表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と平和の交響曲  作者: 雨久猫
4/6

第4話 取り乱す王女と冷静な女剣士

夕方、エステリア王国の城内に響き渡る鳥たちのさえずりが、日々の喧騒を一時的に穏やかな雰囲気に包んでいた。護衛騎士団の副団長であるリネル・ナンドは、自身の日課を一息つけると、城内でメイドたちと共に書庫の本の整理に取り掛かっていた。「リネル様、この書庫の整理、実はゼファー様からの依頼なんです」と、ふと近くで作業をしていたメイドが告げた。リネルは少しだけ驚いた顔をした。「ゼファー様から?」と驚きを隠せずに返し、その後の説明は待たずに作業に戻った。


そんな彼の耳に、突如としてアルテミスの声が聞こえてきた。声のする方向は先代国王の弟であるアルマニの部屋の方だった。驚いたリネルは、手に持っていた本を置き、声のした方へと足を運んだ。


「なぜ叔父様は今日の討議で私の意見に賛同してくれなかったのですか?護衛騎士団は王族直属の部隊。アスタルの軍に編入するなんてあり得ない。貴族の方はともかく、王族である叔父様が私に賛同してくれないなんて!エステリアは、我々マリー一族が農民から土地を耕し、作物を育て、人々と助け合い、集落を作り上げ、村や町に発展させた国なんです。お父様からそう教わりました。このままでは、エステリアはアスタルの属国になるのではないですか?」アルテミスの声は憤りと失望に満ちていた。


その声はリネルにもはっきりと聞こえていた。(騎士団がアスタルの軍に編入? アスタルの属国?)リネルは不安を感じながら心の中でつぶやいた。


アルマニの部屋では、アルテミスが一層感情的になっていた。それに対して、アルマニは優しく落ち着いた口調で「アルテミス、落ち着きなさい。今、王族は私とアルテミス、そして私の妻の3人だけだ。私と妻の命はもう長くはない。その時が来れば、エステリア王国の王族はアルテミス一人になる。王族が途絶えればこの国がどうなるかは予想がつくだろう。だから今は、アスタルといった国と協定を結ぶことも、エステリア国民を守るための一つの手段なのだ」と説明した。それでも、アルテミスは納得がいかず、「でも叔父様、なぜ騎士団をアスタルの軍に編入させるんですか?戦争以外の協力ではダメなんですか?これでは、イシリアと戦争をするのが前提になってしまうんじゃないですか?」と反論した。


アルテミスの感情は怒りと悲しみが次第に高まっていった。そして、間もなく部屋の扉が勢いよく開き、泣きぐすみながら出てきたのはアルテミスだった。その姿を目の当たりにしたリネルは、一瞬何を言えば良いのか分からなかったが、直ぐに心を落ち着けて彼女の方へ歩み寄った。「どうされましたか?」とリネルが尋ねると、アルテミスは「クレアは?」と反問した。「団長なら、家のパン工房で手伝いをしていると思いますが?」とリネルが答えると、アルテミスはそのまま階段を駆け下りて城を出ようとした。


アルテミスは早くクレアに教えないといけないと思いながら無我夢中で城の中を駆け抜けた。頬には涙の痕が残り、彼女の焦った足取りを一層際立たせていた。髪は乱れ、頬は赤く染まっていたが、その目には何としても護衛騎士団をアスタルに組み入れることを防ぐ決意が燃えていた。その後ろ姿をリネルは言葉も無く見送るだけだった。


しかし、城門まで来たアルテミスを門番の兵士が当然のように止めた。「アルテミス様、どちらへ行かれるのですか?一人で外に出るのは危険です。どうか戻ってください。」兵士は心配そうに訴えた。しかし、アルテミスは涙を拭い、断固とした目を兵士に向けた。「クレアに会いに行くだけです。邪魔しないでください!」と感情的に突破しようとした。


その時、パンがたくさん入った紙袋を持ったクレアが城に戻ってきた。クレアはアルテミスに「どうしたのですか?」と優しく問いかけた。「護衛騎士団がアスタル公国の軍に組み入れられるって!」とアルテミスは門番の兵士の前でも感情に任せて口を滑らせてしまった。その姿はすでに王女の風格を失ったただの少女のようだった。それに対してクレアは、「その件についてはゼファー様から聞いています。」と答え、さらに「護衛騎士団はどこに行ってもエステリア国民を守るという使命は忘れてはいません。こちらは我が家で作ったブルーベリーパンです。まずはこれを食べて落ち着いてください。」となだめるように言い、アルテミスを安心させた。そして、アルテミスは我に返ったように落ち着きを取り戻した。


その瞳からは次第に焦燥感が消え、代わりに静かな冷静さが戻ってきた。紅潮していた頬の色も徐々に元に戻り、普段の彼女へと少しずつ戻っていく様子が見て取れた。彼女が再び堂々とした王女の姿に戻るまで、その場には深い静寂が訪れた。最後に、アルテミスは深い溜息をついた。そして、再び自身を取り戻した彼女は、クレアに向かって「ありがとう、クレア。ちょっと感情的になってしまったね。」と微笑んだ。その微笑みには、彼女がいつも持っている堂々とした王女の風格が戻っていて、その場を去った。


アルテミスが去った後、門番の兵士はしばらく呆然と立ち尽くしたままだった。護衛騎士団がアスタルの軍に組み込まれると聞き、彼はその重大さを初めて痛感した。王女が一人で城を出ようとした理由も理解できたようだ。「クレア様、本当に護衛騎士団はアスタル公国の軍に組み込まれるのですか?」門番の兵士は、手にした紙袋に入ったパンを見つめながら、疑問と不安を込めてクレアに尋ねた。それに対しクレアは、「それが今日の討議の結果だ。」と静かに告げた。


門番の兵士は言葉を失った。アスタル公国の軍と一体となるとは、何が起こるのか、未来は見通せない。その不安感を隠せない彼の表情を見て、クレアは少し強く語りかけ、剣を抜いて門番の兵士の首元に近づけた。「ところで、さっきアルテミス様が城を出ようとした時、もし城下が戦場になっていたらお前はアルテミス様を止めたか?」と意味深な質問を投げかけた。門番の兵士は「は、はい、もちろんです」と自信満々に答えた。


「勘違いするな!平和なこの国で反乱も起きずに、お前が毎日城の前に立ち続けられるのは、毎月国民から税金や食料が集められているからだ。城下が戦場になってアルテミス様が外に出たいと言ったら止めるな。我々、護衛騎士団は王族直属の部隊だが、優先するべきは王族ではなくこの国の国民だ。忘れるな!」兵士は、クレアの言葉を重く受け止めて頷き、「はい、クレア団長。」と応えた。


そうしてクレアは微笑みを浮かべ、剣を鞘に戻し、「晩飯の足しにでもしろ」と言って門番の兵士にパンを渡し、城内へと戻っていった。そして、クレアがしばらく歩いているとリネルが焦った様子で接近し、「あ、団長!あの…護衛騎士団がアスタル公国の軍に組み込まれるって、本当ですか?」リネルの声は心配そうだった。クレアは彼を一瞥し、「なんだ、情報が早いな。アルテミス様がまた口を滑らしたのか?まあ、今日の討議で決まったことだ。」と軽くあしらうように笑顔で答えた。


リネルは一瞬、驚愕の表情を浮かべ、その後、一つ深い息を吐いた。「団長、騎士団がアスタルの下で戦うということですか?」とクレアに詰め寄って聞いた。「そういうことになるかもな。」するとクレアは立止まって、「リネル、忘れるな。護衛騎士団の使命はエステリア国民を守ることだ。そしてその使命は、どこにいても変わることはない。」と力強く言った。リネルはしばらく黙って考え込んだ後、納得したように「分かりました。ありがとうございます。」と言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ