる。この場所で夏を超すのは二度目になるが、庭師の緻密な計算のおかげで今日も快適に過ごすはずだったのに……。

 最近ガゼボは、エシルに安らぎを与えてくれない……。


 王妃の部屋を探せと言った後、アイリーンは離宮に現れなかった。

 せかすように結果を聞きに来るのだろうと思っていたエシルは、正直ちょっと拍子抜けした。それはソフィアも同じだったようで、「ここ最近は連日、教会の人間が面会に来ているようです」とわざわざ様子を調べていたほどだ。


 そうしている内に、季節も夏最盛期を迎えた。アイリーンは興味を失ったのかと気を抜いていたところを、こうやってガゼボで待ち伏せされたのだ。エシルは驚いたし、ちょっと今更な気持ちもある……。


 仕方なく一歩踏み出したエシルは、二人分の距離を取ってアイリーンの隣に座る。

 相手の様子をうかがって視点が定まらないエシルに対して、アイリーンは待ってましたとばかりに真っ直ぐな視線を遠慮なく向けてくる。「これは本当に、あの無感情なアイリーンなの?」とエシルは混乱した。


 先に口を開いたのは、やっぱりアイリーンだ。

「王妃の部屋を探したのは、私の話を信じてくれたからですよね?」

 私の話と一言で括られるには、色々なことが含まれすぎている。

「……それは、『選定の儀』が二回目なこと? 王妃の部屋に日記が隠されていること? 一回目は教会が日記を見つけたこと?」

「まぁ、諸々全部です!」


 随分とざっくりとした答えと、向けられた子供のような笑顔にエシルは戸惑いしかない。

 エシルの知るアイリーンだって笑わなかったわけではない。取ってつけた美しい仮面のような冷たい笑顔は、数回見たことがある。目の前の笑顔とは、全然違いすぎる。

 いくら二回目とはいえ、人はここまで変わるものだろうか?


「ありましたよね? 日記! オランジーヌ家が保管していますよね!」

 二人分空けているというのに興奮したアイリーンが寄ってくるから、どんどん顔が近づいてくる。


「……どうして、知っているの?」

 日記のことはオープンにはしていないのに、アイリーンは詳細に知っている。不安げな顔のエシルに、アイリーンは「あぁ、そんなこと?」とばかりに表情を緩めた。

「『オランジーヌ家が、王妃の日記を手に入れた』って教会が大騒ぎです。そのせいでシスターが連日私のところに押しかけてきているからですよ。『どういうことだ! お前は何をしてたんだ!』って怒られてます」

「えっ? ブールート家とオランジーヌ家以外は、日記の存在を知らないはずだけど?」


 王家も含め、誰にも話をしていない。

 驚くエシルに、アイリーンはため息を漏らした。


「城の中には、教会のスパイだけでなく協力者も大勢います。基本隠し事なんて、できないと思っていた方がいいですよ?」

「……でしょうね……」

 教会に心酔しきった聖騎士の濁った目が、エシルの頭に蘇った。


「あとは……教会や敵対勢力をかく乱するために、オランジーヌ家が意図的に情報を流した可能性もありますね!」

「! ……」


 オランジーヌ家なら、ありえる……。オランジーヌ公爵なら、自分にとって都合がいいように適度な情報のバラマキくらいする。


「そのおかげで、私は毎日困ってますよ! シスターがやって来ては、『あれをしろ、これをしろ』『やっぱり、こっちだ』とコロコロと意見を変えるんですからね」

 そう言って口を尖らすアイリーンは、驚くほど普通に十七歳だ。


「連日教会からの面会で忙しそうだとは聞いていました」

「そう! もう本当に、そうなの! シスターがうるさくて!」アイリーンは足をばたつかせて叫んだ。

「離宮がエシル様専用になった時なんて、大興奮で『協力者を使って鍵を奪い取る!』って言ってうるさくて。だから早く、エジル様に日記を見つけて欲しかった」


 だからわざわざエシルに言いに来たのか……。

 鍵を奪われたエシルが無傷だったとは考えられない。ここはアイリーンに感謝するべきだろう。


「なんて分かりやすい見張りだと驚いたけど、私が襲われないためだったのね。ありがとう」

 エシルの肩に触れるほど寄って来ていたアイリーンが、一人分の隙間を空けて固まっている。呆然とエシルを見たまま開いている口を閉じてあげるべきなのか? エシルは判断に困った。


 とりあえずここは下手なことはせずに、話を進めるべきだ。そう判断したエシルは、もう一人分空けてベンチに座り直す。


「日記の件なんだけど……。ガレイット公爵への暗殺計画のことなら、オランジーヌ家は把握済みの内容だった」

「そうでしょうね」


 アイリーンに真顔で返されて、エシルは驚いた。

「もしかして、教会から王家を守りたかったの?」

「全っ然、違う!」

 思いっきり引いた顔をしたアイリーンは、限りなく細めた目で立ち上がった。

「王家なんて助ける価値がない! そんな馬鹿なことを、するはずがない!」

 力いっぱいそう言われ、エシルも納得だ。


「先に言っておくと、一回目の教会も、王妃の日記を有効活用していない」

「えっ? オランジーヌ家に助けを求められない王家を脅したのでは?」

「そんな下らない使い方より、効果的な方法はあった」


 なるほど、その通りだ。

 オランジーヌ家に王妃と国王の罪がバレていても、教会だからこそできる使い方があった。


「教会は日記の内容を公開して、『選定の儀』をぶち壊すことだってできた。その上で、真実を暴いた英雄として、国民を先導して弟殺しを計画した国王を引きずり下ろす」

「……本当だ! 脅迫よりもその方が、国民の心も国も簡単に手に入りましたね?」


 災厄の種のせいで国王を切り捨てられない二大公爵家と違い、教会は何だってできる。王家だけでなく、二大公爵家も一緒に葬り去る絶好のチャンスだったはずだ。


「従者や国王が暗殺に手を染めたから、精霊樹の怒りをかった。それを止められなかった二大公爵家も同罪だ。証拠を手にそう叫べば、国は簡単に教会の手に落ちてきたはず。それが、教会の望みでしょう?」

 アイリーンはうなずいたが、「でも、できなかった」と首を横に振った。

「目の前に勝利がぶら下がっているのに、教会は利点の少ない脅迫を選んだ。その理由は、エシル様にあります」

「……はい?」


 言いがかり? そう言いたいけれど、アイリーンは真剣そのものだ。


「……えっと、何も心当たりがないのですが?」

 エシルがそう言うと、アイリーンから「当事者は分からないものですよね」と憐れまれた。解せない……。


「日記を公表すると、王家が自分たちの罪をエシル様になすりつけたことも表に出てしまう」

「……確かにそうだけど。王家や二大公爵家が最低最悪だってことが国民に知れて、教会的には好感度が倍増するんじゃない?」


 アイリーンが否定する理由が分からない。

 王家や二大公爵家を貶めるネタは、多ければ多いほど教会には嬉しいはずだ。なのにアイリーンは「それでは、ダメなの!」と、また首を振る。


「『邪悪な闇の精霊愛し子』が王家によって作られたと知れたら、エシル様は悲劇のヒロインとして同情を集めます。そうなると教会は、エシル様を攻撃する正当性を失ってしまう」

「……そんなこと? 教会は国の支配者になるんだから、私のことなんてどうでもよくない?」

「エシル様には『そんなこと』でも、教会には『重大なこと』なんです!」

「……教会にとって闇の精霊は天敵なんだから、今まで通りにすればいいのでは?」


 のほほんと答えるエシルの態度が、よほど気に入らなかったようだ。アイリーンは何も分かっていないと言わんばかりに、また身体ごと近づいてくる。


「教会の天敵程度では、エシル様の極悪度が足りない。『邪悪な闇の精霊の愛し子』として国を滅ぼす存在じゃないと、教会は困るんです!」

「……ごめんなさい。何に困るのか、分かりません」

「教会はそれくらい、エシル様を恐れているってことです」

「……えっ、どこら辺を……?」


 エシルは弱者だ。

 教会からは天敵呼ばわりされ、光の精霊や国を滅ぼす存在にされた。王家からは罪をなすりつけられた。国民はそれを信じ、エシルを恐れ蔑んでいる。その全てを、エシルは受け入れるしかできない。

 そんなエシルの、どこを恐れるというのだ?


「どこら辺と言われると、困りますね……」

 アイリーンは腕を組んで、天井を睨んだ。


 天を仰ぎたいのは、エシルも同じだ。

 珍しい色が陰気だから、闇の精霊の愛し子だから。生まれてからずっと、自分ではどうしようもない理由で苦しめられてきた。

 何か原因や理由があるのなら、もうそろそろ教えて欲しい。


「教会がなぜエシル様を恐れているのか? 教会がなぜ闇の精霊を敵視しているのか? 一回目も含めて、私にも理由は分からない」

「……えぇぇぇ……」

「そんな顔されても……。教会にとって、私はただの操り人形にしかすぎない。命令の理由なんて、教えられるはずがない」

「まぁ、知りたくもないけど」と吐き捨てたアイリーンの顔に浮かぶのは、教会に対する激しい嫌悪感だ。一回目で見ることはなかったものだ。


「一回目も、そうやって教会のことを憎んでいたの?」

「えっ?」

 予想外の質問だったのか、アイリーンは口を開いたまま固まっている。


「だとしたら、全く気づけなかった。てっきりアイリーン様は教会に大事にされていて、教会の象徴として誇りを持っているのだと思っていた」


 ポカンとしていたアイリーンが、急にくすくすと笑い出した。

 楽しいとか、可笑しいという笑いではない。どこか仄暗い、自分を馬鹿にした笑い方だ。見ている方は、うすら寒くて落ち着かない。


「確かに一回目の私は、自分を誇らしく思ってた」他人事のような冷めた言い方だ。

「あの頃は、教会を憎むこの気持ちさえ、私の中から消されてしまったもの……」

 無表情に前を見つめるアイリーンの瞳は、花畑も青空も何も映していない。

 人形の様に何も感じていない一回目とは違って、アイリーンから激しい怒りと悲しみが感じられた。


「教会は光の精霊を祀っているけど、それは形だけ。実際は偉い人たちが私利私欲を貪るために利用しているんだよ」

「教会はこの国を治めたいのではないの?」

「最初はそうだったのかもしれないけど、今は違う。沈没寸前の国には、もう興味はない。お金をかき集めたら、適当に消えるんじゃないかな?」

「聖騎士も国民も、精霊樹じゃなく教会を選んだのに?」

「もちろん教会は最低だとけど。それに気づけずに、精霊樹を見限ったのは自分でしょう? それは自分にも責任があるんじゃない?」

「……それは、そうかもしれないけど……」


 心の隙に入り込んで騙した教会が悪いに決まっているけど、選んだのは自分だ。そこに咎がないとは言えない……。

 

「でも、このままでは国が滅びてしまうわ」

「エシル様は、国が滅びたら困るの?」

 ビックリするくらい普通に『雨が降ったら困る?』と天気の話くらい気楽に聞かれた。


 イエスかノーかの簡単な質問だ。なのに、エシルは答えられない。

 アイリーンの真っ直ぐな視線はものすごいプレッシャーにしかならないし、エシル自身の感情も入り乱れている。


「……一回目の私なら、『ダンスールさえ幸せなら、国がどうなろうが構わない』って言ったと思う」

「今のエシル様は?」


 今の自分が何を望むのか、エシルにだってよく分からない。エシルが一番、自分の変化についていけていないのだ。


「ダンスールに平和に幸せに過ごして欲しい気持ちは変わらない」

「なら、何が変わったの?」


 アイリーンの言葉も視線も尖って鋭い。

 適当に話を終わらせることは許されない。そんな空気だ。


「独りよがりだった一回目に比べると、今は人と関わっている。見える世界も変わった」

「人? ソフィアやネイビルと一緒だから、一回目とは違うってこと?」


 眉を寄せたエシルは「二人のおかげではあるんだけど……」と、うまく言葉にできないもどかしさに悩んだ。

 どう言えば理解してもらえるかで頭がいっぱいすぎて、自分の言葉でアイリーンが傷ついたことに、当然ながらエシルが気づくはずもない。


「一回目は、自分一人で大切な人を守ってみせると意気込んでいた。でも実際は無力な私は何もできず、目も耳も心も閉じて逃げていただけだった」

 はははと自嘲して「殺されて初めてそれに気づいた」とエシルが人差し指で頬をかくと、アイリーンはうつむいてしまった。


「今は……この国に何が起きているのか、自分の目で見て知りたい。のかな? 自分でも、まだよく分からない」

「ソフィアやネイビルを助けたいってこと?」

「私にそんな力はないよ。でも、二人のしていることから、目を逸らしたくないなとは思うかな? そういうことを考えたことがなかったから、本当に自分でもよく分からない」


 自分でも理解できていない気持ちは、上手く説明できない。エシルは答えを出せていないつもりなのに、アイリーンはそう受け取らなかった。

 心が冷えていくのを感じながら、アイリーンは黙って花畑を見ていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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