第二章-19
以前は、ユリとベルが手分けして記憶の精査をしていたが、ユリは天性のめんどくさがりであり、どうしても自分が読んだ範囲に抜けが生じることがあった。
以来、記憶の精査はベルの仕事になっている。
ユリとしても最初は申し訳ない気持であったが、徐々に適材適所だなと思うようになった。
だからこそ、ベルが何かミスをした時、自分は責める権利など無いなとも考えていた。
ユリはそんなことをぼんやり考えつつ牢屋の鉄格子の向こうを眺める。
複数の牢屋が作られているものの、ぶち込まれているのは自分たちだけのようだった。
「逆に言うと、エリは私たちをこんな厳重なところに閉じ込めておかないと、自分のやりたいことを邪魔される恐れがあると思ってるってことだよね?」
ユリは、前向きに考えることにした。そこへ隣にマツバが立つ。
「ユリ姐さん。この牢屋、完璧っす。脱出なんて全然できないと思うっす」
「だよね。エリが『全権保持者』としてこの牢屋を作ったなら、脱出なんてほぼ無理だ」
「なんで探させたんすか?」
「そうはいっても確認って必要でしょ」
「それはそうっすね」
マツバはユリと一緒に鉄格子の外を眺めつつ言う。
「その『全権保持者』と戦うことになるんすよね?」
「……そうだね」
「勝算はあるんすか……? あ、俺の戦力はあてにしないでくれっす。
ショウの部屋でエリって人を見た瞬間、怖すぎて何もできなかったっす」
ユリはマツバをじろっと見上げつつ言う。
「その怖がり、いずれ、私の訓練フルコースを経験させて無くしてあげる」
マツバは両腕で自分の体を包み込む。
「ど、どんな訓練なんすか……?」
「私の師匠から、教えてもらった最強の自信生成訓練。
この訓練を乗り越えるだけで、自己肯定感が爆上がりして、怖くて緊張しても体が動くようになる」
「……なんかやばそうっすね……?」
「ちなみに、私はこの訓練中に二十回、ベルは十五回死んだ」
「絶対やばいっすね!」
ユリはいつかその訓練をやろうと胸に刻みつつ言う。
「ま、その話はさておき、エリとの戦いはもともと他人を介入させるつもりないよ。
少なくともこれは私とエリと私の肉親の間にある関係の話だからね」
「そうっすか。で。何か考えはあるんすか?」
「うーん。『全権保持者』とはいえ、使うのはバイオナノマテリアルってところが何か突破口になりそうな気はしてる」
「何とかなるわけないでしょ!」
その声は鉄格子の外から聞こえてきた。
ユリはその声に聴き覚えがあった。
ユリは相手にきちんと聞こえるよう大きな声で言う。
「あ! エリの後ろにいたおばはん!」
「誰がおばはんかしら! 私の名前はスミレ!
そもそも人を年寄り扱いしているけど、人間だれしも不死になってから百年経ってるんだから、もうジジイとババアしかいないのよ!」
浴衣姿で登場したスミレは、何やら勝ち誇ったような表情でユリ達の鉄格子の前に立つ。
「いい眺めね。あんたたち、エリ様に逆らうような奴らが入るにはちょうどいい牢屋でしょう?」
スミレがニマニマしているのを、ユリはじっと見つめつつ質問する。
「スミレはなんで世界を戻したいの?」
スミレは少し真面目な顔をして言う。
「私の娘は進化に適応できなかった。世界を戻して娘にもう一度会うの」
「……へぇ。エリが本当に世界を戻せるって信じてるの?」
スミレは切れ気味に言う。
「エリさまだろうが。さまをつけろ、さまを!
……でもそうよ。エリ様は私たちに『世界を戻す』と約束してくれたのよ。
だから、私は協力しているの」
スミレは本を読みふけっているベルを一瞥すると、ユリに向き直り言う。
「あんたたちこそ、なんで至天の案内人なんて辛気臭い事しているのかしら。
人を死なせるなんて、底辺の仕事だわ」
ユリは少し怒りつつ、牢屋の鉄格子を乱暴に掴んでスミレに詰め寄った。
「価値判断の基準もなしに底辺と言われても、困るだけだからそこは無視してあげる。
でも、なぜやってるかなんて簡単だ。私にそれができる。それだけだよ」
スミレは軽蔑を隠すことなく表情に表した。
「あら、案外くだらない理由なのね。エリさまの崇高な目的とは対照的だわ」
スミレは牢屋に背を向け歩き出す。
数歩歩いて止まるとつぶやいた。
「エリさまの邪魔はさせないわ。
でも、エリさまはバイオナノマテリアルを完全に自在に操れるのだから、あなたたちがどれだけ抵抗しようともかなわないけれど」
スミレはその場から姿を消した。スミレの気配が無くなったことを確認して、記憶の本を読んでいたベルが顔を上げずに言う。
「それで、ユリちゃん。エリちゃんは殺すの?」
ユリは黙って、眉毛をかく。
「ユリちゃん、さっき久しぶりにエリに会った時、ためらったでしょぉ?」




