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23.もう一人の二回目

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 玄関の扉を閉めるなり、眉間のしわを濃くしたエシルはアイリーンの前に立つ。

「自分が何を言ったか、分かってる?」

「分かっています。でも、私の言ったことが正しい」

「教会の象徴である光の精霊の愛し子が、教会の主張を真っ向から否定したら駄目でしょう! 教会に知れたら、一大事よ!」


 国を揺るがす発言なのに、言った本人はどうでもいいみたいで「そんなことより!」と言い出した。

「エシル様は呪う力はないけど、時を戻す力があるのですよね?」

「……はぁっ?」

「だって、あの日。エシル様は……死んだ。それなのに、気づけば『選定の儀』の初日に戻っていた。運命を変えるために、エシル様が時を戻した! そうですよね!」

 興奮状態のアイリーンは、エシルの目の前まで顔を近づけてきた。


「……やっぱり、アイリーン様も、『選定の儀』……、二度目、なの?」

 この一瞬で喉がカラカラになり、声がかすれている。

 驚愕の表情のエシルに対して、アイリーンは仲間を見つけた子供のように興奮状態が続いていて、何度も首を縦に振った。


 どんな罠だ?

 まずエシルの頭に浮かんだことだ。

 『選定の儀』が二回目だと仲間意識を持たせることで、エシルから何かを聞き出そうとしている? 

 だとすると、問題がある。教会が欲しい情報を、エシルは持っていない。

 じゃあ、何だ?


「時を戻す力なんて、私にあるはずがない」

「えぇっ! でも、エシル様も私も、一年前に戻っている。それに、エシル様は死にましたよね!」

「死んだくらいで時を戻せるのなら、そこらじゅうで死に戻りが起きているわ」

「……それは、そうだけど……。だったら、どうして?」

「こんなことができるのは、精霊樹だけよ」

 アイリーンはやっと納得したのか、よろよろと後ろに後退した。


 アイリーンと向き合ってみると、まだあどけなさの残る十七歳に見える。美しさは一回目と変わらないけれど、顔に感情が溢れているせいか以前と比べるとどこか幼く見えるからだろう。


「エシル様は一回目と今とでは、行動も性格も違います」

「それは、貴方も同じよね?」

 グッと言葉に詰まったアイリーンは、なぜかもじもじとしながら「……そう、ですね。エシル様のおかげで、正気に戻れました」と言った。


 エシルは首を傾げる。

 死に戻りをさせたのは精霊樹だ。アイリーンだって分かったはずだ。だったら、エシルのおかげというのはおかしい。そもそも、正気って何だ?


 エシルの戸惑いなど関係なく、アイリーンはまたグイグイと距離を詰めてくる。後退するエシルの背中は玄関の壁とくっついていてしまい、これ以上下がる場所がない。


「精霊樹が時を戻した理由は、やっぱり……。エシル様が復讐するためですよね!」

「復讐? 誰に? コクタール家? 王家? 私を詰る全ての人?」

「……まず最初は、エシル様を殺した犯人じゃないですか?」

 エシルを見上げる目は、勝手に確信に満ちている。


「復讐なんて、今まで考えたことがない。きっとこの先も考えないと思う」

「……考えない? 嘘でしょう……」

 ガックリとうなだれたアイリーンの顔を、サラサラストレートの髪が覆った。驚愕の表情に影ができても、美しいと絵になるから不思議だ。


「どうして? 一回目のエシル様なら分かるけど、今のエシル様なら自分を殺した相手を許さないでしょう?」

 アイリーンの中で、エシルは一体どんな人物に変貌したのだろうか……?

「勘違いしているみたいだけど、性格は別に一回目と今で違うわけじゃない。一回目は我慢して自分を抑え込んでいただけ。それだと願いは叶わないから、素で行動することにしたの」

アイリーンは「素?」とキョトンとした目でエシルを見ると、「エシル様も、私と同じ?」そう呟いた。


 呆けた顔をしていたのは一瞬で、すぐにアイリーンの目に力が戻った。

「エシル様は殺されたのに、何とも思ってないの? 死んだんだよ? 未来が絶たれたんだよ?」

「未来と言ってもね……。死んでいるのと変わらない未来じゃ、絶たれたも何もないよね?」

「それでも! どうして殺されたとか、犯人を捜したいとか、あるよね!」

 そんなことに興味はないと言っているのに、アイリーンは必死に粘る。


「そう言われても……。私は犯人の顔を見てないし。それに復讐なんかするより、大切な人を守ることで精一杯」

「自分は? 殺されたんだから、自分を守らないとダメでしょう!」

「うーん? 別に……そこまで自分に労力かける必要は……」

「ある!」


 そう叫んだアイリーンは、白くて細い腕でエシルの両肩を押さえた。


「もっと危機感を持って!」


 アイリーンに両肩を揺すられると、ぴったりとくっついている壁に後頭部がガンガンと打ち付けられる。

 今が危機なのでは? エシルがそう思っていると、バタンと勢いよく玄関扉が開いた。


「ちょっと貴方、エシル様から手を放しなさい!」


 ソフィアの厳しい声にびくりと肩を揺らしたアイリーンは、ハッとして手をだらりと下ろした。自分がエシルに何をしたのか、ようやく気付いたらしい。


 解放されたエシルが後頭部をさすっているのを見て、「ごめんなさい! 危害を加えたかったわけではないんです!」とアイリーンは涙目になっている。

 エシルは大丈夫だと伝えようとしたが、エシルとアイリーンの間に入ったソフィアがそれを許さない。

腰に手を当て仁王立ちだ。


「毎日毎日エシル様の周りをウロチョロと嗅ぎまわった上に、あろうことか暴力を振るったのよ。『そんなつもりはなかった』でまかり通ると思っているの? だとすれば、教会は随分と身内にはお優しいのね?」


 ソフィアは、『選定の儀』初日のことを皮肉っている。

 あの日のことは、エシルだって何度も「呪いなんてできないし、していない」と訴えた。だが、教会は聞く耳を持たなかった。


「あの時は……。私が勝手に倒れたばかりに、エシル様にはご迷惑をおかけしました」

「迷惑どころではないわ! エシル様は周りから散々罵られただけでなく、殺されかけたのよ!」


 アイリーンは一回目のエシル殺害事件は知っていても、二回目のエシル殺害未遂は知らなかったようだ。みるみるうちに顔色が失われていく。


「ソフィア様も、落ち着いて。こうして生きているのだから、いいじゃないですか」

「全くよくありません!」


 アイリーンと対峙していたはずのソフィアが、なぜかエシルに説教を始める。


「今生きているのは、たまたま運がよかっただけだと分かってないから困ります! アイリーン様の肩は持ちたくないけど、もっと危機感を持って欲しい気持ちはわたくしも同じです!」

「……き、気をつけます?」


 緊張感のないエシルの返事に、ソフィアはエントランスのタイルを足で何度も踏みつけた。


「とにかく! 教会がエシル様に何をしたいのかは知りませんが、わたくしが必ず阻止してみせます! 金輪際、エシル様には近づかないで下さい!」


 ソフィアは自分の背後にエシルを保護したつもりだが、三人の距離が近すぎるしエシルとの身長差がありすぎる。背の高いエシルとアイリーンの目は、しっかりと向き合っていた……。


 ソフィアがアイリーンから距離を取ろうと下がっても、もう下がる場所はない。エシルの背中を壁に押し付けるだけだ。

 ソフィアの柔らかな背中と冷たいレンガの壁に挟まれたエシルは、「柔らかいけれど、以前と比べたらお肉は減ったな」と場違いなことを思っていた。

 そんなことを考えてしまうエシルは、やっぱり危機感がないのだろう……。


「確かに、私は、教会に拾われた孤児です。教会の人間です。だけど、気持ちの上では、決別しています!」

「そんな言葉を、誰が信じますか?」

 ソフィアが鼻で笑った。


 『選定の儀』が二回目だと分かっているエシルでさえ、そう簡単には信じられない言葉だ。何も知らないソフィアが聞けば、何を企んでいると疑るのが妥当だ。


 ソフィアは今にも唸り声を上げそうだし、自分の言葉を信じてもらうのは難しいとアイリーンも分かっているのだろう。悔しそうに唇を噛むが、言い返したりはしない。その代わりに、とんでもないことを言い出した。


「エシル様、王妃の部屋を調べて!」


 小柄なソフィアの頭上から、アイリーンはきっぱりとそう言った。あの部屋に何があるのか、知っている顔だ。


「貴方! 適当なことを言って――」

 突拍子もない提案に怒ったソフィアの口を、エシルは両手でふさいだ。

 ジッとアイリーンの目を見つめたエシルから、「どういうこと?」と固い声が出る。

「一回目の話です!」

 やっぱりなと、エシルの身体がびくりと揺れる。


「教会は、王妃様の部屋から日記を見つけ出した」

「…………」

「その日記を使って王家を脅し、自分たちに都合よく従わせた!」


 確かに一回目で国王は、教会を優遇していた。そのせいで味方だった貴族も離れていった。でも……。


「日記くらいで、そんなことができます?」

「一部破られたページはあったけど、王妃や王家が王弟に何をしたのかが、しっかりと書いてあった」


 今まで大人しくしていたソフィアの背中がピンと伸び、エシルの腕が払われた。


「一回目とは何のことですか?」


 ソフィアの低い声が地面を抉るが、エシルもアイリーンも真実を告げることはできない。その空気を感じ取ったソフィアは、ため息をつく。


「探せと言っているけれど、日記は教会が見つけたと言いましたよね? どういうことなのかしら? 貴方の言っていることは、整合性が全くありません!」


 最初の質問の答えは潔く諦めた分だけ、ソフィアの声には猛毒の棘が感じられる……。


「……日記の存在は知っていますが、教会もまだ見つけていません。ですが、王妃の部屋に、必ずあります!」

「日記の存在なら、わたくしだって知っています! 今までだって、教会だけではなく色々な人が散々探しました。それでも、見つからなかった。あるというのなら、もったいぶらずにどこにあるのか言いなさい!」

「日記は本棚に隠されています!」

「本棚なんて、探し尽くされているわ!」

「どういう風に隠されていたかまでは分かりません。ですが、『普通に考えれば不自然だ』ってことみたいです」


 怒りを爆発させようと、ソフィアは息を吸い込んだ。そこを狙って、エシルは声をかける。

「ソフィア様、息を吸って! はい、吐いて!」


 怒るタイミングを逸らされたソフィアが身体をひねって睨んでくるが、エシルは気にしない。


「ちょっと下がって休憩してください」

 今度はエシルが、ソフィアの前に立つ。

「教会が血眼になって、日記を探しているのよね? 私に教えたら、まずい話じゃないの?」

 アイリーンはゆっくりと首を横に振った。

「エシル様だから教えた。エシル様なら、正しく使えるはずだから」


 一回目も含めて二人には接点がない。どうしてこんな純粋に信頼した目を向けられ、大切なことを託されるのかエシルには分からない。


「どうして私なの? 知っての通り、私には何の力もない。私に期待されても困る」

 はっきりと言ったのに、アイリーンの目は揺るがない。

「教会は狂ってます。せっかくチャンスを与えられたのだから、私はそれを正したい!」

 そのため答えがこれだとでもいうように、アイリーンははっきりとそう言った。


 今言える全てを吐き出したアイリーンは、少しだけ表情を緩めた。二人に頭を下げると、あっという間に玄関から出て行った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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