8品目─ダンジョンデザート:スライムゼリー
「とりゃー!」
ミチが威勢のいい声を上げて、ショートソードをスライムに振り下ろす。
「ピギィッ!?」
ズバッと軽快な音を立てて、スライムが切り裂かれる。
それでおしまい。
ミチは倒したスライムをアイテムボックスに収納する。
「これで5匹目。うんうん。順調順調」
ミチは今、マトマの街にある初心者用ダンジョン『ライラックの迷宮:一階層』にやってきていた。
目的はスライム狩りだ。
仮にも下から数えて二番目のアイアンランクであるミチがどうしてスライムなぞを狩っているかといえば、そりゃあ美味しいからだ。
というのは半分冗談で、依頼があったのだ。
ギルドに貼り出されていたのは、一番下のブロンズランクと二番目のアイアン、どちらでも構わないという依頼。
『モチスライムとスライムを10匹ずつ納品 魔術師組合食品生産部門』
依頼者はミチが、というか冒険者の大半がお世話になる魔術師組合だった。
モチスライムの用途はもちろんスライムモチを作ること。
そしてスライムも、食べられるようにゼリー状にするのだろう。
定期的に貼り出されている依頼だが、ミチは今回初めて受ける。
報酬の金額は100Gと、正直に言って金額面ではあまり旨味のない依頼だ。
しかしその分、報酬額とは別に副産物がもらえる。
それはモチスライム、スライム、それぞれ2匹分を加工した食品だ。
これは魔術師組合がスライムモチとスライムゼリーの在庫を確保すると同時に、新米冒険者たちの食糧事情を助けてくれる依頼だった。
当然人気の依頼だ。
なのでミチ向けのお仕事であるのにかかわらず、今回幸運にも貼り出しと同時にゲットするまで、この依頼を受けたことはなかった。
「ふふふ、あの美味しいのが二つも手に入るなんて。笑いが止まらないぜ」
ミチは言いながらダンジョンの奥へ進んでいく。
ライラックの迷宮は初心者用と銘打たれているだけあって、あまり危険はない。モチスライムやスライムが生息する一階層となれば、食料なしで迷子になること以外、ほぼ危険はないと言ってもいい。
少し強い一般人でも入れるレベルなのだ。
「とりゃとりゃー!」
そんなわけでミチは、日ごろ様々なモンスターに苦戦している鬱憤を晴らすように、スライムたちを狩っていく。
「ピギィッ!?」
「ピギャーッ!!」
しばらくの間スライムたちの悲鳴が響き渡ったあと、迷宮は少しだけ静かになった。
最後の1匹を袋にしまったミチは、満足げな顔で頷く。
「これでよし」
アイテムボックスの中には積載量ギリギリのモチスライム30匹、スライム30匹が入っていた。
依頼量をかなり超過しているが、20匹は自分用だ。
ダンジョンに挑む直前、顔なじみの冒険者から、魔術師組合に直接卸せば格安で加工してもらえるという噂を聞いたので、多めに狩ったのだ。
「さすがに疲れた。帰る前にちょっと休憩しよっと」
いくら最弱のモンスターとはいえ、合計60匹を狩れば疲労も溜まる。
ミチはソロ用のセーフエリアを見つけ、中に入った。
四角い部屋だ。中には焚火に使っただろう、石を円形に囲った石組みがあるだけで、他には何もなかった。
だが今回のミチにとってはそれだけで十分だ。
さっそく石組みの前に座り、アイテムボックスから色々取り出す。
まずは小型の鍋を石組みの上に置いて、その下に燃料キューブを入れて火を点ける。
それから腰から水筒を取り出し、中身を半分ほど鍋に注ぐ。
安いクズ野菜のフリーズドライを中に入れて、木製の匙でつついて溶かして混ぜていく。
フリーズドライにはすでにコンソメが練り込まれているので、味付けは必要ない。
「……さすがに狩りすぎたかな。スライム邪魔だな」
自分でやっておいて酷いことを言いながら、アイテムボックスをガサゴソ探り、ショートブレットを取り出す。
ショートブレットを齧りつつ、腰に付けたパウチの一つから、前に仕留めた(仕留めてもらった)パラライズバードのジャーキーも出した。
これであとは野菜スープが出来るまで待つだけだ。
「うん、美味しい」
ジャーキーを噛んで、ミチは笑みをこぼす。
動き回って疲れた身体に、効きすぎなほどの塩味と辛味は染み渡る。
「簡単な料理だけど、こういうシンプルすぎるほどのヤツも冒険者飯って感じがしていいんだよねぇ」
などと言いながら、沸騰しかけているスープをかき混ぜる。
「こんなものかな」
ミチはお椀をサッと被せて燃料キューブの火を消すと、鍋の取っ手を掴んで匙でスープを掬う。
「うーん、良い色。良い匂い」
食材がクズ野菜だろうと、使われているコンソメが良ければ気にならない。食欲をそそる匂いに、ミチは息を吹きかけて冷ますのもそこそこにスープを啜った。
「う……まぁ……」
渾身の感想とともに、湯気が立ち昇る。
ミチはすかさずショートブレットを噛み、再びスープを啜る。
「あー……」
美味しいものが口から食道、胃に落ちていく感覚はいつ味わってもたまらない。
結局、ショートブレット、クズ野菜のコンソメスープ、パラライズバードのジャーキーはその後一瞬でミチの胃袋に収まった。
普段はもう少しだけ味わって食べるミチだったが、今回はなんとデザートがあった。
「ふふふ……」
不気味な笑みを浮かべて、アイテムボックスの奥底に隠すように入れておいた木製の壺を取り出す。
壺を塞ぐコルクを抜いて、先ほど火を消すの使ったお椀を軽く拭いてから、壺の中身を注ぐ。
「おぉぉお」
ツルツルと飛び出してくるそれはスライムゼリーだった。
デザートも売る『美味しい魔物亭』の人気商品で、今回は朝から並んで買っておいた。ダンジョンで食べるこのゼリーがミチは大好きだ。
「いただきます」
ミチは満面の笑みでゼリーを匙で掬い、口に運んだ。
「んーッ……!!」
果実酒とスライムゼラチンを混ぜて作った少し柔らかめのスライムゼリー。
果実の甘味と酒精が鼻から抜けて、舌鼓を打つ。
「ああ、ダメだ。止まんない」
メインと同じく、デザートも一瞬でミチの胃袋に消えた。
名残惜しく最後のひとかけら、一滴まで掬ったが、とうとうお椀は舐めたようにキレイになってしまった。
「ああ、終わってしまった。残念。もう少し食べたかったな」
美味しい魔物亭のスライムゼリーは人気商品なので、個数制限がある。おひとり様1個までなのだ。少なすぎる。
もちろんミチに大量に買うお金なんてないけれども。
「今度、また買えるように早起きしよっと」
ミチはそう誓って、お椀や鍋を軽く水と布で拭ってアイテムボックスに戻す。それから、手を合わせて小さく「ごちそうさまでした」とつぶやいた。
「うーん、それにしても」
ミチはお腹をさする。
持ってきたダンジョン用のランチは美味しかったが、想定よりも動き回ったせいかまだお腹に余裕がある。
「帰ったらスライムモチの甘辛ソース焼き食べたいなぁ。というか、なんかこれだけだと足りない気がしてきた」
アイテムボックスの中身を見て、ミチはつぶやく。
空腹のときはもちろんだが、中途半端に満たされたときのミチは食欲が旺盛なのだ。
「袋に無理やり詰めれば、もっと持っていける?」
アイテムボックスではない袋も一応持ってきている。
しかしアイテムボックスとは違い、スライムやモチスライムがちゃんとした状態で保存されない。魔術師組合製の保存布も持ってきていないので、当然味も落ちてしまう。
「でも、お腹が空いているという欲望には抗えないし……」
などとたわ言をつぶやいていると──。
セーフエリアの狭い入り口、そこからスライムが何匹かピョンピョン跳ねているのが見えた。
「……食料」
ミチが反射的に言葉をこぼした瞬間だった。
「ピギッ!?!」
スライムたちが一斉にセーフエリアの中を見て、驚愕した。(ように見えた)。
「え……?」
そして一目散に逃げていく。
「……あっ!? ま、待って! 食料!!」
ミチが慌てて荷物を持って外に出ると、そこにはもうスライムはいなかった。
というか、あふれているはずのスライムやモチスライムの姿形がなくなっている。
「……ちぃっ」
ミチはショートソードを手に舌打ちする。
鞘にソードをしまって、しばらく待ってみるがスライムたちの跳ねる音すら聞こえてこない。
「やってしまったか……」
ミチは食欲が旺盛になると、たまにこうしてモンスターたちを知らず威嚇してしまう。
捕食者と被捕食者。
捕食者から逃げるのは生物の本能とも言えた。
スライムたちにとってミチは一介の冒険者ではなく、恐ろしい捕食者に見えているのだろう。
余りある食欲のなせる業だった。
「くっそー。帰るついでに狩っていこうと思ったのに。なんで逃げられるんだろうなぁ」
しかもミチ本人は己の食欲から生まれる殺気のせいとは気づいていなかった。哀れ。
「まあ、いいか。いないものは仕方ない。納品だけでもさっさとしないと」
そしてミチは切り替えも早かった。
食欲を満たす可能性の高いほうへ、すぐに意識をスイッチする。
「待ってろ甘辛ソース焼き! いっぱい食べてやるからなー!」
※
──その後、依頼を無事に達成したミチは、報酬以上に食事を食べ、さらには副産物であるスライムモチとスライムゼリーもあっという間に平らげてしまったのだった。
「……あれ? あ……だ、大事に食べようと思ってたのに……!?」
中途半端に満足している状態が一番危ない。
今度は満腹になるまで食べてからダンジョンを出よう。
ミチはそう、斜め上の誓いを立てるのであった。
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・ショートブレット×1
・クズ野菜のコンソメスープ キューブ型×1(安価)
・パラライズバードのジャーキー ×1
・『美味しい魔物亭』のスライムゼリー×1
・スライムモチ×2
・スライムゼリー×2
完食ありがとうございました。
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ではまた次回。お待ちしております。