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第二章-6

「うはぁ。誰も私と目を合わせてくれないな」


すると、果敢にマツバが声を上げる。


「やはり、こういうのは言い出しっぺが行くべきっすよ! ねぇ、みんなもそう思うっすよね!」


そう言ってほかの人を見回したマツバは自分が貧乏くじを引いたことを悟った。


「マツバ? 動ける人間の中では唯一男だよね? か弱い女の子にそんな怖い場所へ行けというの?」


「どこにか弱い女がいるんすか?」


「ここにいるだろうが!」


ユリの正拳突きがマツバの腹に命中する。


「ぐはぁ! ひ、ひどいっす……」


だが、誰も助けてくれないこの状況で、マツバは観念する。


「あー。そうっすよね。俺、もうわかってたっす。……俺、いくっス」


「それでこそマツバ! というかもともとマツバにお願いするつもりだった。

何しろ、マツバは戦えないからね。

戦える人間がスナッフバーで身動きできない状態になるわけにはいかないでしょ」


「あ、そっすよね……」


マツバはスナッフバーに思いを馳せる。

人を切り刻んで楽しむやつらが、酒を飲みながら惨殺を繰り返す場所。

マツバは何気なくしていた想像で、自分を切り刻む人間にユリを重ねてしまう。

マツバは首を振ってその想像を吹き飛ばす。


はっきり言って怖い。マツバは足が震えるのを感じる。

だが、その恐怖よりもここで役に立たなければユリに見捨てられてしまうかもしれないと言う恐怖の方が上回っていた。


「そんじゃ、はりきって誘拐の準備を始めよう」


ユリはそう言って、この場を締めくくった。


▼誘拐


夜の繁華街。不死人になった現代人たちは、夜の長い長い暇を繁華街で消化する。

過去、無いなんてありえなかった電気は、今となっては旧世代の遺物であり、ろうそくが主流である。

通行人それぞれがろうそくを手に周囲を照らしながら歩く光景は、ある意味で綺麗だがとても旧時代的であった。


そんな街の片隅、月の明かりすら届かない暗がりに怪しい人影があった。

全員が黒い雨合羽を纏った集団がゴミ捨てのカ用ゴの裏でしゃがんで固まっていた。


「ユ、ユリ姐さん、ほんとに行くんすか……?」


「もちろん、作戦は分かってるよね?」


マツバは首を振る。


「あれ? ベルに頼んで、マツバの記憶に直接作戦をねじ込んでおいたはずだけど?」


真っ暗な中、ベルは小声で言う。


「叩き込んでおいたよぉ」


作戦は分かってるっす! 実行の勇気がないんすよ!」


「簡単でしょ! チグサが入ったらうまいこと指名されるか指名された子と交代して、あんたがチグサの被害者役になるの。

個室に入ったら私たちが突入してチグサを押さえる」


「そんなに簡単に言わないでくれっす! 薬を嗅がせれば寝るって言うっすけど、その薬、俺が嗅いじゃったらどうするんすか?」


「そんな時を考えても意味ないでしょ。寝てるんだから。おとなしく殺されなさいよ」


「それはそうっすね……」


ランは心配そうな表情でマツバを見る。


「本当に、大丈夫なのかしら……?」


「うわっ! ラン、なんで来てるの?」


ユリは、今になってようやくランが来ていることに気づいた。


「あら、来たらまずかったかしら」


「いや、いいけど。マツバが失敗したら、全亜獣狩りから追いかけられることになるけどいいの?」


ランは頷いたが、マツバが頷かなかった。


「え、そんなリスク、ベル姐さんに入れてもらった記憶には入ってないっすよ⁉」


マツバは涙目になりながら周囲を見るが、暗すぎて誰の顔も確認できなかった。


「まぁまぁ、ここで死んでもちゃんと体の部品さえそろってれば一週間ほどで復活するよ。

もし、本当にやばくなったら逃げてもいいよ」


ユリの言葉にマツバはむしろ心を決める。


「いや……やると言ったからにはやるっす。普通の戦闘よりはできそうっす……!」


「あ、チグサ来たよぉ」


ベルの言葉に、雰囲気が一気に引き締まる。

チグサは周囲を確認しながらそっとバーに入っていった。

その格好は、先日会ったときのようなスーツではなく、黒いスラックスと黒いパーカーで顔を隠しており明らかに怪しい状態だった。


チグサはバー『しなやす』の入口に立つ男にペコっと挨拶をし、バーの中へ入った。


「さ、マツバ、行ってらっしゃい」


ユリに背中を叩かれマツバはできる限りゆっくりとカッパを脱ぐ。

かなうならば、自分がバーへ潜入する時間がずっと後になるよう願いつつ。


ベルはマツバを勇気づけるべく、背中をポンとたたきつつ言う。


「バーの入口の警備員にはさっきマツバの記憶を植え付けておいたから入れると思うよぉ。

中にいる人間たちにはつけてないから怪しまれないようにねぇ」


「わ、わかったす」


マツバはそう言ってマツバはゴミ捨て場から飛び出すと、バーの前へ進んだ。

バーの入口に立つ警備員はマツバを確認するとさっさと入れと言わんばかりに手招きして言う。


「オイ、遅いぞ。もう始まる時間だ。さっさと入って準備しろ」


マツバは頷くとバーの中に入った。

マツバが緊張しつつ中に入るとそこは一見普通のバーだった。

棚にはたくさんのお酒が並び、ムーディで少し暗めのろうそくが各テーブルに配置されており、各々がお酒と会話を楽しんでいる。


「バーってやつに初めて来たっすけど……。とてもいい雰囲気っすね」


マツバは小声でつぶやきつつ、緊張で出た手汗によりびちょびちょになった手を拭うべく、ポケットに手を入れた。

そこにはユリ特製のカードが入っていた。


「あ、これ、至天の案内人コンシェルジュの契約者の証ってやつっすね。

ベル姐さんに植え付けられた記憶によると、殺され役として部屋に入ってチグサと二人きりになったらこのカードを破くと、みんながチグサ確保のためにバーへ入ってくる手はずっす……」


マツバはバーの奥へとそっと進み続けると、そこにはチグサが座って酒をたしなんでいた。

相変わらず上下真っ黒な服であるため、普通に見たら怪しいのであろうが、バーが薄暗いためその雰囲気は和らいでいた。


「被害者役は……こっちすね」


マツバはベルからもらった前情報を頼りに被害者役の人が集まって、殺人注文を待つ場所へと向かう。

誰もいなかったらいいんすけど……と思いつつその場所へ行くと、そこにはすでに三人待機している状態だった。


小さな三畳ほどの空間、壁沿いにぐるっと作られた固いソファに座る男女。

薄暗いその部屋で、睡眠薬欲しさに自分の体を売りだす人間たち。

二人は女で、一人男だった。

誰しも目から生気が失われており、さっさとこんな時間終わらないかなという表情だった。


そこへ、バーのエプロンをつけた店員が顔を出す。


「おい、殺人の注文が入った。誰かいけるか?」


マツバが声をかける。


「え、注文を入れたのって誰っすか?」


店員は怪訝そうな表情を浮かべて言う。


「誰? そんな事聞いてどうする。お前に関係あるか?」


「あ、いや、その、関係ないっすかね……?」

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