11.王太子のお茶会①
本日一話目の投稿です。
よろしくお願いします。
澄んだ青空を、エシルはうんざりした顔で見上げていた。
春を切り取ったような中庭の中央には、少し高い位置から庭が一望できるテラスがある。長く使われず静まり返っていたその場所が、今日は人が集まり賑やかだ。王太子が愛し子四人を招いて、お茶会を開いている。
中庭の入り口からテラスまで続く小さな小径の両脇には、手前から奥に向かって段々に高さが増していくように花々が植えられている。メインの庭も色ごとに分けて植えられた花々、立体的に切りそろえられた低木と、どの花も木も手入れが行き届いて美しい。その上、どの位置に立って景色を眺めても、完璧な美しさが追及されている。計算され尽くした庭は、庭師の努力と苦労のたまものだ。
城の内装とは大違いの繊細な心遣いに、エシルの心も癒される。
もうずっと庭だけを見ていたいが、現実はそうはいかない……。
テラスに置かれた楕円形の大きなテーブルでは、王太子の両脇をソフィアとマリアベルが陣取り、その向かい側に座るのがエシルとアイリーンだ。
エシルの知る、最低だった一回目のお茶会と全く同じ光景だ。
一回目と違う点は、前回は『選定の儀』翌日に開催されたが、今回はアイリーンの体調が回復するのを待って十日後になった点だ。それ以外を挙げるなら、エシルとアイリーンの間に何とも言えない緊張感があることだろう……。
一回目のお茶会でも二人は隣同志だった。一言も会話もせず目も合わなかったけど、エシルはそれが気まずいと感じなかった。お互いに無関心だったから、隣に誰かがいるという認識もなかったのだ。
二回目だってそれでよかったのに……。口元まできていたため息を、エシルは大慌てで呑み込んだ。 厚い前髪の下で、眼球だけをそっと横に向ける。
……見られている……。視線は一つではない。全方向から、見られているのだ……。
初日の騒動が影響しているのか、アイリーンのエシルに対する警戒心なのか、怯えが強い。強すぎる!
おかげで周りに立つ護衛やら諸々の視線が、エシルに突き刺さって痛い。これではまた勘違いされて命を狙われそうだ。
それじゃなくても、これから始まるお茶会という名のバトルのことを考えただけでエシルの頭は痛いというのに……。
顔を上げれば、当たり前に三人が目に入る。
二十三歳の割に王太子が子供っぽく見えるのは、身体の線が細すぎるからなのだろうか? ずる賢く頼りないことを知っているからなのだろうか? 美しい顔立ちなのは間違いないけれど、それしかないと分かっているだけに深みがない。
何より言えることは、王太子主催のはずなのに、もてなす気が一切ないのはどういうことなんだろう……。
お王太子の右側にいるソフィアは、今日もピンクのドレスを着ている。
彼女とは一年と短くない期間を共に過ごしたけど、着ているドレスはいつもピンク系だった。きつめの顔立ちの彼女には似合わない色だし、ぽっちゃりとした身体が余計に強調されてしまう色だ。マリアベルなんかは、陰で「豚ね!」と言っている。
ソフィアは一部の隙もなくすました顔をしているけど、マリアベルの言動を意識しているのは嫌でも分かる。
逆サイドのマリアベルを見て、ついにエシルからため息が漏れた。
マリアベルの優越感は、もう少ししまっておいて欲しい……。マリアベルしか見ない王太子には、もっと周りに配慮して欲しい。本人たちが気づけないなら、周りの人間が助言するべきだ……。
そもそも従者候補は四人いる。諸々規格外のエシルは置いといて、一番の美貌を誇るアイリーンまで蚊帳の外で、ソフィアとマリアベル二人の戦いになっているのはおかしい。
だが、それにはきちんと理由がある。
この五百年の間で従者に選ばれたのは、火・風・土の愛し子だけだ。実質この三つの属性からしか従者は選ばれない。
水は愛し子さえも、一度も出てきていない。
光は毎回従者候補に名は連ねるが、従者になった者は一人もいない。
教会が精霊樹に成り代わって国を乗っ取ろうとしているのは、光の精霊の愛し子が従者に選ばれない恨みも含まれている。
だったら火・風・土以外は呼ぶ必要はないと思うけど、精霊樹が名前を挙げてしまうのだから仕方がない。
「この王妃様の中庭は、本当に美しいですね。とても、懐かしいです」
前回と全く同じソフィアの台詞を聞いて、エシルの心臓が跳ねた。「始まった!」と緊張感が高まる。
何でもないこの言葉だが、「私は愛し子じゃなくても、この庭に入れるほどの身分なのよ」とマウントを取ってきている。
しっかりとこの言葉を受け取ったマリアベルの目がスッと一瞬細められた瞬間に、エシルの頭にはゴングが響いた。
この後に続く王太子の言葉も覚えている。準備は万端だ。「さぁ、こい!」と意気込んだエシルは、隣のアイリーンに観察されているとは思っていない。
「ありがとう。王妃が亡くなってからしばらくは、この場所に来る気にはならなかった。三年ぶりのお客様が貴方たちであることを、母も喜んでいるはずだ」
「そんな名誉がいただけるなんて! 私、嬉しくて今夜は眠れませんわ!」
ガタンと音がして、マリアベルが椅子ごと王太子に身を寄せる。
不敬だ。護衛がマリアベルを下がらせようと動いたが、王太子が右手で制した。それを悲しそうな顔で見たソフィアの首には血管が浮き出ていた……。
それでも自分を落ち着けて愛想笑いができるのが、ソフィアの淑女としてのプライドだ。
「殿下がご立派な姿を見せてくれて、王妃様も喜んでいると思いますわ」
慈愛に満ちたソフィアの笑顔も、一回目に見たままだ。
ここまでは、前回と相違ない。となれば、ここからエシルへの攻撃第一陣が幕を開ける……。
まずはソフィアが、見下した高飛車な視線をエシルに向けた。
「王妃様の死に関わっているかもしれない者までこの場に招待してくださるなんて、殿下は本当に慈悲深き方ですわ」
一回目はここでうつむいたエシルだが、今日はソフィアを見返した。すると、気まずそうにうつむかれてしまった。意外と打たれ弱いのか?
気にはなっても、ソフィアの心配をしている暇はない。次は王太子が、まともぶった面の皮の厚い発言をしてくる。
「色々な噂が飛び交っていることは知っている。だが、貴方たちは精霊樹が選んだ愛し子だ。他者の心ない言葉に惑わされないで欲しい」
王太子の心優しいお言葉に、ソフィアがぽうっと頬を赤らめた。完璧な淑女であるソフィアらしからぬ態度だが、驚くことに彼女は王太子に恋をしているのだ。
周囲から甘やかされた逃げ癖野郎のどこに惚れる要素があるというのか? 一度ソフィアの真意を聞いてみたいと、エシルは一度目から思っている。まぁ、そんなチャンスは訪れないが。
エシルが「噂をたてた張本人がよく言うわ!」と、冷たい目で訴える。自分の言葉に酔いしれた王太子が、エシルと目が合うなり、さっと顔色を変えて目を逸らした。
「王太子殿下の言う通りですわ!」
そう高らかに宣言したマリアベルの目は、王太子越しにソフィアを非難していた。
「精霊樹様は、どなたも等しくこの国を護ってくださる存在です。優劣や善悪をつけるなんて、私にはとてもできません。ましてや罪人扱いするなんて、精霊樹様が悲しまれます!」
挑戦状とも取れるマリアベルの発言に、ソフィアの目がカッとご開眼だ。
二人の火花散る睨み合いのおかげで、美しい花々もストレスで一気に散ってしまいそうだ。
庭全体の空気が刺々しくて痛いのに、睨み合う二人に挟まれた王太子は全く意に介した様子がない。よほど自分のことしか考えていないようだ。
「そうなのだよ! 闇の精霊だからって、恐れることは何もないんだ。何事も話せば分かり合える」
そう言って美しい顔を歪ませたのは、「お前なんか怖くない! こっちには人質がいる」という意思表示のつもりだったのだろう。
一回目のエシルが怯えて、震えだしそうな身体を抑え込んだ場面だ。が、今回は違う。ネイビルからは「ダンスールは保護した」と言われ、本人から無事を知らせる手紙をもらっている。
もう一回目のようにはいかないのだと、エシルは無意識のうちに王太子に向かって好戦的に微笑んでいた。
目を見開いて顔を青くした王太子は、言葉にならない声を漏らしている。代わりにしゃべりだしたのは、夢見がちな顔をしたマリアベルだ。
「殿下のお考えは、国の平和を思っていることが伝わってまいります! 誰とでも話し合えば分かり合えますもの。精霊とだって理解し合えます!」
マリアベルはそう言って、したたかに王太子を見上げた。ちらりとソフィアを一瞥したのは、挑発だろう。
「私たち精霊の愛し子にとって身分は関係なく、平等です。全てにおいて同じ条件であるべきで、身分によって序列をつけるのは間違っています! エシル様だって、そう思いますわよね?」
愛らしい笑顔の奥に、肯定しか許さない圧がある。
一回目のエシルは、否定も肯定もせずに曖昧に笑ってやり過ごした場面だ。
まだ何も分かっていなかったあの時は「随分と理想論を言うな」と思ったが、今は力技で身分制度を取っ払いに来たのだと分かる。
マリアベルは「この戦いに身分を持ち込むな」と、ソフィアに釘を刺したのだ。その上で、王太子にも「二大公爵家だからといって差をつけずに、自分と同じ条件にしろ」と言ってのけた。
イエスマンのエシルは、その戦いに巻き込まれたのだ。
話を振られたエシルがにっこりと微笑むと、マリアベルは満足そうにうなずいた。
一回目であれば「皆さんにご理解いただけて嬉しいですわ!」と、マリアベルが純真無垢を装って小首をかしげる場面だが……。
「精霊は話せないどころか見えないのに、マリアベル様はどうやって理解し合うのですか? ぜひ、教えていただきたいです」
代わりに首を傾げて笑うエシルに、マリアベルはミルクティー色の真ん丸な目を見開いて固まった。
思惑と違う流れに全員が戸惑う中、椅子が倒れる大きな音が響いた。
全員の視線を集めたアイリーンは、椅子が倒れた音も気づかずに驚愕の顔でエシルを見下ろしている。正直、アイリーンがエシルを呪っているのでは? と思える顔だ……。
ソフィアもそう思ったのか顔をひきつらせて、「アイリーン様、どうされましたか?」と声をかける。
それでやっとアイリーンも自分の異常行動に気づいたようで、「いえ、何も……」と言って騎士が直してくれた椅子に座った。
座った後もアイリーンは聞きとれない独り言をぶつぶつと呟いていている。春の陽気を運ぶ爽やかな風が一転して、じめっとまとわりつくようなものに変わった。
何かしゃべることを躊躇うような空気の中、お茶会はただただ白けていく……。
読んでいただき、ありがとうございました。