第三章-20
「え?」
「偽物が、私をそんな目で見るな! この、偽物風情が、お姉ちゃんみたいな顔をするな!」
エリは大声で喚き散らす。ユリは大声を大声でかき消すように言う。
「なぜ! 私たちをそこまで毛嫌いする!
さっきからずっと、私をユリじゃないみたいに扱って! 偽物ってどいうこと!」
「何にもわかってないんだね!
みんな、なんで復活すると思ってるの⁉
胴体を六分割されてもなんで元にもどるの⁉」
「そ、それは……不死者になったからでしょ?」
回答したユリの顔をキッと睨むことで、エリはその答えが間違っていることを示す。
「それはね! あんたたちの体が全部バイオナノマテリアルに置き換わってるからだよ!
バイオナノマテリアルのデータ収集所に登録されると言うことは!
全身の細胞がバイオナノマテリアルに置き換わったってことなんだよ!
本当に気持ち悪い!」
ユリは自分の手のひらを見る。以前と変わらない皮膚組織に見えた。
「私は、大進化が発生したとき、唯一体中にバイオナノマテリアルを入れていた人間であり、バイオナノマテリアルのデータ収集所に一番で登録されている。
すでに体の中にバイオナノマテリアルが入っていたおかげで、体中の細胞がバイオナノマテリアルに置き換えられることなはなかった。だから不死じゃない。
一番には管理者権限が与えられていて、すべてのバイオナノマテリアルを操作する権限を持つことになる。だからこそわかる。
今、私の目の前にいるお前たちが、全身バイオナノマテリアルで出来上がっていると」
ユリとベルはそれがなぜ気持ち悪さにつながるのか理解できず、きょとんとしてしまう。
「わからないなら、こう想像してみて。
蟻が群がってできた人間を。
そして、その蟻一匹一匹を全部感じ取ることができる状態を」
ユリとベルは全身に悪寒が走った。
そう例えられると理解できる。
そして、切っても切っても、元通りくっつき立ち上がってくる蟻人間。
「今、地球上でキチンと人間をやっているのは私だけなんだよ!
あんたも、そっちのあんたも! ユリやベルの格好をしているけど! 偽物なんだよ!」
そうか、とユリはエリの気持ちを唐突に理解した。
数秒前に両親がやらかしてしまった罪悪感により世界を戻そうとしていると勝手に想像していたエリの気持ちは間違いであった。
ユースケが自分の首を飛ばす前に言っていた事。
エリが抱えているのは孤独だ。
大進化に取り残されてしまった、たった一人の人間だった。
その孤独を癒すために彼女の言う『本物の人間』に会うためには、世界をもとに戻さなければならなかったのだ。
ユリは頭の中で自分がどうしたいのか整理する。
ユリはエリに親殺しの罪は無いと判断した。
エリは両親を生かすために一時的に命を奪っていたのだ。
世界を戻すことに異論はない。
しかし、大進化に適応できなかった人が元に戻らないこと、そして何より至天の案内人として『死』を与えてきた人が元に戻らないことは、自分の抱えている罪の償いという意味で避けなければならない。
加えて、エリの計画に自分が協力するには、バイオナノマテリアルでできた自分たちをある程度認めてもらう必要がある。
完全に受け入れてもらう必要はない。
いずれ世界を戻すその日まで、ほんの少し認めてもらえればそれでいい。
ユリは決心する。
「エリ! 交渉だ!」
エリはその言葉で目を見開く。
昔、ユリが何か要求を通したいと思っているとき、必ず口にしていた言葉。
この言葉を言われた後の勝負でユリはどんな手を使ってでも勝ちをもぎ取りに来る。
「一対一で勝負して、私が勝ったら、私がデータ収集所に残ってない人も一緒に元に戻す。
完全な世界の戻し方を、私と一緒に探してほしい!」
エリは目を細める。
これまで、目を合わせないようにしてきたが、やはり本人を目の前にすると、大進化の前と同じユリがそこにいた。
ユリの交渉は絶対にwin-winの交渉を持ち掛けてくる。
慕ってはいるものの、言うことを素直に聞くのは嫌だった。
そんなエリを見通しているのか、ユリは大事な場面で必ず交渉と言って勝負を持ち掛け、エリにとって最大限の成果を残してしまうのだ。
エリの瞳から一筋の涙がこぼれる。
「どうして、私が二人から隠れてたかわかる?」
ユリとベルは首を振った。
「こんな気持ちになるからだよ!
なんで、私は……! 私はっ……!
こんなバイオナノマテリアルのバケモノのはずなのに……!
心がホッとしちゃうんだっ!」
ユリは静かに聞く。
「この交渉、受けてくれる?」
「……バイオナノマテリアルの化け物の癖に。
でも本質がちゃんとお姉ちゃんなのかむかつく。
私がお姉ちゃんの交渉を断ったことある?」
「無いね。じゃ、交渉成立だ。
この勝負でどっちのやりたいことを通すか決めよう」
ユリとエリはニヤッと笑い合うと、ユリは軍刀を、エリは鉄パイプを握り直した。




