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9品目─パラライズバードのゆで卵とマヒ毒

 ぐきゅるるる~。


「……待って待って、さっき黒パン食べたじゃん。なんでー」


 ミチは己のお腹を押さえ、ムダとわかっていながら腹の虫をなだめる。

 ぐきゅるるる~。

 が、やはりムダだった。


「うーん、ダメか。確かに1時間前に少し齧っただけだけどさ~」


 と、誰に言うわけでもなく一人ごちる。

 しかし今ここで再度昼休憩を取るわけにはいかない。

 なにせここはマトマの街にあるダンジョン『ライラックの迷宮 二階層』。

 その迷宮の入り組んだ場所にある、パラライズバードの巣の前だからだ。

 今回、ミチが選んだクエスト内容は『パラライズバードの捕獲』。

 前回遭遇したときは通りすがりの冒険者、マリュがやっつけてくれたあの因縁のモンスターだ。

 同じ新米冒険者だが、あのときのマリュはかっこよかった。ミチが憧れる冒険者ムーブの一つだった。


「私だって……」


 パラライズバード。

 新米冒険者がソロで活動するために最初の壁となるモンスター。

 さらに今回は討伐ではなく、難易度の高い捕獲だ。

 いつも以上に慎重さと度胸が必要となる。


「よし」


 ミチは腰に付けたパウチの一つに指を突っ込んで、中にある球体に触れる。

 それは魔術師組合が調合したモンスター捕獲に使う眠り薬だった。

 地面やモンスターに叩きつけると、粉末状の薬が散り、中型のモンスターまでならかなりの効き目を見せる。


「……グゲッ?」


 と、目の前の巣で卵を温めていたパラライズバードがのそりと立ち上がる。

 ミチの気配を察知して、警戒を始めたのだ。

 しかしもう遅い。


「やー!」


 ミチは眠り薬を思い切り投擲した。


「グエェー!!?」


 岩陰から突然現れた冒険者に驚いたパラライズバードはマヒ毒を吐こうとしたが、そこに球体が見事にヒットする。

 パンッ、と球体が破裂してパラライズバードが飛散した眠り薬に包まれる。


「グゲッ、ゲッ……エェ……」


 何歩か足を前に出したものの、パラライズバードはそれ以上抵抗することはできずにパタリと地面に倒れた。


「眠り薬……えぐい」


 ミチは成功よりも、眠り薬の即効性に驚いた。

 こんなヤバイものを量産できる魔術師組合を敵に回すのはよそう。

 特に敵対する予定もないが、そう心に誓う。


「さて、思ったよりもあっさり終わったし、さっさと回収して──」


 パラライズバードに近づいたミチは、ふとそこに巣があったことを思い出す。

 倒れているこのモンスターが卵を温めていたことも──。

 ぐきゅるるる~。

 腹の虫が鳴る。

 交互にパラライズバードと卵を見る。


「ごめん。いただきます」


 ミチは手早く縛ったパラライズバードに謝る。

 しかし口ではごめんと言っているが、ミチはもうよだれを垂らしていた。

 腹が減ったミチは道徳とか倫理が薄い。


「おぉ、四つもある」


 ミチの視界にもうパラライズバードはない。

 罪悪感ももうない。

 ミチは巣の卵を獲った。

 合計四つ。すべて食べる気満々だ。


「うーん、時間もないし、ここでいいか」


 魔術師組合の道具が有能であるとはいえ、眠り薬は長時間眠らせられるわけではない。

 最大まで効いて十時間ほど。

 つまり早く起きる場合もある。

 ここまでの道は入り組んでいた。セーフエリアもない。

 戻ってセーフエリアを探している間にパラライズバードが起きてしまったら面倒なことになる。


 色々考えた結果、ミチは不意打ちを受ける危険性のない、出入り口が一つしかないダンジョンの奥という立地であるここで、そのまま食事を始めることにした。


 そうと決めたら、まずは手ごろな石を拾って簡単なかまどを作る。

 パラライズバードの巣の材料である乾いた枝や他冒険者のモノだろう布切れなどを中心に投げ入れる。

 アイテムボックスから小型の鍋を取り出して、かまどの上に置いた。

 鍋に水筒の水をたっぷり注いだら、燃料キューブの欠片をかまどに投げ入れてナイフと火打石で火を点ける。

 ボッ、という音とともに青と赤の炎が徐々に膨らんでいく。


 沸騰するまでの間、濡らした端切れで卵を拭いていく。殻はどのみち剝くことになるが、そのままというの衛生的じゃなくて嫌だからやっている。

 やらない冒険者も当然いるが、何人かはお腹を壊したという話を聞いた。だからミチはやる。


 ミチは腰に付けたパウチの一つから、塩と胡椒、辛一味と呼ばれる香辛料の入れ物を取り出してかまどの横に並べる。

 パラライズバードの様子を見つつ手を拭ったりしていると鍋の湯が沸騰したので、そこに卵を四つ、そっと落とした。

 こんっ、こん、と小気味いい音を立てて、卵が湯と泡に包まれる。


 卵が投入されると、ミチの関心はいよいよ鍋にしかなかった。

 起きる可能性はゼロじゃないのに、パラライズバードを様子見すらしない。

 食欲に正直な冒険者、ミチ。


 やがて食事に関しては正確無比なミチの感覚時計が、


「今だッ!!」


 と告げたので、木製の匙で卵を慎重に取っていく。

 同じく木製の皿に卵をすべて乗せて、新たに濡らした端切れを卵に当てたり風を送ったりして冷ましていく。


「あちちっ、あちっ」


 しかしミチが完全に冷めるまで待てるはずもなく、多少の熱は我慢して殻を剥き始めた。食欲のなせる業である。


 剥いた殻は焚火に投げ入れていく。

 そうしてすべてを剥き終わったところで、ミチは満面の笑みで卵を一つ取った。


「いただきまーす」


 まずはそのまま。


「んーッ……!」


 プルンとした白身と、中からとろりと出てくる半熟気味の黄身。


「美味しい!」


 舌にピリッとくる痺れは、パラライズバードの卵特有の食感だ。

 人間には害になるほどではないので、この食感を求めてパラライズバードの卵を食べる人間は多い。


「さて、まずはー……」


 ミチは塩を取った。卵に振りかける。


「うわっ、間違いない。これはもう絶対……!」


 塩とゆで卵のタッグはまず間違いなかった。

 塩をかけて一口、二口、とやっている間に卵は手品みたいにミチの口の中へ消えていった。


「名残惜しいけど、次はこれ」


 2個目の卵には最初から胡椒をかけていただく。


「あー、これもたまんないなぁ」


 安価な胡椒だが基本的な旨味は詰まっている。

 ピリリッとした味が卵のピリッとした刺激とよくマッチしている。

 これまた三口で一気に頬張るミチ。


「じゃじゃーん、お試し最後はこれ」


 ミチはゆで卵とともに辛一味を手に取る。

 辛一味をまずは少量ふりかけ、かぶりつく。


「あぁ……っ」


 卵のまろやかな旨味と辛味が一体となった。

 美味しくないわけがない。

 額にじわりと浮く汗すら心地よい。


「やっぱり正解だった。卵があると思って辛一味を持ってきて、はふ、うまー」


 辛一味を少量かけてはかぶりついていく。

 口の中が辛さに支配されていくが、食べる手は止まらない。


「これ、これだ。最後の一個も絶対これ」


 一番美味しかったものを、最後の一つにもかけて食べる。

 その一番は決した。

 ミチはもう一つ食べられる幸福に笑みを浮かべ、そして──。


 ザシッ、ザシッ。

 卵を口に運ぼうとした直前、目の端に動くものを捉えた。

 いや、むしろ向こうに捉えられたというべきか。


「グゲェッ……!」


 足を後ろに蹴りながら、パラライズバードがミチを睨んでいた。

 状況が飲み込めず、ゆっくりと視線を巡らせる。

 捕獲したほうはまだ眠っている。パラライズバードはオスが卵を温め、メスが食事を取る。

 ということは……。


「お、お母さまでいらっしゃいます?」


 引き攣った笑みを浮かべたミチに、パラライズバードがバサッと翼を広げる。


「グゲェエエエエッ!!」

「きゃああああ!?」


 悲鳴をあげる。

 さすが新米。驚くほどの無防備さだった。

 ゆで卵を木の皿に落とし、発射されたマヒ毒をもろに浴びる。


「ぶぇっ!?」


 顔にマヒ毒が直撃する。

 まずい、と思ったときにはもう痺れが始まっている。


「ぶびゃっ」


 慌てて立ち上がろうとしたものだから、無様にすっころぶ。


「やばっ、やばばば……!」


 ミチはなんとか打開策を、とナイフを握ったがすぐに取りこぼす。


「ひ、ひぇえええ……」


 指先まで痺れが回っている。

 ということは、身体はもう動かない。


「グゲェエ……」


 ザシッ、ザシッ、とパラライズバード(♀)がミチに近づいてくる。


「も、ももも、もしかししして、ま、まずいいいい?」


 どっからどうみてもまずかった。

 まずいどころの騒ぎではない。

 しかしミチに打つ手はなく、このままではパラライズバードの哀れな餌となるしかない。


「そんなところでのんびり食事してるからだよ」

「……れ?」


 まともに発音もできないミチに、聞き覚えのある声が届いた。

 今まさにミチを襲おうとしているパラライズバードの背後に、ロングソードを手にした剣士、マリュが立っていた。


「ラルー……」

「マリュね。はい、ごめんなさいねっと」

「グゲッ!?」


 すでに斜めに構えていたマリュが剣を振り下ろす。

 パラライズバードは避ける間もなく首と胴体を切り離された。

 ぽとん、とパラライズバードの頭がミチの前に落ちる。

 グッ、グッ、とないはずの喉を動かしてマヒ毒を絞り出そうとしていたが、やがて目から光がなくなっていく。

 助かった。


「やれやれ、いい匂いと悲鳴につられて来てみたら。なにやってんのミチ」

「ラルー……」

「マリュね。舌まで麻痺してんの? まったく。油断大敵だよ」

「ありゃやらぅ」

「いいっていいって。でも対価はもらうね」

「……え?」


 マリュは麻痺して動けないミチの隣に屈みこんで、木皿から最後の卵を獲る。辛一味をパッパッと大雑把に振りかけて、一口でパクッと食べた。


「へぁああー……!?」

「うん、美味しい! すごいねこれ。最高」

「あらひろ、ららろー……」


 ミチはマリュに恨みがましい目を向けるが、マリュはどこ吹く風で指についた辛一味をペロッと舐めていた。


「そんな目をしない。いい? 私が助けたから、ミチはこれからも美味しいもの食べられるんだよ? 今死んでたらあんな食事やこんな食事、食べられなかったよ?」

「……おぅ?」


 それとこれとは話が別なような?

 そう思うがまともに身体が動かない状況では頭も働かない。


「ということでマヒ毒が抜けるまで、というかダンジョンを抜けるまで手伝うからさ、私が斬ったパラライズバード、また調理してよ」

「……へぇ」


 マリュのペースで話が進んでいくが、舌がろくに動かないミチではまともに話すこともできない。

 仕方ない。

 今回もこの剣士ちゃんに助けてもらうとしよう。

 パラライズバードも食べられるみたいだし。

 食べられるよね?


 などとミチが考えている間に、マリュが黙々と血抜きを始める。

 それから不意にミチを見て、ニコッと笑う。


「そうそう、言い忘れてた。また会えてうれしいよ、ミチ」

「……ん」


 それはミチもだ。

 舌が麻痺してなければ、そう言っていた。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・パラライズバードの卵×4

・塩 少々

・胡椒 少々

・辛一味 適量





完食ありがとうございました。

次回提供の励みになりますので、いいね、高評価いただけたら幸いです。

ではまた次回。お待ちしております。


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