第三章-19
「なぜ、バイオナノマテリアルのデータ収集所にデータが登録されていないことで苦しむのか? それは、データが登録されていなければ異物と判断されるからなんだよ。
誰を登録して、誰を登録しないのかデータ登録の選別方法がどうなっているのか、私にはわからないけど。
登録されなかった人間はバイオナノマテリアルによって心臓を攻撃され、存在を抹消される」
エリはユリの心臓を指さす。
「でも、バイオナノマテリアルのデータ収集所に登録されずに心臓への攻撃で苦しんでいるとき、別のバイオナノマテリアルを使って殺害されたらどうなると思う?
データ収集所にはバイオナノマテリアルによって殺されたと言うデータが残ることになる」
ユリはエリの心臓に向けていた軍刀をゆっくりと下ろして言う。
「つまり、お父さんとお母さんをバイオナノマテリアルを使って一度殺すことで、データ収集所に『バイオナノマテリアルによって殺された人間』として登録させ、二人のデータを残したってこと……?」
「正解。あのままでは二人は永遠に消えてしまうところだった。
でも私が殺すことで復活の可能性が残ることになる」
エリはそうつぶやいた。ユリはうつむきながら言う。
「でも、それじゃあ、エリが世界を戻すとき、単純に大進化に適応できずに死んでしまった人たちはもとに戻らないってことだよね?」
エリは頷いた。
「そうだよ。でも、それは仕方がない。
データがないんだから。不可能なことは不可能だよ」
ユリは唇を噛む。
ずっと、両親を殺したと言うことを咎めるためにここまで来た。
だが、ユリは殺した理由が生かすためだったため、エリを咎めるべきなのかわからなくなっていた。
だが、外科医は手術で心臓を治し、延命させるために、一度心臓を止める。
当然、こうした手術には手術を受ける本人または家族の同意が必要だが、エリはそうした同意を求めることなど無かった。
だが、それでも、生かすために行った行為を咎めてもいいのだろうか。
「……いや、咎めちゃいけないのかもしれない」
ユリはそう結論付けた。
相談がなかったことについて怒りを覚えるのは間違っていないだろう。
だが、罪があるわけじゃない。
あくまでも両親を復活させると言う点に関して言えばだが。
適応できなかった人を復活させないと言う点についてもっと議論するべきだろう。
エリの後ろに控えていた二人は、大進化に適応できなかった人を復活させたいと言ってエリに協力したと言っていた。
エリの言い分が正しいのであれば、彼らの欲する人間は復活しない。エリはずいぶんと残酷なことをしている。
しかし、それよりもとユリは思考を進める。
もし、大進化の適応がバイオナノマテリアルのデータ収集所への登録を意味する場合、ややこしい事態を引き起こす可能性があった。
「ねえ、エリ。ちょっと確認したいことがある」
エリは煩わしそうにユリを見る。
「何? 私は作業に戻りたいんだけど」
「私は至天の案内人として人々に『死』を与えてきたんだけど。
不死者が死ぬとしたらどんな時かな?」
「藪から棒に何?」
「答えて」
ユリの真剣な顔に、エリは溜息をつきつつ言う。
「それはもちろん、バイオナノマテリアルのデータ収集所からデータが削除された時だよ。
死にかけた不死者はバイオナノマテリアルのデータに基づいて復旧されるんだから。
元データがなくなっちゃったら復旧できなくなるでしょ」
エリは一度言葉を切り、少し思考する。
「ただ、それはとても高度な事をやっていることになると思う。
たとえデータを消したとしても、バイオナノマテリアルはその人の過去の履歴を遡り再度完全な状態というのを定義しなおすことになる。
完全に消すにはその人の記憶をたどり、関連する情報を全て削除していると言うことだろうね」
ユリは上に見えるマグマを仰いだ。
エリの言う通り、ユリは至天の案内人として個人の完全上体のデータと、ベルに寄ってもたらされる個人の記憶をバイオナノマテリアル上のデータから削除している。
「じゃあ、酸の街のミコは、宵闇の街のタロウは、情の街のウルカは、夜と朝の街のシュンヤは。私が『死』を与えてしまった人たちは、エリが戻した世界に復活することは無いんだね……」
足元に重ねてきた物が崩れてしまったような感覚だった。
つまり、至天の案内人の活動によって『死』を与えてしまった人は、エリの世界復元で復活しないと言うことだった。
世界にもし神がいるのなら、どうして、このようなかみ合わない二つの事象を野放しにしているのか。
一方だけを残してくれれば、このような事態には成らないのに。
ユリは両親の犯してしまった罪を償うため、他人から奪ってしまった『死』を返していた。
エリは両親の犯してしまった罪を償うため、世界をもとに戻そうとしていた。
二つの罪滅ぼしは、相容れない形でこの世に存在してしまった。
ユリはもう、エリの事を敵視することはできなかった。
姉としてこの事態にどう決着をつけるべきか悩み始めていた。
その時、エリが叫んだ。
「その眼で見るな!」




