第一章-9
その様子を見て、ベルとマツバはムフフと笑う。
ベルは満足したとうなずくと、ゆっくり必死にLBMT(左腕のデバイス)をいじるユリに近づいてささやく。
「ユリちゃん、ユリちゃん~」
「なに? ちょっと待ってて。私の『生命』の権能なら、魂の交換くらい朝飯前だから……」
もはや、ベルの口調がもとに戻っていることにすら気づかないほど、集中している。
ベルはできる限り残忍な顔をして言う。
「ウ・ソ・♡」
ユリがバッとベルの顔を見る。
ベルが浮かべる、相手の財布の中身を全部抜き出して好きなものに使ってしまい、それを悪びれなく伝えているかのような、ムカつく表情にユリはプルプル震える。
「騙したなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
軍刀をすらりと抜き放ち、ベルとマツバを追いかけるユリ。
「わあああああ、ごめんって、ユリちゃん!」
「うああああああああ! ユリ姐さん、一回落ち着くっす!」
「誰のせいでこうなったと思っているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
十分ほどユリはベルとマツバを追いかけ続けた。
そして、ユリに悪戯を仕掛け反応を楽しみ切ってつやつやしているベル、ユリに何度も追いつかれ顔面がたんこぶだらけになったマツバ、汗を拭いつつベルを睨みつけているユリが、ランの前にそろった。
ランは遠慮がちに言う。
「あの、マツバさんの怪我は……」
「ボケるのも命がけっす……」
ユリの眉が吊り上がるのを見て、マツバは震えあがる。
「無視していいよ」
ランは頷いていいのか、心配を続けた方がいいのか分からずあいまいな表情を浮かべつつ言う。
「……意外」
「え?」
ユリが聞き返すとランは済ました顔で言う。
「至天の案内人って、人を『死』死なせて回っている人と聞いてたから、もっとこう、暗い人たちの集まりかと思ってたわ」
ランはそう言ってしまってから、ハッとした表情でユリを見る。
ユリは気にするなと首を振りつつ言う。
「その認識は間違いだね。大進化の後、死ねなくなった人間にとって『死』はお祭りだよ。
終わらせたいのに、終わらせることのできない『生』を、終わらせることができるのは一生に一度きり。
だから、私たちが否定的に捉えちゃダメなんだ。私たちはどんな場面でも私たちらしく行動するよ」
ランは、ユリを見る。
小さな体で、子供の様だが、話してみるとその印象はどちらかというと大人の自分の考えを持った強い女性だった。
「え、えっと、こっちに」
ランは白い塔の勝手口のような扉を開けるとユリ達を手招きした。
「うわ、塔の中がどうなってるのか、めっちゃ気になるっす!」
「あ、そんな簡単に入っちゃダメ……!」
ランの制止が間に合わず、マツバは塔の中へ足を踏み入れてしまった。
「おわあああああああああああ!」
突然、塔の中に入ったはずのマツバの姿が消えた。
「え? マツバ!」
ユリが塔の扉の中を覗き込み下を見ると、そこには真っ暗な闇が広がる空間となっていた。
変な場所へ落ちてしまったのかと心配するユリの頭上からマツバの声が聞こえた。
「いたたたた……。あ、ユリ姐さん、こっちっす!」
ユリが声のする頭上へ視線を向けると、塔の壁にくっつくように備え付けられた踊り場に立つマツバがいた。
だが、おかしいのはマツバもユリの方を見上げていた。
「マツバ、なんで逆さまになってるの?」
「え、わかんないっす。なんか、こうなってるっす」
「あ、マツバさん、無事でよかった。
この塔の中だけは、逆さ街の街中と違って、重力が正常なの」
ベルが問いかける。
「正常ということは、普通に地球へ引っ張られる方向へ力が働いているってことぉ?」
「ベルさんの認識で合ってるわ」
「ややこしいねぇ……」
ベルも、扉の中を覗き込み、マツバが逆さまに立っていることを確認した。
「ここに梯子があるよぉ、これを使うのぉ?」
ベルの質問にランがうなずく。
ランはそのまま、扉を抜け、塔の裏側の壁、扉の真上にある梯子の手すりに逆手で手をかけると、逆上がりの要領で扉の中に体を飛び込ませた。
くるりときれいに回転し、ランは梯子に掴まると、ゆっくり降りていく。
「おおお! すごいっす! なるほど、そうやって入るんすね!」
マツバの感動をよそに、ベルが梯子に掴まろうとすると、ユリに止められた。
「ユリちゃん?」
「あんたから行っちゃだめ」
珍しくユリが、ベルの裾を掴んでいるため、ベルは母性本能をくすぐられた。
「な、なぁに、ユリちゃん」
動揺を隠しつつ言うとユリが、ぐっとためらいがちに言った。
「ちょっと……、その、持ち上げてほしいと言うか……なんというか……」
ベルはピーンときた。
「あ! そうか、ユリちゃん、ちっちゃいから、届かないんだよねぇ。げふっ!」
「ちっさいって言うな!」
ユリの肘鉄がベルのみぞおちに命中した。
「ユ、ユリちゃん……、もうちょっとあたしを大事にしてぇ……」
「さっさと持ち上げて」
ユリはすでに両手を挙げて梯子へ手をかける気満々だった。
ベルは心に悪魔のささやきが聞こえた。
ベルはおもむろにユリの両脇に手をかけると言う。
「こちょこちょこちょ!」
「あはははははは! ちょ、やめ、やめてって! あははははは、あいたぁ!」
「うぐぐぅ!」
ユリは笑いながら、飛び上がったため、ベルの顎に頭突きしてしまった。
ユリは脳天を、ベルは顎を抑えながら、あたりをのたうち回った。
「姐さん方。何してんすか。早く行くっすよ」
マツバにたしなめられてしまい、ベルは唇を尖らせながらユリを持ち上げた。




