第3話 策略と謀略
ゼファーの執事室には、財務大臣である彼自身と、アスタル公国諜報隊長のレナードだけが居合わせていた。部屋は落ち着いた雰囲気に包まれており、エステリア王国とアスタル公国の未来についての話し合いが進行中だった。
「あまりにも強引に進めたのではないか、と思いませんか、ゼファー様?」レナードが心配そうに問いかけた。「アルテミス様は15歳という若さでありますが、独立心が強く、平和一筋という強い信念をお持ちの方のように見えます。今後の協力体制について、亀裂が生じないことを祈りますが...」
ゼファーは静かにレナードを見つめた。「確かに。だが、今日の会議はアスタル公国とエステリア王国が共に手を取り合い、イシリア帝国に立ち向かうための必要な一歩です。アスタル公国との提携を進めることで、我々は経済的、軍事的な力を共有し、イシリア帝国への抑止力となる。」と彼は確信を込めて語った。
そしてゼファーは続けた。「そして、最後はエステリアが生き残るためには、軍事力を持ったどこかの属国にならざるを得ません。エステリアがアスタル公国の属国となることには確かに困難が伴うでしょう。しかし、計画が成功すれば、私はアスタル公国の財務大臣としてアスタル公国とエステリア王国の発展に貢献できます。そして、同時にエステリアを守ることができます。誰も損はしません。」その言葉の間隙から、自身の私利私欲のためにも、一筋のしたたかな光が彼の瞳からこぼれた。
レナードはその表情を捉え、驚き、そして理解したような表情を見せた。「なるほど、ゼファー様の考えがわかりました。しかし、属国となるとそれが王族や貴族たちに受け入れられるかどうかは…」
ゼファーは微笑んだ。「それは問題ではない、レナード殿。近いうちに、エステリアの王族は途絶えます。王族はアルテミス様以外には先代国王の弟のアルマニ様とその夫人だけです。ただ、アルマニ様は病弱で先は長くない。夫人は王族と言っても一般市民の出身で国の政治に影響はありません。それに、アルテミス様は王女とは言えまだ若すぎます。理想だけで国を作ることはできません。貴族連中は特権を維持できれば、属国であろうと関係ないでしょう」と意味深な言葉を残した。その視線は深みを増し、計画に対する確信が見え隠れしていた。
その時、執事室のドアがノックされ、「失礼します。」そう言ってゼファーが呼んだ護衛騎士団団長のクレアが入ってきた。彼女の厳格な顔立ちは、彼女の身分と立ち位置を如実に表していた。「クレア、こちらはレナード・マイケル殿だ、アスタル公国の諜報隊長です。」と、ゼファーが紹介した。レナードは立ち上がり、クレアに敬礼をした。
クレアの目はレナードを少し見て、ゼファーに戻った。内心では、なぜこの二人が一緒にいるのか疑問に思いながらも、それを表情や態度に出すことはなかった。彼女はただ静かにレナードに対して軽く敬礼をした。
しかし、心の中では微かな不信感が生まれていた。エステリア王国の財務大臣とアスタル公国の諜報隊長が一緒にいる。それ自体が普通ではない。そして、その場に彼女が呼ばれたという事実。何かが起ころうとしている。そんな予感が彼女を包み込んだ。そして、彼女は心の乱れを悟られないように、しっかりと背筋を伸ばし、レナードとゼファーが何を企んでいるのか、見極めようとした。
すると、「クレア、忙しいところわざわざすまないな。」ゼファーは落ち着いた声で話し始めた。「護衛騎士団の今後についてだが、エステリア王国とアスタル公国の連携が進む中、護衛騎士団はアスタルの軍隊に編成されることになる」
クレアの目は驚きで大きく開いた。ゼファーの言葉が真実であることを理解し、同時にそれが何を意味するのかをすぐに掴めず一瞬考えた。(エステリア王国の護衛騎士団がアスタル公国の軍隊に編成される?)それは、エステリアがアスタルの属国となり、アスタル公国の戦争にエステリアの騎士団が巻き込まれ、平和国家として自国の力を失うことを示していた。
彼女の心は混乱していた。だが、その様子を見せないようにと彼女は自分自身に強く命じた。彼女の表情は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「了解しました、ゼファー様。」とクレアは答えた。しかし、その答えの中には深い不安と疑念が混ざっていた。彼女の心の中で何かがひび割れていく感覚があった。それは、信じていたエステリア王国の未来に対する不安の始まりだった。
ゼファーの言葉が事実であるとすれば、王国は自国の力を手放し、他国に従うものとなる。もちろん、クレアはそんな未来を望んでいなかった。
それでも彼女は立派な護衛騎士団団長として、堂々と宣言した。「これからもエステリア王国のために尽力します。」と多くは語らず最低限の言葉を残し、クレアは一礼をし、執事室を後にした。だが、彼女の心の中では、ひそかな不信感が蠢き始めていた。
ゼファーはクレアが執事室を出て行った後、レナードに向き直った。「クレアは、18歳の時に先代の国王から護衛騎士団団長を任されました。彼女も私と同じく、若くして先代の国王から国の財務を託され、それ以来、国のために尽力してきました。」
レナードは静かにゼファーの言葉を聞き入れた。そして、彼は少し驚いた表情を浮かべて言った。「彼女の剣術は噂で聞いています。しかも、18歳で団長の役割を任されていたとは驚きです。我が国に来て剣術をぜひ軍隊の育成のために役立てて欲しいものです。」
ゼファーは淡く笑った。「ただ、クレアが団長になってから10年経ちますが、我が国には実戦の経験はありません。」ゼファーの言葉は、クレアを少し見下したものだった。彼の笑顔はあくまで紳士的だったが、その言葉からはクレアの能力を過小評価する姿勢が感じられた。「クレアは我が国の誇りであり、彼女の剣術は確かに素晴らしいものです。だが、それが実戦経験のあるアスタルの軍隊でどれほどの役に立つか、それはまだ未知数です。」
レナードはゼファーの言葉を黙って受け止め、その瞳は何かを考えているかのように輝いていた。しばらくの沈黙の後、彼は立ち上がった。「なるほど、非常に参考になる話を聞かせていただき、感謝いたします、ゼファー様。私はルーデン国王にこの件を報告しなければならないため、ここで失礼いたします。」と言うと、ゼファーは「では、クレアに伝えて騎士団に途中まで送らせましょう」とレナードを気遣った。
しかし、レナードは「それには及びません。」と言って執事室の窓を開けると、横幅5mもある大きな鳥が飛んできた。「珍しい。ハイレントイーグルですか?」とゼファーは少し驚いたように言った。「諜報活動にはスピードが必要ですからね。ではまたお会いしましょう。」そして、レナードはハイレントイーグルの背中に乗ってアスタル公国へ飛び立った。
レナードが去った後、ゼファーは深く息を吸った。その表情は、普段の知的で冷静なものから一変し、沈痛な表情に変わった。しばらくの沈黙の後、彼は息子ジースを呼び入れた。「お父様、何のご用でしょうか?」ジースが尋ねた。
ゼファーは窓から外を見ながら、静かに言った。「護衛騎士団はいずれアスタル公国の軍に組み込まれることになる。」「えっ!?」ジースの声が部屋に響き渡った。「でも、それは…」
「クレアへは連絡済だ。そして、これから話すことはまだ秘密だが、いずれ護衛騎士団の団長はお前に任せるつもりだ。」ゼファーは彼に静かに告げた。「私にですか?」ジースの声は驚きと混乱に満ちていた。「お前を、10歳から護衛騎士団に入隊させたのも、いずれは団長になって欲しいという私の意向からだ。」とゼファーは淡々と語った。
そして、ゼファーは更に話を進めた。「我々ジェノイド一族は、王族であるマリ一一族に代々仕えてきた。しかし、今や王族は、アルテミス様、先代国王の弟であるアルマニ様とその夫人の3人だけだ。アルマニ様は今は60歳、病弱でありもう先は長くない。その結果、王族はいずれ途絶える。そこで、お前が護衛騎士団の団長になった暁にはアルテミス様と結婚して、子供が授かれ王族を継続される。そうすれば、国民も安心し、我々ジェノイド一族もついに王族となることができる。」
「私がアルテミス様と?しかも、クレア様を解任?」ジースは驚きの連続だった。「お、お父様、そんなことを本気で?しかし、マリー一族は代々男系を王としてきて...」とジースは震える声で反論したが、ゼファーはすぐに口を挟んだ。「王族の男系は60歳のアルマニ様だけだ。今から後継ぎは無理だろう。何もしなければ、王族は途絶え、この国から王族が消える。そうなれば、国民は大混乱になり国の運営も不安定になる。マリー一族は男系を王としてきたが、アルテミス様の国民からの人気を考慮すれば、それを反対する人はいないだろう。」
ジースは恐怖と期待が渦巻く中、ゼファーに従うことを決意した。「しかし、クレア様を解任する理由がありません。しかも、残念ながら今の私では、剣術においてクレア様を超える信頼を得るのは難しいかもしれません。」
「それは大丈夫だ。その部分は私が何とかする。お前はとにかく日々剣術を磨くことに専念しろ」とゼファーは具体的なことは言わなかった。