表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集【ヒューマンドラマ・現代】

夏の終わり、宇宙のはじまり。

作者: ポン酢

お盆が終われば、世の中は急速に日常を取り戻していく。

今や人類を支配しているのは季節や天候じゃない。

数字だ。

何時何分、何月何日。

それが全てだ。

35℃を当たり前に越える日々が続こうと、8月の後半になれば夏ムードは終了だ。


「変な天気~。」


娘が色鉛筆を手の中で弄びながら呟いた。

外はどこの国だよと思いたい突然の豪雨。

ただし、鳴り響く雷の音に怯えるのはお座敷犬と化した犬ばかりだ。

ソファーに座る私の腕の隙間に顔を突っ込んでピクリともしない。

肝っ玉が小さすぎる。

可哀想なんだか可愛いんだかわからないため息を吐き、落ち着けるよう私はその背中をゆっくり撫で続けていた。

それを羨んでいるのか呆れているのか娘が見つめる。


「まめ太って本当ビビリだよねぇ~。」


「宇美、いいから絵日記描きなさい。」


「は~い。」


最近の子供は雷なんか怖がりもしない。

そしてそれは終わらない宿題に対しても同じだ。

夏休みも終わりが見えてきたというのに、特に危機感を持っていない。

タブレットで夏休み中の天気を確認している娘を見つめ、時代も変わったなぁと苦笑した。


「宇美、さっさと天気写せよ。次使うんだから。」


「ちょっと待ってよ!!宇美が使ってるんだから!!」


「天気だけだろ?!書きながらいちいち見てんなよ!!」


それまで黙々と何かしていた息子が苛ついた様に無遠慮な言葉を発した。

気持ちはわからなくないが、はじめからつっけんどんな言い方をしたら揉めるのなんてわかりきっている。

集中せず気もそぞろにだらだら使っていた娘にも問題はあるのだが、はじめから喧嘩腰では借りれる物も借りられなくなる。

案の定、娘は意固地になって言い返した。

娘としてはマイペースとはいえ自分が使っているものだし、使いたいなんて知らなかったのだからいきなり責められてもカチンと来るだろう。


このままだと宿題どころではなくなりそうだなと私は立ち上がった。

まめ太は途端に不安そうな顔で私を見上げて鼻を鳴らす。

仕方ないので抱くには少し大きすぎるその体を抱き上げた。


「はいはい。大智もキツイ言い方しない。」


「でも!!」


「うん。使いたかったけど宇美が使い終わるのを黙って待ってたんだよな。そうやって待ってたのに使ったり使わなかったり遊びながら待たされたら嫌だよな。」


「……うん。」


「でも宇美に次貸してって言ってなかっただろ?」


「でも!!」


「うん。天気調べるだけだからすぐ終わると思ったんだよな。でも宇美は大智が使いたいのを知らなかったんだよ。言ってなかったんだから、いきなり文句を言ったら駄目だよね。」


息子はそう言われ、ムスッと押し黙った。

それを娘が得意げな顔で見ている。

こういう顔されるの嫌なんだよなぁとかつての自分を思い出して苦笑した。


「でも宇美も遊びながら使ってて、お兄ちゃんが使いたいってわかったてもわざと渡さないのはおかしいよね?使い終わるのを待ってるのに、遊びながら使ってて中々貸してもらえなかったら嫌だろ?」


「遊びながらなんてしてない!!ちゃんと使ってる!!考えてるだけ!!」


「うん。でもお兄ちゃんも使いたいんだって。宇美は天気が知りたいんだよね?」


「でも私が先に使ってるの!!」


「うん。だからパパッと天気を写しちゃおう?それでパパッと絵日記も描いちゃおう!!お、この絵はおばあちゃん家だね?トラ丸のもふもふ感が凄く良く描けてる。」


「そう!でね?!こっちにまめ太も描いたの!!」


「あ~、ビニールプールを怖がってた時の!!あはは。宇美は絵が上手いね。じゃあ、天気はササッと写して、得意な絵を描く時間をたくさんにしよう。」


「うん!」


私がそう言うと、娘はちょっと乗せられた事に気づいてんん?!という顔をしたが、まあいいやと言って日付の下に天気を写し始めた。


息子は少し複雑な顔をして黙って待っている。

そんな息子の手元を覗くと、「空はどうして青いのか?」というタイトルが書いてあった。


「自由研究?」


「うん……。」


息子は微妙な返事をした。

まわりに色々詮索されるのが嫌な年頃。

だから私にそう言われた息子はさっと手元の用紙を腕で隠した。

息子の成長が嬉しい反面、難しい時期に入ったなと痛感した。


「……そういえば空じゃないけど、最近、宇宙の色が発表されたんだぞ?」


「え?!」


その言葉に息子が顔を上げる。

少年期の背伸びした顔つきが、目を輝かせた子供らしい表情になる。


「さて問題です。宇宙は何色でしょう??」


私はまめ太を抱え直しながら笑って息子に問いかけた。

反射的に答えそうになった言葉を飲み込み、息子は少し考えていた。


なるほど。

よく勉強しているようだ。


空がどうして青いのか調べていた息子は、単純明快に見たままの答えを避けたのだ。

その成長ぶりがとても嬉しかった。

大きな稲光の音に鼻を鳴らすまめ太をなだめながら、私は心の中でその事を噛み締めた。


「黒でしょ?青っぽい黒。」


それに対し、娘が答えた。

その曇のない眼で見上げたままの素直な答え。

そして手元の絵日記は花火大会の絵が描かれていた。

暗い夜空に浮かぶ大輪の花が元気いっぱいに描かれている。


「市民まつりの花火?綺麗だね。」


「近くだと音が怖かったね!ドンッてお腹に響くから焼きそばが出ちゃうかと思った!!」


「あはは!出ちゃったら困るなぁ。」


素直で真っ直ぐな娘の言葉。

これも後しばらくしたら聞けなくなるのだと思うと一抹の寂しさを覚える。

子供の成長は感慨深いなと改めて思った。


「……それは地球から見た夜空の色だろ。宇宙の色じゃない。……宇宙……宇宙の色??」


やはり息子は夜空の色と宇宙の色が違うだろうと言うところまで考えていた。

つい最近まで、何も知らない無邪気な子供だと思っていたのに、そんなところにまで考えが回るようになっている事に驚く。


「宇宙の色と夜の空の色って違うの?!」


「馬鹿だな。地球には空気があるけど、宇宙には空気がないだろ?!」


「空気がないと色が違うの?!」


「空が青いのは空気があるからだから……多分違う。」


「そうなの?!」


素っ頓狂な声を上げる娘。

そして自分の書いている絵をじっと見つめる。


「……宇宙って黒くないんだ……。」


「いや……でも……宇宙空間からの映像とか、黒いよな?!黒で合ってる?!」


混乱する子どもたち。

それがおかしくて少し笑ってしまった。

少し意地悪な質問をしてしまったかもしれない。


「ん~。黒を色としてとるか光という波長で話すかによってあってるとも間違ってるとも言えるかな~。」


「黒は黒じゃん。」


「うん。黒は黒なんだけどね。」


「え??黒にも波長があるの?!」


「波長があるというかないというか……。」


宇宙の色から少し小難しい話になってきてしまい、子どもたちにどう説明すべきか悩む。

変に混乱させてもまずいので、簡単に説明する。


「色っていうのは光なんだ。光が色に見える。」


「光は色ないじゃん!!」


「でも虹ができるだろ?光と水がないと虹ができないのはわかるよね?水がレンズになって光を分別した時に虹が見えるんだよ。」


「どう分けてるの??」


「長さだね。ペットボトルも長いのから短いのがあるだろ?そうやって水のレンズが長さで分別して並べ替えると虹が見えるんだよ。」


「ふ~ん?でも虹に黒ってないよね??」


「ないね。」


「え?なら黒は??」


「うん。白と黒は他の色と違ってね、長さじゃなくて、弾くか吸収するかなんだよ。」


子どもたちの頭の上に?マークが並ぶ。

光が色だって話だけでも混乱するのに、そこに白と黒の話が加わったら訳がわからなくなるよなぁと苦笑する。

だからここはサラッと流したほうがいいだろう。


「簡単に言うとね。光を跳ね返しちゃうのが白。光を吸収しちゃうのが黒なんだよ。鏡で光を反射すると白く見える感じだよ。」


「そっか~。でも黒は??」


「黒は一切、跳ね返さないで吸収しちゃうんだ。だから光が全く何も跳ね返ってこないから色が何もなくて黒く見えるって事なんだよね。」


「え~?!なら他の色は?!赤は?!青は?!どうして赤や青に見えるの?!」


娘が何で?何で?と騒ぎ立てる。

あまり騒いで興奮させるのもと思い説明しようとして、やめた。

そしてにっこり笑って息子の頭をぽんっと撫でた。


「そこはお兄ちゃん、説明できるかな??」


「え?!俺?!」


「そ。どうして空は青いのか、だよ。」


突然、説明を任された息子は動揺する。

でもそれは自由研究である「空はどうして青いのか」という話だと教えると落ちつきを取り戻した。

ふぅと息を吐きだし、考えながら自由研究のノートを開いて考えている。


大丈夫。

宇宙の色を聞いてすぐ大気のある無しにまで考えが回るほどしっかり調べた君なら、妹にきちんと説明できるはずだ。

私は息子を信じてその言葉を待った。


「……だから……光は……虹みたいにいろんな色があるんだよ。」


「うん。」


「目はモノに当たって反射された光を見てる……。」


「うん。」


「だから色って光の反射だから……光がないと見えないんだよ……。夜になると電気つけないとよく見えないだろ?目は物に光が当たって反射された光線を目が感知して見てるんだよ……。で……さっきの話……白は全部反射して、黒は全部吸収するってお父さん言っただろ?……他の色は一部を吸収して……一部を反射してるんだよ……。」


「吸収するのと跳ね返すのがあるの?」


「そうそう。そんな感じ。だから青い色は吸収するけど赤い色は反射するものは赤く見えて、赤い色を吸収するけど青い色を反射するものは青く見える訳で……。」


少し自信なさげに、でもしっかりと息子は話していく。

私はソファーに座り直し、横にまめ太を下ろした。

そして一生懸命説明していく息子を見守る。


「え?!赤い色を吸収してるのに青く見えるの?!なんで?!」


「だから目は反射された光を見てるんだって。吸収された光じゃなくて、跳ね返された方の光を見るんだって!!」


「……そっか!跳ね返された方の光が目に飛び込んでくるから、そっちの色が見えるんだ!!」


ゆっくり一生懸命説明する兄の言葉を、やはり一生懸命聞いている娘は少し時間はかかったがするりと意味を理解した。

そしてどうして青や赤が見えるのか、妹に説明できた息子は心なしか得意げだ。


頑張ったんだな。


私は心から笑みを浮かべた。

息子を誇らしく思う。

彼の自由研究の内容を私は手伝っていない。

けれど息子は何かを丸写しした訳ではなく、きちんとその事への理解を深めて自由研究を書いたのだ。


そんな私の顔に犬が鼻先を近づけてくる。

湿った鼻息がくすぐったくて、笑いながら撫でくりまわした。


「まったく!お兄ちゃんはこんなにお兄ちゃんになったのに!!まめ太は怖がりのままだねぇ~!!」


「お父さんがそうやって甘やかすからじゃんか。」


遠回しに褒められた事がくすぐったいのか、息子はムスッと顔を顰めてそう言った。

言葉や態度には棘があるが、ちょっと赤くなっているところがまだまだ可愛い子供だ。


「それより!宇宙の色の話は?!」


「あぁ、そうだったね。」


「黒?!」


「黒じゃないな。」


「ええ~っ?!」


訳がわからないと息子は机に突っ伏した。

我ながらちょっと意地悪な質問だったかなと思う。


「う~ん。そもそもちょっとニュアンスの違う話なんだよ。ごめんね。」


「何が違うんだよ!」


「見たまんまじゃなくて、全部、混ぜた時の色って言うのかな……??」


「混ぜた色?!」


ガバッと起き上がり、息子が訳がわからんといった顔で私を見る。

元気だなぁと思わず笑う。


「宇宙には恒星が光ってる部分もあるだろ?そういうのを全部足して平均値を出した場合、何色かっていう研究発表がされたんだよ。」


「………………。宇美!タブレット!!」


「は~い。」


日付を写し終えた娘が、手を伸ばす息子にタブレットを渡す。

こういう所は現代っ子だなぁと思う。

渡されたタブレットですぐ様検索をかけ始める。


「…………ウッソ?!何で?!」


どうやらお目当ての記事を見つけたようで、素っ頓狂な声をあげる息子。

その声に娘も興味を惹かれて顔を上げた。


「え?何??何色なの?!」


「…………ベージュ。」


「ベージュ?!ベージュって薄茶みたいなのだよね?!嘘だ!絶対それ!間違ってるって!!」


信じられないと騒ぐ娘を横目に、息子はその記事を黙々と読んでいる。

その顔はなかなか真剣だった。


知らなかった。

息子がこんなにも空に……宇宙に興味を持っていたなんて。

娘が少し独創的だが魅力的な絵を描くなんて。


嬉しいような申し訳ないような複雑な気分になる。


子供の成長は早い。

一日一日と変わっていく。


日々の社会生活に追われ、うっかり見落としてしまうところだった。

今日、その事が知れて良かった。

大雨で予定が潰れて良かった。

でなければこうしてゆっくり子どもたちと向き合う事はできなかっただろう。


「……大昔はもっと青かったらしいんだけどね。今はベージュなんだそうだよ。」


「みたいだね。すっげー意外。」


息子はタブレットを見つめてそう言った。

その目はとても真剣で、そしてキラキラしている。


「え~?!何で?!夜空は青黒いじゃん!!宇宙も青黒いじゃん!!」


娘はそう言って机を軽くダンダンと叩く。

絵日記に描かれた花火の夜は、絵日記にしておくのがもったいないくらいだった。


「だから光ってる星の色も全部混ぜるとそうなるんだよ。」


「え?!そんなにたくさん星なんてないじゃん!!」


納得できないとばかりにむくれる娘。

しかし息子の方は違った。


「……わかった。」


「わかったの?!」


「そうじゃなくて、次の自由研究はこれにする。その時、宇美が納得できるよう、ちゃんと説明してやる。」


私も娘も一瞬ぽかんとした。

けれどその頼もしい言葉はとても嬉しかった。

私は抱いていた犬を息子の代わりに抱きしめた。


「え~?!お兄ちゃんにできるの?!」


「できる。」


「え~?!」


「絶対、納得させるからな!!覚えとけ!!」


そしてまた軽く言い合いになる。

そんな喧嘩も微笑ましく思えた。


激しく打ち付ける雨音。

バリバリッと響く雷鳴。


怖がるのは犬ばかりだが、それでも、こんな嵐の日も悪くないと私は笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ll?19122470Y
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ