第二章-20
ベルの指摘はいちいち正確だった。ユリはエリを見た途端襲い掛かるべきだった。
どうせ死なない世界で、ユリはエリを叩き切る事など簡単だった。
切った後、徐々に治る過程で再度傷つけつつ、なぜ自分がエリを殺すのか滔々と語り掛ければいい。
ユリは認める。
エリがこの世に残る最後の肉親であり、それを殺してしまってはもうこの世界とのつながりがとても薄くなるんじゃないかと懸念してしまったのだ。
「……ベルはいつも、私の気持ちを言い当てるね」
「何年、一緒にいると思ってるのぉ?」
ユリは目を閉じ、大進化のあの日を思い出す。
苦しい時間を耐えながらエリが突然立ち上がり、両親を破裂させたエリ。
両親を守ろうと思っても、大進化の苦しみが何もさせなてくれなかった。
エリが何をしようとしているのか知らないが、それがどれほど高尚な物であろうと、自分が犯した事を清算してから。
それによってやりたいことができなくなったとしても、それは自業自得と言う物だ。
ユリは鉄格子からベルの方へ眼を向けて言う。
「エリは、殺すよ」
ベルは記憶の本から顔を上げると、ユリの顔をじっと見つめる。
「……覚悟が決まったならそれでいいよぉ。
ただ、ユリちゃんがエリちゃんを殺す前に、あたしはエリちゃんの記憶が見てみたいかなぁ。
今日まで一体どんな人生だったのか、知りたいなぁ」
「記憶もいいけど、ちゃんと協力してよ?」
ユリがそう言うとベルは記憶の本へ視線を落とす。
「……そうだねぇ」
「そうだねぇって……。
エリはすごい力を持ってるんだし、私ひとりじゃ戦いがちょっと厳しいんだよ?」
ユリの言葉にベルはそうだねぇと繰り返すだけだった。ユリはそんなベルの態度が少し不満だった。
だが、次のベルの言葉に再度頭を抱えることになる。
「なんにせよ、ここから出られたらの話だよねぇ」
ユリとマツバはいそいそと牢屋の点検作業を再開した。
どうせ何もないと分かっていても、探していると言う行為をやめるわけにはいかなかった。
かがみながら牢屋を点検している最中、マツバが顔を上げユリに声をかける。
「ユリ姐さん。至天の案内人を始めたきっかけをスミレに話してたっすけど、あれ、嘘っすよね?」
マツバがそう問いかけてから、たっぷり三分ほど、ユリは黙っていた。
答えたくない質問だったかなとマツバは判断し、作業に戻ろうとしたとき、ユリが語りだした。
「そうだよ。嘘だった」
「じゃ、本当は何だったんすか?」
ユリは牢屋の点検を辞め、胡坐をかいて壁にもたれつつ座ると牢屋の天井を見上げる。
マツバはちょうどユリと反対側の壁にもたれて座る。
「私はね。この世界において大罪人の娘なんだ」
「え?」
マツバは意味が分からないと言うように聞き返した。
「今、この世界を覆い尽くしているバイオナノマテリアルは私の両親が開発したものだったって言うのは分かってるよね」
「そうっすね」
「私の両親が生み出したものが、世界中の人々を選別し、ある人には突然の『死』を、ある人には永遠の『生』を与えた。
だが、こうも言える。
ある人からは『生』を奪い、ある人からは『死』を奪ったと」
「それが、ユリ姐さんのご両親の罪ってことっすか?」
「そう」
ユリはそうつぶやいて首から下げていた写真入りのロケットペンダントを開く。
そこには百合と絵里、鈴音と、ユリの両親である俊と朝日が笑顔で写っていた。
「すでに『死』んでしまった人を復活させる手段は無かった。
でも、『死』を奪われてしまい、『死』を返してほしいと熱望する人に、『死』を返してあげることはできると分かった。
さっき、マツバが両親の罪と言ったけど、それは的確な表現だと思う。
私は両親の罪滅ぼしのために、至天の案内人を始め、『死』を返すことで罪滅ぼしをしているんだ」
マツバはそうですかとうなずくことしかできなかった。
マツバも『死』を熱望していた一人だった。ユリに言われるまで『死』を奪われたと言う感覚は無かったが、原因を作った人間がいるともっと昔に知っていたら、恨んでいたかもしれない。
ユリはそうした気持ちがいずれ自分に向かってくることを知っていると言うことだろう。
だからこそ、先んじて罪滅ぼしをしているのかもしれない。マツバはそう考えた。
マツバは沈んでしまった雰囲気を明るくするために言う。
「で、ユリ姐さん。どうやってここから出るんすか?
このままじゃ、エリを殺すどころか、牢の中で一生を過ごすことになるっすよ」
「……ちょっと、私たち自身が吹き飛んじゃう可能性があるけど、方法を一切思いついていないわけじゃない。試してもいい?」
ベルがため息をつきつつ言う。
「ダメって言ったらやめるのぉ?」
「やめない。でも、準備に一晩かかっちゃうな……」
ユリはいそいそと牢屋の中央に戻ると準備を始めた。




