第三章-7
即座に、ベルを中心に白く細かい粒子の円が広がり、スミレを超えてさらに広がった。
白い光の粒子をまともに受けてしまったスミレは少し焦ったが、体に何の変化も現れなかったため、ベルを失笑していた。
「これが攻撃なのかしら? なんの効果も表れないわね。
もしかして、相当弱い権能なぁのかぁしらぁ……?」
スミレは突然自分のろれつが回らなくなってしまった事に驚く。
「こぉんな、事をしても、はぁ、無駄よ!」
スミレの言葉とは裏腹に、振り回す鞭の勢いはこれまでの十分の一程度になっており、ベルが余裕でかわし、距離を詰められる程度の弱いものになっていた。
スミレは自分の技のキレのなさに驚き、慌ててベルがどう出てくるかを観察する。
だが、ベルはスミレの放った弱弱しい鞭の一撃をそのまま喰らってしまった。
「あいたぁ……。なんでぇ、そんな、ことするのぉ……!」
ベルの用いた始動語ファイルは、記憶の本に書かれた記述を読み出し、それをそのまま一定範囲内の人間に当てはめると言う技だ。
つまり、一定範囲内にいる人間はすべからく酩酊状態になる。
当然、そこには始動語を行使したベルも含まれる。
「うわ……、スミレ、あなた、もうちょっとちゃんと立った方がいいよぉ……。
あ、気持ち悪い。おぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ベルはそのままお腹を抱えると吐いた。
スミレは困惑した。自分はエリのもとへ誰も近づけさせないよう、真面目に戦うつもりだった。
しかし。目の前にいる人間は真面目の真の字も無い人間だった。
「……インストール。水洗(waterWashing)!」
スミレは扇子から出していた鞭をしまうと、別の始動語ファイルをインストールする。
インストールが完了した瞬間、扇子は青い光の粒子に包まれ、スミレの上に半径五メートルほどの大きな水球が現れた。
「バッチいものを洗い流してくれるかしら……」
スミレはそう言うと扇子を前へビッと向け、ベルを指し示した。
水球の一部が変形しベルの方へ向かう。
吐き終わってすっきりしたベルはそれを見てニヤッと笑った。
「これを待っていたのぉ!」
スミレは表情をこわばらせる。あまり何も考えずに権能を使ってしまっていた自覚があった。
「な、なに……!」
「インストール! ツッコミの記憶(memoryOfTukkomi)!」
再度ベルは本の文章の一部を指でなぞった。
白い光の粒子がベルを中心に広がり、スミレに触れた瞬間、スミレは一つの衝動に駆られた。
「なんでやねん!」
ベルは突然自分の右側に手のひらを返しながらつっこみを入れた。
それを見てスミレは自分の右手を必死に抑える。
だが、あまりにも強烈なその衝動は、どうしても抑え込めず、扇子を持った右手は勝手に動いてしまう。
「なんでやねん!」
別に隣に誰がいるわけでもないのに、スミレは右へ突っ込みを入れてしまった。
突然の進行方向の変更により、スミレの上部にあった水球は制御を失い、そのままスミレへと落下する。
「まずいわ!」
スミレはそのまま落ちてきた水球を被ってしまう。
体に張り付いてしまった浴衣を絞ることもせず、スミレはすぐベルの動きを見る。
水球を落とすことが目的であれば、びしょ濡れになったこのタイミングを逃さないはず。
「あははははは! うまくいったよぉ!」
まだ酩酊しているベルはスミレの事を指さしながら豪快に笑う。
攻めてこなかったベルを、スミレは驚愕の表情で見た。
どう考えても、攻めるチャンスであったにもかかわらず、ベルはただ笑うことを選択した。
スミレは歯を食いしばりながら言う。
「あなた! 真面目に戦いなさい!
私はこの勝負で世界が決まると思い、本気で取り組んでいるのよ!」
すると、少し前まで大笑いしていたベルが、突然まじめな表情を浮かべて言う。
「お前の尺度で他人の真面目を測るんじゃねぇ」
ふざけて、足元にはゲロが落ちているくせに、妙に圧迫感のあるベルのたたずまいに、スミレは少し後ろへ下がってしまう。
そして、ベルはニンマリと笑うと、手に持った本のページをめくり、目的の場所にたどり着くとつぶやいた。
「これでもくらえ……! インストール! 落雷の記憶(memoryOfLightningStrikes)!」
権能が発動した瞬間やはり、白い光の粒子の円がベルの本を中心として放出される。
スミレはそれさえよければよいと考え、濡れてしまい重たくなった服を着つつ必死でジャンプした。
「この光さえよければいいのでしょう!」
だが、白い光の粒子は見えていないだけで球状に広がっていた。
スミレは着地と同時に、自分の上で黒い雨雲が形成されたことで白い光の粒子に当たったことを悟った。




