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剣と平和の交響曲  作者: 雨久猫
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第2話 王族、貴族、訪問者

エステリア王国の城の最上階、その中心には高貴な存在感を放つ討議の間があった。青紫色のカーテンが大きく揺れ、冷たい風が突き刺すような静寂が支配する中、今日もまた国を巡る討議が繰り広げられていた。討議はアルテミスを含む3名の王族と、17名の貴族で構成され、エステリア王国の政治は先代の国王が亡くなって以来、実質は貴族政治の状態だった。


「王族、貴族の給料の引き上げ、軍事費の増加を求めます。」と語り始めたのは、王国財務大臣ゼファー・ジェノイドだった。彼の言葉は明瞭で、深い知識と洞察力を感じさせた。「我々が目の前に抱えるイシリア帝国の侵略、これに対抗するためにも、必要な措置ではないでしょうか?」


アルテミスは、ゼファーの発言を静かに受け止めた。「軍事費の増加は認められません。」彼女の声は静かだったが、その決意には揺るぎないものがあった。「さらに、王族や貴族の給料アップも認めることはできません。」


部屋の中に一瞬の沈黙が広がった。「貴族や王族の給料を下げ、いずれは国民と王族、貴族の給料を同じにします」と、アルテミスの言葉が静かに部屋を満たした。王族と貴族の給料を上げたいゼファーと、いずれは国民と王族、貴族の給料を同じにするというアルテミスは、アルテミスが国王に就任して以来常に対立していた。しかし、今日のゼファーは違った。


「そんなことをしたら、国民が財や力を持ちすぎて最悪反乱を招くことになります。」ゼファーの言葉は冷静さを保ちつつも、深い懸念を感じさせた。「さらに、国民の給料が上がれば、王族や貴族からは不満が出るでしょう。」


「それだけでなく、経済のバランスも崩れかねません。」ゼファーは議論の火を燃やし続けた。「貴族と王族の給料を下げ、国民の給料を上げるという一見公平に見える提案ですが、それには大きな問題が隠れています。国民全体の生活水準を上げると、物価の上昇を引き起こす可能性があります。これが逆に生活の困窮を招く可能性もあるのです。」


「さらに、王族や貴族が国民と同等の給料を受け取るとなると、その特権意識が失われ、我々の立場、存在意義までもが揺らぎかねません。これこそが、反乱の引き金になるでしょう。王族や貴族と国民が共存し、この国が安定するためには、それぞれの役割と位置付けを維持することが重要です。」


「それに、貴族や王族の給料を下げて国民の給料を上げると、軍事費の確保も難しくなります。先月もアルテミス様の提案通りに税金を引き下げているじゃないですか?イシリア帝国の脅威が迫る中、我々は戦力の強化を怠るわけにはいきません軍事費削減は、国の安全を脅かす行為です。」


ゼファーの冷静かつ力強い反対論に、討議に参加した貴族や王族たちは大部分がゼファーに賛同していた。しかし、アルテミスは「軍事費の増加をしないのはクレアの提案です。」と言った。すると周囲は一瞬ざわつきゼファーは「クレアが?」と少し疑うように言った。


「私は給料アップも贅沢を望みません。私が望むのは国民の幸せだけです。」アルテミスは立ち上がり、部屋に詰めかけた人々に向けて言葉を投げかけた。「私たちの衣食住が保証されているのはなぜでしょうか。それは国民が毎月、食べ物や税金を納めてくれているからです。エステリア王国は作物豊かな農業の国です。戦争はせず、中立を保ちます。もし国民が私利私欲に走り私たちに反乱を起こすというのであればその時は戦うしかありませんが、今この国は平和そのものです。それは、国民の幸福度が高いからです。国民が幸せであれば、戦争などありません。平和な世の中が続きます。また、イシリア帝国はエステリアから500km以上離れた国。私達はイシリア帝国とは国交がありません。戦争を仕掛けられる理由もありません。」その言葉には彼女の純真な想いと、国民への深い愛情が込められていた。


その発言により、王族と貴族の間で二つの意見が交錯することになった。一部はアルテミスの言葉に共感し、その姿勢を称賛した。一方で、ゼファーの懸念を理解する声も上がった。議論は深まり、エステリア王国の方向性は2分した考えのまま結論に至らず討議は終わるかと思えた。


その時「素晴らしいですね。アルテミス王女。」と天井から男の声が聞こえた。すると男が天井から飛び降りて「はじめまして、私はアスタル公国の諜報隊長をしています。レナード・マイケルと申します。」とアルテミスの前で頭を下げて言った。


レナードの登場に、一同は驚いた表情を見せた。レナードはアスタル公国の影の交渉人と呼ばれ彼の名を聞いたことがある者は数多く、その大胆な外交手法は王族や貴族たちの間で広く知られていた。


「財務大臣のゼファー様からご招待を受けて、ここに参りました。」レナードは自身を紹介し、続けた。「エステリア王国とアスタル公国は国交がないという現状、そして我々が共に抱えるイシリア帝国の脅威。それらを踏まえて、我が公国とエステリア王国が協定を結ぶことを提案します。」


すると、アルテミスは顔をしかめた。「ゼファー、どういうことですか?この話、私は聞いていません?」彼女の言葉は小さな怒りと強い不満を含んでいた。


「申し訳ありません、アルテミス様。この話は急に進行したもので、報告する間もなかったのです。」とゼファーはすばやくフォローしたが、アルテミスの表情は厳しかった。「急?」アルテミスは何が急なことか理解できなかった。


「さて、皆様。私がここに呼ばれた理由、それはイシリア帝国の脅威に対する共闘の提案だけではないのです。」と、レナードは言った。彼の声は響き渡り、部屋全体を包んだ。「我がアスタル公国のルーデン国王が、エステリア王国との協力を深く望んでおります。エステリアは作物豊かな国、アスタルはイシリアを始め侵略からの脅威に備えて軍備を増強中です。そのため、イシリア帝国の侵略的な振る舞いに対し、我々は一致団結して立ち向かう準備をするべきです。」


レナードは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。「先程、南で赤い閃光が見えました。いま、イシリア帝国は、オレリア共和国と戦争状態です。そして、いずれはあらゆる手段を用いて我々の領土も侵食するでしょう。彼らの力は日増しに強大になっています。彼らの強さを知る者として、我々は協力しなければならないのです。このまま放置すれば、我々の国々はイシリア帝国に飲み込まれてしまいます。」


レナードの言葉に、周囲は再びざわついた。「我々は、皆様のエステリア王国が安全で平和であることを深く願っています。しかし、現実を直視する時が来ています。イシリア帝国の侵略から自国を守るためには、同盟が必要なのです。」


その言葉に、王族や貴族たちからはざわめきが広がった。ゼファーは微笑みを浮かべ、「レナード様の提案、私たちも大いに賛同いたします。これにより、両国ともイシリア帝国の侵略から自国を守れるでしょう。」


アルテミスはレナードを見つめ、「アスタル公国との協定。私は拒否します。私たちは平和を愛し、それを維持するために全力を尽くします。戦争の準備をしている国と協力はできません。しかし、その平和を乱す者が現れたとき、我々は怯えず、また逃げず、立ち向かわなければなりません。その時のために我々には護衛騎士団がいます。」と言い、レナードの言葉に反論した。「しかし、アルテミス様。平和維持には正しい力が必要です。食べ物が豊富にあってもいつ誰かに奪われ餓死するかもしれません。我々は戦争をしようとしているのではないのです。あくまで協力関係を築いてお互いを助け合う提案をしているのです。いずれエステリアの護衛騎士団もアスタルの軍に組み入れることも考えられます。軍事費はアスタルが負担しますので、軍事費を増やさないアルテミス様の希望も叶うでしょう。」


「エステリアの護衛騎士団をアスタル公国の軍に?そんなことは絶対ありません。これではエステリアがアスタル公国と一緒に戦争をすることになるではありませんか?」とアルテミスは少し感情的になって言った。すると、ゼファーは「アルテミス様、護衛騎士団がアスタルの軍に編成されるということは、エステリアが攻められた時はアスタルも力を貸してくれるということでもあります。万が一、イシリアと戦争になった時に護衛騎士団だけで国を守れるか、私には疑問です。護衛騎士団には戦争の経験はありません。」


「戦争の経験?そんなものは必要ないです。護衛騎士団の仕事はたくさんあります。城内の雑務や国民の困りごと国の治安維持など、戦争が目的ではありません。クレアは了承済ですか?」アルテミスは冷静さを失いつつあった。


それに対して、ゼファーは「クレアには会議で決まったということを私から話すようにします。団長のクレアも王国の方針が決まればそれに従って動くだけです。」と冷静に答えた。


するとレナードは薄笑いを浮かべながら「アルテミス様、あなたは一国のトップに立たれるお方。護衛騎士団を統括する立場でもあります。団長の判断を伺うのではなく、ゼファー様のおっしゃる通り会議で決まったことを後で伝えれば良いのではないでしょうか?」そして、周囲は大きなどよめきが起こった。


アルテミスの反論は会議の流れを変えるには至らず、レナードやゼファーの提案の方が一枚も二枚も上手だった。そして、ゼファーとレナードの提案に賛同する声が増え、アルテミスは孤立していった。アルテミスと同じ王族の一人である叔父のアルマニも無言で賛同した。それでも彼女は、自身の信念を曲げることなく貫いた。


すると「私たちはゼファー様とレナード様の提案に賛同します。」と一人の貴族が言い始めると、その他の貴族も次々と同意を示し始めた。アルテミスの断固とした態度に対し、会議の流れはゼファーとレナードに有利に進み、最後はアルテミス以外全員がゼファーとレナードに賛同した。


会議室の騒ぎが落ち着いた後、ゼファーとレナードは目が合った。彼らの間にはわずかながらも共有される何かがあり、それは会議の決定に対する満足と、さらなる計画への期待を示していた。彼らの視線は短く交わっただけで、すぐに周りに気づかれないように切り替えられたが、その僅かなやり取りから何かが進行中であることをアルテミスは察知していた。しかし、彼女は無力さを感じ、瞳からは悲しみと苛立ちが滲み出ていた。一人だけが拒否を貫き、みんなが自分とは違う意見を持つことへの悔しさが彼女の胸を締めつけていた。彼女の心は孤独で、その表情には失望さえも滲んでいた。


彼女は会議室を見回し、一人ひとりの顔を見ていった。しかし、彼女が求める共感者は一人もいなかった。皆、自分たちの安全のため、そしてイシリア帝国の脅威から逃れるためにゼファーとレナードの提案に賛同していたのだと彼女は思った。そして、その日の討議は幕を閉じた。

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