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12.王太子のお茶会②

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 一回目ではエシルがマリアベルの言葉を肯定した形になった後は、ソフィアとマリアベルが一戦交えそうな雰囲気になった。そんな一触即発の絶妙なタイミングで、追加のお菓子が運ばれてくるのだ。

 状況は違うが、今回もこれ以上ないタイミングでお菓子が運ばれてきた。おかげで、異様な空気が何とか払拭された。


 濃厚なバターの香りがする焼き菓子が色とりどりの果物と一緒にシロップ漬けにされ、小さなガラスの器に綺麗に盛り付けられている。 

 様々な果物との組み合わせが選べるように複数の器がテーブルに並べられると、その美しさに目を奪われる。


 誰よりも先にマリアベルが王太子に器を渡す。

「これは、私の好きな果物ばかりだな」

「そうお聞きしていたので……」


 上手に恥じらうマリアベルに対して、ソフィアは何でもない顔で澄ましていても身体が強張っている。

 見ているエシルが辛いくらい、マリアベルの独壇場だ。


 満足そうにスプーンを口に運んだ王太子が、目を見張って「これは美味しい」と呟いた。

 すると、後ろに控えたメイドがすかさず、「アサス商会様が、本日のお茶会のために特別にご用意してくださいました」とにこやかに教えてくれた。


 アサス商会はマリアベルの実家であるチャービス家が運営する、ここ二十年ほどで国一番に成り上がった大商会だ。大陸外の国とも交易が盛んで、その財力はもちろん外交面も国と引けを取らないほどだ。子爵家では収まらない影響力がある。


 王城のしかも王太子付きのメイドまで買収できるとは……。アサス商会に買えないものはないという話は嘘ではないようだ。

 感心するエシルの前で、王太子は満面の笑みをマリアベルに向けて賞賛する。


「アサス商会が扱うものは全てが大当りだ、と言われるだけあるね。見た目も美しい上に美味しいなんて言うことないよ」

マリアベルは「全てが大当たりなんて、言いすぎです」と謙遜するが、言葉の端々から自信がみなぎっている。

「殿下にお菓子を褒めていただけて嬉しいです。実は、このお菓子は私のアイディアから開発されたものなのです」


 はにかみながらしゃべるマリアベルを一回目は「すごいな」と思ったエシルだが、今は「あざといな」としか思えない。


 高位貴族ほど礼儀や作法にうるさくなくない環境で、金に糸目を付けず自由に育てられたのがマリアベルだ。見た目は可憐で小動物のような愛らしさだが、中身は狡猾な肉食獣そのものだ。

 成績の良さや淑女としての評判は圧倒的にソフィア優位なのに、こういった駆け引きはマリアベルに軍配が上がる。

 獲物の喉元をとらえたマリアベルの勝ち誇った顔を見て、エシルは自分が出遅れたことを悟った。


「まぁ! ソフィア様も気に入ってくださったのですね! 四皿も食べていただけて、私、嬉しいです」

 純粋に喜んでいると見せかけた嘲りなのは、ソフィアが一番分かっているはずだ。

「四皿か……。さすがソフィア嬢だな……」

 王太子は胸焼けしそうな顔で、ソフィアの前に並ぶ空の器を見た。そしてパンパンのピンクのドレスを見ると、顔をしかめて目を逸らした。


 二人にそう言われてしまったソフィアは、かろうじて愛想笑いを浮かべるので精一杯。二人がまた別の話を始めると、空の器を見つめてうつむいた。

 エシルがお菓子を全て食べ尽くせば、この状況は回避できたはずだ。辛そうに伏せられたソフィアの目が、エシルに刺さって痛い。


 その後も、マリアベルの独壇場でお茶会はダラダラと続いた。

 マリアベルが王太子を独り占めするのは一向に構わないが、とにかく拘束時間が長い。ソフィアの我慢も限界に近いので、そろそろ終わりにして欲しい。王太子の護衛に「そろそろお時間です」と言ってくれと目配せしても、みんなエシルから目を逸らす。

 普通の王太子は忙しくて、周りの人間は時間のやりくりにピリピリしているものだ。仕事のできない王太子には、時間が有り余っているらしい……。


 エシルがため息を堪えると、ソフィアが「殿下!」と声を上げてしまった。

 この流れを避けるためにお茶会を終わらせたかったのに、エシルは唇を噛んで顔を上げた。


「『選定の儀』の一年間、わたくしたちはどのように過ごせばよろしいのでしょうか? わたくしとしましては、未来を見据えて(王太子妃に)必要な知識を身に着けたいのですが!」


 少し太めのソフィアはきつい顔立ちと相まって、普通の令嬢より圧が強い。王太子も腰が引け気味だ。


「各自割り振られた時間を精霊樹と過ごしてもらう以外は、自由だよ。好きなように過ごしてもらって構わない。他の者も何か希望があれば言ってくれ。沿えるようにしよう」


 王太子はそう言うと、にっこりと微笑んだ。エシル以外に。


「でしたら私は、殿下とおしゃべりする時間が欲しいです」


 間髪入れずにマリアベルが王太子におねだりする様子は、上目遣いも含めて呆れるほどあざとい。さすがだとエシルは心の中で拍手を送った。

 だが、ソフィアは違う……。王太子へ完璧なアピールをしたと満足気だった目が、今までで一番くわわと見開いていた。


 一回目のこの後の展開は、なかなか酷い。

 ソフィアが「ちょっと、貴方! 殿下がどれだけお忙しいか分からないの! そんな殿下の大切な時間を自分に使えなんて何様のつもりかしら」と叫び、要らぬ嫉妬が炸裂する。

 当然王太子がソフィアの肩を持つはずもなく、マリアベルの一人勝ちだ。


 一回目は聞き流していたけど、今ならわかる。これは流してはいけない!

 このままだと調子に乗ったマリアベルが、この後やりたい放題する。一年に渡りマリアベルの嫌がらせに苦しめられたエシルとしては、絶対に、阻止! それしかない!


 ここでソフィアにしゃべらせてはいけないし、王太子にもマリアベルを調子に乗せる発言は控えさせる必要がある。課題はなかなかの難敵だが、先を知っているエシルには戦う準備ができている!


「マリアベル様は、先ほど『精霊の愛し子である私たちは、全てにおいて同じ条件であるべき』とおっしゃいましたよね?」


 エシルに出鼻をくじかれたソフィアは身を乗り出したまま固まり、予想外の横やりにマリアベルは愛らしい顔を膨らませた。そして、一言も発せずうつむいていたアイリーンは、痛いほどの視線をエシルに向けている……。


「確かにそう言いましたけど、今それが何か関係しますか?」


 対エシルとなると、マリアベルも随分と高圧的だ。既に身分とか全然気にしていない。


「もちろん関係しますよ」

 エシルが微笑むと、マリアベルは庇護欲をそそる顔で「酷いわ……」と長いまつ毛を伏せた。

「エシル様まで、身分が高い者の発言しか許さないというのですか!」


 会話に何の脈絡もないのに、マリアベルは被害者にしか見えない。エシルは「うまいなぁ」と感心した。


 プライドの高いソフィアは、身分がどうこうなんて発言は決してしない。だが、マリアベルがこう言えば、馬鹿な王太子は勘違いする。

 今まで身分差による嫌がらせに我慢してきたような態度で、マリアベルは身体を震わせた。そしてこれ見よがしに、涙の盛り上がった瞳で王太子を見上げた。


「もちろん毎日だとか、今日みたいに長い時間なんて望んでいません。空いた時間に少しお顔を見れたら幸せだなぁと思っただけです」


 一回目も聞いた台詞だ。ということは、悪役がエシルに変わっただけで、展開は変わらない。マリアベルのあざとさ見抜けない王太子が、アホ面で篭絡されるのだ。


「いや、構わない。どれだけ時間がとれるかは分からないが、希望に沿えるよう私も調整しよう」

 愛らしく小首をかしげて「ありがとうございます」と微笑むマリアベルに気をよくした王太子は、エシルに向かって冷たく「エシル嬢も、構わないな」と言い放った。


 エシルは短く息を吐き出した。

 一度目と同じなのは、ここまでだ。そう気合を入れたエシルは、白けた顔に微笑みを張り付けた。


「私は別に構いません。困るとすれば、お忙しい殿下ではないでしょうか?」

「……どういうことだ?」


 何かが違うことに気づいた王太子が、エシルの態度をやっと警戒し始めた。強気なエシルが不気味なのだろう。エシルを正面から見ることができなくて、視点が定まらず挙動不審だ。

 

「先ほどマリアベル様の『精霊の愛し子は全て同じ条件であるべき』という意見に、殿下は同意されました」

「愛し子は身分の差もなく、平等に同じ条件であるべきだ!」


 エシルの立場を勝手に貶めておいて、よくもまぁ堂々と言えたものだ。

 そう不満をぶちまける代わりに、エシルは必死に逃げる王太子と無理やり目を合わせた。小ネズミのように怯える王太子に、「私もその意見に賛成です」と微笑んでやった。

 もちろん話はそれだけでは終わらず、追い打ちをかける。


「みんな同じ条件であれば……、希望すれば私でも殿下に時間を作っていただけますね?」


 ザっと血の気が引く音が、王太子から聞こえた。多分。

 エシルに笑顔を向けられた王太子は、顔色が悪く、唇を震わせている。今すぐにでも叫び声をあげて逃げ出しそうだ。

 いい気味だと満足していると、それこそ呪いのような強烈な視線が、エシルの顔面と言わず全身に刺さる。

 仕方なく前を見れば、愛らしさを捨てたマリアベルから殺気をこめて睨みつけられていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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