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師匠が知的な論理的な雰囲気で、脳筋発言をする事を理解してから、自分自身でこの世界の仕組みを理解しようとするようになった。
元々言語を理解するチート能力を持っていたが、それは魂力による物であると定義する。
数ヶ月程で師匠の剣を見切れるようになったのは良いが、体が付いて来ず、木刀でボコボコに殴られた経験から。
魂力が万能ではないということは理解出来た。
ちなみに、傷付いた体は、師匠の調合する妙薬とやらで、一晩寝たら完治する。
これは師匠の魂力で、何をどれだけ入れればどの様な結果になるのか、何となくわかるらしい。
薬に限った話ではなく、私をボコボコに打ったのも、魂の感覚としてそれが正しいと理解していたのだとか。
全ては手のひらの上かと、師匠のチート能力を前に膝を屈した。
「神の導きのまま」にという言葉はそういう意味だったのかと、師事してから半年程して理解した。
そして、幼女をボコる事に罪悪感を感じないのは、どうやら師匠だけらしいと気づき、この世界に対して安心感を覚えた。
その頃、心に余裕を持つことが出来るようになり、自主練の時間も確保できるようになった。
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師匠にボコられる事によって、一人で隠れて練習する時に、余計な力が入らなくなった。
腕を振り上げ、下に短剣を振ると、ストンと下に落ちる。
下に振り下ろした剣を振り上げる時、体が風を纏って自然と手が上へ上がる。
魂と肉体が一致するような感覚で体を動かすと、思い通りに短剣が動いた。
しかし、師匠と比べると、稚拙な動きにしか思えない。
何が違うのかを考えてみると、魂に密度があるような気がした。
何故、耳を澄ませば、異世界語が日本語に聞こえるのだろうか。
何故、目を凝らせば師匠の動きを見切れるのか。
何故、手に短剣が現れるのか。
剣を振りながら、考えている時、一線の光が見え、その瞬間、その通りに剣を振ると、師匠の動きになった。




