第二章-3
ユリはその言葉に言外の意味を込めている。
すなわち、あなたはショウに惚れているみたいだけど、本当に死生の選択をさせて良いのか? と。
「私は、もうこれ以上、この人が苦しむのを見てられないの……。
だから、どんな結果になってもショウの選択を肯定するわ」
ユリは分かったとうなずくと、ショウに対して一枚のカードを渡す。
ショウは何だこれというように頭の上にはてなマークを浮かべる。
「これは、契約者の証。中にはちょっとした植物の種が入ってる。
この種を持っていると、私はあなたの位置をどこからでも感じることができる」
「……そうですか」
「それじゃぁ、あたしの番ねぇ。
さっきユリちゃんが説明した通り、あたしには記憶を全て預けてもらうよぉ。
『心に刺さった棘』を全て洗い出すよぉ」
ベルはそう言いつつショウへ近づくと言う。
「で、その記憶をもらうために、髪の毛が一本欲しいんだぁ。いいかなぁ?」
ベルはショウに対して手のひらを出す。
ショウは頷いて、自分の頭から髪を一本抜くとベルに渡した。
ベルはその髪を受け取ると、言う。
「エクスポート! 記憶の本(memoryBook)!」
ベルの手のひらに何冊にも別れた百科事典の一つのような、重そうな本が現れる。
丁寧に製本されたその本は、古書と呼んで差し支えない風貌をしておりインテリアとして配置されていればとてもおしゃれに見えるような本だった。
「これはあたしの記憶の書だよぉ。
ここに遺伝情報を入れることでその人の記憶を取り出すことができるんだぁ」
ランが問いかける。
「本人の頭の中を覗いたりしないのね……」
ベルは、「鋭い!」とランに対して指をパチンとはじく。
「それはあたしも不思議に思ってるんだぁ。
でも、見れるものは見れるからねぇ。
いずれ、あたしの権能の謎も解明したいところだよぉ。
差し当たって、ショウの記憶を見る分には問題ないから、その辺の疑問は後でねぇ」
ランは頷くとショウの方を心配そうに見た。
だが、ショウはランのことなど見ておらず、ベルの方を注視していた。
ベルは記憶の本を開くと、受け取ったショウの髪の毛を挟み込みバタンと閉じた。
本は一度だけ白く輝いた。
「あの、一つ質問いいですか……」
ショウがそう切り出しため、ユリはどうぞと手のひらでショウを促した。
「どうやって僕に『死』を与えてくれるのでしょうか……?
大進化を経て、人は死ねなくなりました。
それなのに。どうして僕を死なせられると断言できるのですか?」
ユリは答えるべきかどうか少し悩んで、言う。
「そうだね……私にはできるからっていう答えが一番なんだけど、そんな答えを期待してるわけじゃないよね。
私の考えで証明したわけじゃないんだけど……。
そもそも、なぜ今の人々が死んだあと、バイオナノマテリアルによってきれいな状態に復活させられるんだと思う?
どうして、五体満足、感覚もすべて完全な状態で復活できるんだと思う?」
ショウは分からないと首を振ると、ユリは言う。
「それは、どこかにその人の完全な状態が保存されているからなんだと考えているの。
そのデータをもとにバイオナノマテリアルは人を復活させる」
ショウは分かったと言うようにうなずいた。
「つまり、ユリさんはその保存されたデータを削除できると言うことですか……?」
「その通り。私は生命の権能を使える。
生命の権能の能力の一つに、バイオナノマテリアルに保存された生命データへのアクセスがある。
その権能を使って、私は人の登録データを削除する」
ショウは溜息をつく。
「そんなの、この世界では最強ですね……。
誰も死なせられないのに、あなただけは、誰かを殺せるんですから」
ユリは首を振る。
「そうもいかないよ。本人の同意なく人のデータを削除することはできない。
『死薬』を渡すと言うのもそういう意味がある。
本人が飲むのか飲まないのか、をきちんと選ぶことで本人の同意を得たと言うことになり、データを消せる」
「そう言うことですか……わかりました。
少なくともむやみに人を殺せる力ではないのですね」
ショウは頷いた。ユリは少し肩透かしを食らう。
これまでの依頼人のうち、この話にこんなに素直にうなずいた人はほとんどいない。
大体の人は理解できないと言うように首を傾げ、「とにかく『死』ねるんだな?」と確認してくる。
ショウは、何か研究の仕事でもしていたのかなとユリは予想していた。
「読み込み完了だよぉ」
ベルは本を開く。すでにショウの記憶についての記述が並んでいるのを確認する。
本を閉じ表紙を確認すると、ショウの名前が書かれたハートマークが現れ、そこに棘が二本刺さっていることがわかる。
「ショウさんの『心に刺さった棘』は二つだね。
どんな記憶が『心に刺さった棘』となっているのかわかったら、また来るよぉ」
ショウはベルから視線を外しつつ言う。
「……僕は結局『死』を選びますよ……」
ユリ達は一礼するとショウの部屋を出た。




