第三章-3
「確実に」
マツバは種をぎゅっと握りしめ胸に当てる。
自分の足がカクカク震えているのがわかる。
明らかに心拍数が上がり緊張していることがわかる。だが、マツバは言った。
「わかったす。任せてくれっす」
ユリはにっこり笑ってうなずくと、マツバの肩をポンと叩く。
「そんなに緊張しなくても大丈夫! 失敗しても、誰も死なないよ! そういう世界だ」
「そう言う問題じゃないっすよ!」
「あはははは」
ユリが高らかに笑うため、その場にいた人はみな、笑顔になった。
「よし。頼んだよ。マツバ」
ユリはそう言うと、ショウの方へ向き直る。
「私とベルはエリのところへ行く。エリの居場所わかる?」
ショウはうなずく。
「わかります。ちょうどこの塔の屋上です」
ユリは下を見る。
「何と、そんな近くに。でも、ここまで下ってきた階段には屋上へ続く部分は無かったと思うけど」
「ええ、余計な人が屋上へ入らないよう、屋上への入口はここにしかないんです」
ショウはそう言うとユリ達がこの部屋へ入ってきたところとは反対側を指さした。
そこは何の変哲もない壁のように見えていた。
「壁だよぉ?」
ベルがそう聞くとショウはうなずきつつ、棚の裏に隠してあったスイッチを押した。
カチリという音が鳴り、壁だった部分に長方形の線が見える。
扉はゆっくりとユリ達とは反対へ開いた。
「なるほど……。この街そのものが、エリの世界を戻すために作られた街だってことだね」
「その通りです。さ、急いでください……!
今もバイオナノマテリアルは次々と消費されています」
ユリとベルはうなずくと空いた場所から飛びだし、屋上へ続く梯子を下った。
梯子を下った先、塔の頂上は逆さ街らしく重力が逆転しているため、妙な格好になりながらユリ達は塔の頂上に立った。
その時、まずユリ達の目に飛び込んできたのは、巨大な光の球だった。
その大きさはすでに人が抱えられるような大きさを超え、直径は十五メートルほどとなっていた。
「あれが、全部バイオナノマテリアル……?」
「たぶん、そうだよねぇ」
ユリとベルはつぶやきで会話する。
高密度のバイオナノマテリアルが作用していることでどうやらエネルギーロスが発生し、それが光として漏れ出しているようだった。
ユリ達は光の球に向かって集まる光の粒子があることに気が付き、塔の外を見る。
街の岩盤や建物のあちこちから光の粒が生まれ、漂いながらゆっくりとこの巨大な光の球へと集合している。突如、街中から叫び声が響く。
「何事⁉」
ユリ達が塔の端で叫び声の上がった方を見ると、人が一人、完全に光の粒子となっていた。
人から生まれた光の粒もまた、街の岩盤から生まれた光の粒と同じように、塔の頂上にあるバイオナノマテリアルの光球へと集まっている。
「エリちゃんは、どうやら、世界を戻すためなら人を資源とすることも厭わないんだねぇ……」
「人をバイオナノマテリアルの資源にすると。
なるほど、それで逆さ街は亜獣から安全な街って紹介されてるのか。
そう言っておけば、世界を戻すための資源である人の方から自分たちのところへ歩いてきてくれるから」
「エリちゃんの割り切り方、潔すぎて怖いねぇ……」
「そうだね。でも、そういう考えを実行に移す実行力は賞賛に値するね。
世界をもとに戻すことが正義だと信じているってことだ」
ユリはため息交じりにそう言った。
「そう、お思いなら、この世界のためを思って、ここから立ち去っていただけないか?」
いつの間にか、ユリ達の背後にはユースケとスミレ、そして囚われたランが立っていた。
ユースケは手のひらで静かに梯子の方を示す。
「いや。私は私の身内の筋を通しに来ただけだから。
私はエリを殺さなきゃいけない。
それにランも返してもらわなきゃいけないから」
ユリがそう言うと、スミレがランの背中をトンと押して、ランをユリ達の方へ差し出した。
「ほら。ランは返す。だから、もうエリさまの事、邪魔しないでちょうだい」
「あっさり返すんだね?」
ユリは意外そうにスミレを見た。
「エリさまが人質など不要とおっしゃったのよ。
そんなもの有っても無くてもあなたたちは止まらないともね。
でも、私の計画は止められないともおっしゃっていたわ」
「エリが? ……どうやら、自分の権能にずいぶん自信があるんだね。『全権限保持者』だっけ?」
「ええ、その通り。エリさまは、この世界で最も強い権能をお持ちなのよ?」
「へぇ? 昔も最強の頭脳って言われてたけど、私、勝ったことあるんだよな」
「口を慎みなさい!」
ユースケは声を荒げて、ユリの言葉を制する。
ユリは黙って両肩をすくめた。
その間にもベルはランを保護していたが、ランは不安そうな表情で言う。
「ユリさん……、ベルさん……、始まってしまったわ……」
ベルはうなずく。
「そうだねぇ。ここは私たちに任せて、下に言ってマツバを手伝ってあげてぇ」
ランはベルの言葉にうなずくと、梯子がある穴に頭から突っ込み、梯子を登って行った。
ユリとベル、ユースケとスミレはランの姿が見えなくなるまで、じっとお互いを睨みつけていた。
そして、ユリが口を開く。
「さて、ランは返してもらったけど、私たちはエリに用があるの。そこをどいてもらおうか」




