第5話 ゼファーとアルテミスの駆け引き、策士の建前と狙い
エステリア王国の王室の間、閑静とした雰囲気が広がっていた。その中で、ゼファーが討議の結果を実行するための手続きの書類を抱え、ドアをノックし、アルテミスの部屋に足を踏み入れた。「アルテミス様、失礼します。調印をいただくべく参上いたしました。」と無機質な声で挨拶をした。
茶色のロングヘアーを揺らしながら、アルテミスは無邪気な表情で振り向いた。「何か用ですか?」と彼女がゼファーの顔を見た瞬間、その表情は不機嫌なものへと変わった。彼女の顔つきからは、ゼファーが討議について何か伝えるために訪れたことが伺えた。「討議の結果についてですが...」とゼファーが言い出すと、アルテミスは唐突に手を上げて彼を遮った。
「私は調印しません。」と彼女は力強く断言した。ゼファーの顔色は微妙に変わった。「それは困ります。討議では王族と貴族合わせて19の賛成でアスタル公国と協定を結ぶことになったのです。最後に正式に承認をいただかなければ、実行に移せません。」と、彼は冷静に警告した。しかしながら、アルテミスは「だから、あんな無茶苦茶な結果を受け入れるわけにはいきません。」とすでに完全なわがまま状態だった。
「では話を変えましょう。アルテミス様ご結婚されてはどうでしょうか?」と言うと「は?どういうことですか 何を唐突に?」とアルテミスは目を大きくして驚いたようにゼファーを見た。そして、ゼファーは続けた「私はこの1年アルテミス様の仕事ぶりを見てきました。アルテミスは様は、税金を下げ続け、国民の暮らしも豊かになり、大変よく頑張っておられます。そして、まさに素晴らしい業績を積み重ねてきています。アルテミス様の国民からの人気も今や先代の国王様以上かもしれません。しかし、私には一つ心配なことがあります。両親を亡くし、一人でこの国を支えているアルテミス様がどこか孤独で、一国の王女として独り立ちできていない部分があるのでは?と思っております。」と言うと、アルテミスは「それで、結婚ということですか?」と少し苛立ちを見せた。
さらに、ゼファーは「討議の前に、庭園の前を通ってクレアとリネルの稽古中に声をかけ、同じ問答をしている姿を見ていると、どこか心の中でクレアを頼りにしていて、王女として何かまだ1人で決断する勇気が足りないのではというか...」と少し演技交じりに濁しながら言った。すると、アルテミスは「あれは、王女としての、騎士団の指揮確認です。」と彼の意図を見透かしたように言った。それに対して、ゼファーは「討議の時もそうでした。軍事費の増加をしないのは、クレアからの提案とおっしゃいました。」と反論し、アルテミスは一言も発することなく黙り込んだ。
そして、アルテミスの様子を窺いながらゼファーは心の中で一抹の喜びを感じつつ「それなら、どうでしょう?アルテミス様がクレアから独立するという意味も含めて、護衛騎士団の団長を交替するのはいかがですか?」と提案した。しかし、クレアは感情をむき出しにして「何を言っているのですか。クレアを解任する理由はないはずです。」と反論した。
「それならこんな提案はどうでしょう。私の息子ジースは護衛騎士団の一番隊の隊長を務めています。剣術での勝負をして、もしジースが勝利すれば、団長の地位を交代するというのはどうでしょうか?そして、もしジースが団長になった暁には、アルテミス様とジースが結婚する。王女と結婚するためには、それなりの地位と能力が必要でしょう。直接王族を守る役職である護衛騎士団の団長なら、国民も納得するはずです。」と、ゼファーは得意げに提案した。しかし、アルテミスは「だから、なぜ私が結婚しなければならないのですか?」と引き続き反発の態度を示した。
それに対しゼファーは、「結婚するかどうかはアルテミス様の選択です。ただ、王族はアルマニ様夫妻とアルテミス様の3人しかいません。アルマニ様夫妻はご高齢で子供もいません。つまり、アルテミス様が結婚しなければ、ここで王族の血筋が途絶えてしまうのです。」と冷静に説明した。アルテミスは言葉を失った。そこでゼファーは、「実際のところ、私の息子がクレアに勝てるとは思っていません。クレアは14歳で剣術大会で優勝し、その後先代国王から直々に剣術の指導を受け、18歳で護衛騎士団の団長に就任したこの国で最も優れた剣士です。本音を言えば、息子の実力を試したいという意味もあります。そういった条件でしたらどうでしょう?もし万が一、ジースが剣術でクレアに勝利したらということです。もちろん、クレアが勝てばアスタル公国との協定は白紙に戻し再検討し直します。護衛騎士団のアスタルへの編成も取りやめ、エステリアの決定事項として私からレナード様に伝えます。」と提案した。その提案にアルテミスは一瞬目を輝かせ、「本当にそうしてくれますか?」と尋ねた。「もちろんです。そういう条件ならば、アルテミス様も安心してクレアを応援できるでしょう。」とゼファーは自信たっぷりに言った。そして、アルテミスは「分かりました。クレアとジースの剣術勝負を許可しましょう。日程や連絡はお任せします。ただし、剣術勝負で二人に怪我をさせたくないので、刃がついていない訓練用の剣で行うことにします。」と条件を付けた。
アルテミスには確固とした自信があった。彼女は心の中で(クレアがジースに負けるはずがない。クレアは誰も認めるこの国で一番の剣士で、護衛騎士団の団長だ。彼女の力と才能、そして優れた剣術はどんな敵に対しても屈することはない。今回の勝負も、クレアが勝つという結果が見えている)と確信していた。アルテミスの中で信頼と安堵が揺れていた。
「ありがとうございます。ではこれから、2人に連絡します。」と言うと、ゼファーは少し不審な笑みを浮かべながら王室の間を出た。全てがゼファーの思惑通り進んでいた。そもそも、ゼファーは護衛騎士団をアスタルの軍に編成するということはどちらでも良かった。なぜなら、アスタル公国の狙いはエステリア王国の豊かな作物で、エステリアより強大な軍を持っているアスタルがエステリアの騎士団を軍に組み込むことにこだわっていないことも知っていたからだ。
そして、ゼファーの本当の狙いはジェノイド家が王族になることだった。そのためには、どうしても王族との血縁関係が必要で、自分の息子とアルテミスの結婚を成功させたいと考えていた。また、ゼファーは自分の息子が剣術でクレアに勝てないことも理解していた。しかし、ゼファーには既に新たな秘策があった。