第二章-5
ショウはゆっくりと顔を上げる。
「……別にないです。チグサと会って話さなきゃいけなくても、僕はここから動けないんです。
どんな方法があるにせよ、その方法はチグサの方が会いに来てくれる方法です。
そして、僕なんかに進んで会いに来るような人じゃないです」
「わかったぁ!」
ベルが大声を出す。
ユリはベルにどうぞと促す。
「食べ物で釣ればいいんだよぉ。
ユリの特製みたらし団子を亜獣狩り支部から点々とここまで並べて置けば、欲深いチグサが食べにきひゅ!」
ユリはベルの脳天にこぶしを落とした。
「チグサはベルじゃないの。
十キロ先の団子屋の匂いをかぎ分けるあんたとは違うと言うことをもっと自覚して。
ほかにいい案はある?」
しかし、ユリの言葉の後、提案する者は現れなかった。
ユリはうーんと悩みつつ、言う。
「チグサについてほかに何かわかっている事は?」
ユリの質問にマツバが資料の一枚を取り上げて読み上げる。
「亜獣狩り逆さ街支部の支部長、名前はチグサ。年齢は三十六で止まってるみたいっす」
マツバの何の役にも立たない情報を、ユリはありがとうと言いつつショウを見る。
「確か彼は……、彼は音を扱います」
「音。それはどの程度?」
「そうですね……太鼓のような大音量から、人間に聞こえない高周波な音まで様々です。
チグサも元は研究者ですから、自分の権能をどこまで突き詰めているのか……」
「もしそれがほんとなら厄介っすね。
音は防ぎようがないっすから……。
盾を構えていても回折ってやつで回り込まれるんで意味ないっすからね」
「ふーん? マツバにしては博識だねぇ」
「俺にしてはって何すか!」
ベルとマツバが取っ組み合いを始めそうだったため、ユリは二人の間に蔓を出しておく。
どちらかが動いた瞬間、ぐるぐる巻きにできるように。
その気配を感じていた二人は、にらみ合うだけで対立を終了させる。
「音か……、とりあえず、耳栓を用意しておこうか……」
ユリはそういいつつ、手元のメモに耳栓と記入する。
「チグサの好きな物って何?」
ユリがショウを見る。ショウは少し考えて言う。
「チグサは昔、ジャズを好んでました。
仕事終わりにはいつもジャズバーに通っていました」
だが、ショウの意見をランが遮った。
「ショウ、それはずいぶん昔の話だよ。チグサが今はまってるのはスナッフバーよ」
「スナッフバー?」
ユリが首を傾げると、ランが解説する。
「スナッフバーは、要するに殺人バーよ。
お酒と音楽を友に人を切り刻んで遊ぶバー」
「うへぇ」
マツバは声に出したが、全員同じ気持ちだった。
趣味が悪い。人を切り刻んで何が楽しいのか……。ユ
リはため息をつく。ランは続ける。
「でも、切り刻まれる側もちゃんと利益があるのよ。
ここに被害者役として参加すれば、かなり大量の睡眠薬をもらえるの」
ユリは思い切り顔をしかめる。
「ええー、切り刻まれてももらえるのは睡眠薬……? 本当に等価なのそれ……?」
「まぁまぁ、ユリちゃん。この街の人にとってそれだけ『睡眠薬』の価値が高いってことだよぉ」
妙に『睡眠薬』をもちあげるなあと感じたユリはベルの表情を見ると、ベルの目線がショウに向いていた。
どうやらショウがキレそうな状態なことをユリに警告しているようだった。
ショウは五十年寝ていない。寝てしまったら権能が切れてしまい逆さ街は落下してしまう。
睡眠に関して、彼は特別な感情を抱いているのだろう。
ユリはやべっと思いつつ、睡眠薬の話題を終わらせる。
「……スナッフバーか。
亜獣狩り協会ってそう言う、非人道的なところを利用することを肯定していたっけ?」
ユリがそう問いかけると、ベルが記憶の本を取り出し、亜獣狩りの規約を見る。
「亜獣狩り協会としては……市民の安全を守る事と反対の事柄を行うことを許さないって書いてあるねぇ。
あ、こんな事例があるよぉ。少女を捕まえて檻に入れて眺めてた支部長が百回惨殺の刑に処されたってぇ」
「百回惨殺ってどんな事されるんすか……?」
「詳しくは知らないけどぉ。できる限り苦しく殺されるのを百回繰り返すみたいだねぇ」
「亜獣狩り協会はそんな恐ろしい事してるんすか……」
マツバは震えつつ言うと、ユリは頷く。
「組織を健全に保つための刑罰があるんだよ。
ただ、百回惨殺する惨殺担当は殺しが好きなやつが担当しているから、世話ないよね。
さて、それならスナッフバーに通うことはチグサにとってリスクでもあるわけだ」
ユリはしばらく真剣に考え始める。そんなユリを見つつベルがランに耳打ちする。
「こうやって考え始めたユリちゃんは、大体ろくでもない答えを出すんだよぉ。
ゲスユリって言うんだよぉ」
「そうなの?」
ベルは頷いてユリを見る。ユリは溜息を吐きつつ言う。
「ふぅ。やっぱり、この案が一番かな」
「何か思いついたんすか?」
「うん。チグサを誘拐してこよう」
その場にいる全員がため息をついた。
ランはなるほどと感嘆の気持ちでベルを見る。
ベルはその場にいる全員の代表をしつつ言う。
「ゲスユリちゃん」
「誰がゲスユリちゃんよ」
「間違えたぁ。
ユリちゃん。知ってると思うけど、亜獣狩り協会の支部長を誘拐したらどうなるかわかってるよねぇ?」
「知ってるよ。
亜獣狩りとしての権利剥奪、亜獣狩り内で賞金首になって一度殺すごとに賞金が払われるようになる」
「ええっ、マジすか……?」
マツバはやりたくないなぁと言う表情を浮かべるが、ユリはにんまり笑う。
「ポイントはチグサがあまり人に言えないことをやっていると言う点だね。
ほかの人にバレなきゃ、私たちとチグサが共犯関係になって、お互いの罪を言えない状態になるからね」
「そんな、危険な事をやって、大丈夫なのかしら……?」
ランは不安げにユリ達を見る。
ユリ以外はそんなの分からんという顔をしており、ユリは絶対大丈夫という顔をしていた。
ベルはあきらめたようにため息をついて言う。
「ま、もうユリちゃんが決めたなら、それに従うよぉ」
「さっすがベル! 後始末はベルに頼むからね!」
ベルはにんまり笑ってうなずく。
「はいはい! 記憶消去はお手の物だよぉ!」
ユリはよしとベルから視線を外すと、深刻な顔をして言う。
「……それで、誘拐するとして、誰か一人、被害者役として、そのスナッフバーに潜入してほしいんだよね」
全員がユリから視線を逸らした。




