悪人成仏
「怨霊の法則というものがある」
俺の言葉に太郎は首をかしげる。
「いわんや悪人をや」
そう悪人のほうが成仏する。そういう思想が日本にある。歎異抄に記された言葉だがこれを怨霊の法則に当てはめると、祟るのは善人だということだ。
日本の三大怨霊の一柱菅原道真もこのケースに当てはまる。
それを考えれば祟るイコール無辜の人ということになる。
山背大兄皇子は聖人聖徳太子の息子であり当然ながら無辜の人間ということだ。
「しかし、悪人って成仏しやすいんだろうか」
太郎は不思議そうに首をひねる。
「まあ、悪人は非業の最期を遂げても自業自得って納得してしまうってことなんだろうか。確かに善人のほうが非業の最期を遂げたとき納得しずらい気もするが」
「いや、それで納得するならそもそも悪人になると思えないんだが」
所詮古代の思想だし、現代人にとっては理解しがたいことがあっても仕方ないだろう。
「そこで、入鹿だ、入鹿は悪人であると日本書紀に記されている、だから祀られなくても仕方がない、しかし本当にそうだろうか」
「それは何で?」
「僕の説が正しいとすれば入鹿は冤罪だ。そして真犯人こそそれをよく知っているはずだ」
「まあ、そうなんだけど」
俺の山背大兄皇子殺人事件の真相を考えれば、まず入鹿の冤罪を晴らさねばならない。
「まず、山背大兄皇子の背後関係だな、まず、殺人で得をしたのは誰かじゃねえの」
「もちろんだ、殺人の動機はまず利害関係だしな」
「入鹿と山背大兄皇子の関係だな」
俺は家系図を出した。
「入鹿の父親蝦夷と山背大兄皇子の母親刀自古娘は実の兄弟だから、従弟になるな。ついでに言うと蝦夷と父親の聖徳太子厩戸皇子と蝦夷と刀自古娘とも従兄妹同士だな」
「きわめて近しい血縁関係だな」
「それで日本書紀に書かれている動機は何だ?」
「山背大兄皇子と古人大兄皇子二人の即位争いだな」
入鹿は古人大兄皇子を即位させようとしていた。とあるが。
「古人大兄皇子と入鹿の関係は?」
「これも従弟、法提郎女という蝦夷の妹が母親だ。そして刀自古娘が蝦夷と同母妹だが法提郎女は異母妹だ」
「それ、どっちが即位しても同じじゃね?」
入鹿にとってはどっちにしろ天皇の従弟という地位は手に入るのだ。