第二章-14
「『過去へ戻る』のではなく、世界そのものの時間を戻すと言うことね?
それは、できないことが証明されているんだよ」
「そうなんすか?」
「うん。単純に世界そのものの時間を戻すとなると、それは、宇宙規模の話になる。
これは議論するまでもなくエネルギーが足りず無理だってわかるよね?」
マツバは頷いた。
「ここから先は、亜獣狩りの科学者に聞いた話なんだけど。
仮に大進化まで地球だけ時間を戻すとなると、百年分の時間を戻すことになる。
現在、時間を戻す権能は見つかってないけど、そう言う権能の人間が地球そのものの時間を戻すには、その分大量のバイオナノマテリアルが必要になる」
「なるほど、地球全てのバイオナノマテリアルを使ったとしても、大進化の時まで巻き戻せないと言うことっすね?」
「それもある。でも、話はそれだけじゃない。
それなら、何らかの方法でバイオナノマテリアルを大量生産すれば世界の時を戻せると言う結論になるはずだよね?」
「そうっすね」
良く聞いてとユリはフォークをビっとマツバに向ける。
「仮に時を戻すための膨大なバイオナノマテリアルを用意できたとして、時間を一秒前に戻したとしよう。
その瞬間、時を戻すために使ったはずのバイオナノマテリアルが元に戻るよね?」
「そりゃそうっすね。時間を戻したんっすから」
「そう。時間を戻すと言う行為によって、時間を戻すために使ったバイオナノマテリアルが、未使用状態に戻ってしまう。
そうするとどうなるか。
時間を数瞬戻した瞬間、権能は解除されるということになるんだ」
「あ、えーっと、どういうことっすか?」
そこにベルが顔を上げて割り込むと言う。
「火をつけたら時間が戻る薪を想像してみてぇ。
その薪に火をつけた瞬間時間が戻ったらどうなるかなぁ?
火は消えるよねぇ?
でも、火は必要なんだよねぇ。
どうしようってことだよぉ」
「なるほど……」
マツバはそう言いながら結局首を傾げた。
「ま、要するに世界中の『時間を戻す』ことはできないってことだよ」
「……なら、ユリ姐さんは、エリさんがどうやって『世界を戻す』んだと思ってるんすか?」
ユリは頭を抱える。はっきり言って、エリは天才だった。
あの大進化の時やっていた三次元チェスも、ユリはエリのAIがどのように動くのかをある程度見当をつけ、それに対してのみ有効なAIを開発するという卑怯な手を使って無理やり勝ちをもぎ取りにいった。
正直にユリは自分がここでエリの手法について頭をなやませても答えは出ないだろうと考えていた。
「そうだねぇ……。『世界を戻す』。
そのまま考えれば、大進化の前の状態と同じにするってことなんだけど……」
「つまり、進化した生物たちがもとに戻り、バイオナノマテリアルはすべて消滅した世界になるってことぉ?」
ベルの言葉にユリは頷いた。
「そう。ただ、今のところの気持ちとしては、チグサが騙されているが9、エリがあの頭脳を使って何らかの世界の時間を戻す方法を編み出したが1かな」
ユリは自分でそう言いながら、そのくらいが妥当かなとうなずく。
そうこうしているうちにユリの目の前にメインディッシュのローストチキンが運ばれてくる。
だが、すでに自分の分を食べたベルがそれを狙っていた。
思考の海に身を放り投げていたユリは、目の前の皿からベルが勝手にチキンを取ってしまった事に気が付けなかった。
「なんにせよ、真実を知りたければ直接会ってみないとね。
あ、でも、会ったら殺さなきゃいけないな」
ユリはそう言いつつ目の前の皿を見る。
あるはずのチキンがすでに無くなっていた。
隣のベルを見る。ベルの目の前の皿にはチキンの骨が置いてあった。
それにもかかわらず、ベルはチキンをほおばっていた。
「あんた。やっちゃいけないこと、やったね?」
ユリは椅子から立ち上がるとベルの方へ進む。
「あ、ばれたぁ?」
「バレたぁじゃないよ! 私、その肉楽しみにしてたのに! なんで食べちゃうの!」
「そんなこと言われたって、いつまでも皿の上に置いてあるから、いらないのかなってぇ」
「いらないならいらないって言うよ!
だいたい、本読みながら食ったら本が汚れちゃうんじゃないの?」
「汚れないよぉ? この本は実在するわけじゃないからぁ」
「うるさい! まず謝んなさいよ!」
ユリはベルの肩に思い切りこぶしを叩き込んだ。
「あいたぁ!」
「ベル。あんたに一つ貸しだよ。いずれ返してもらうから。肉の恨みは深いよ」
「……わかったよぉ」
ベルは涙目になりながらも、謝りもせず、返しもせずチキンをほおばり続けた。




