7品目─マンドレイクとオーク肉のスープ
私はミチ。新米冒険者だ。
今回はマトマの街から南西に進んだ場所にある『レトン湿原』にやってきている。
今回の目的はマンドレイク、別名マンドラゴラの採取。
マンドレイクを3本採取し、納品する依頼だ。
マンドレイクは魔法生物に属しており、引き抜くときにその悲鳴を間近で直接聞いたものは絶命する。
嘘みたいな本当の話だ。
けれども、そういった類の生物は中級や上級の冒険者になるほど多々遭遇するというし、まずは近場で慣れて対策できるようにしておかなくてはいけない。
つまりこれはギルドからの依頼でありつつ、私のような新米冒険者を育成してくれるクエストなのだった。
「うひー……」
そして湿原に来た私は、さっそくその洗礼を受けている。
土がぬかるんでいて、とても歩きにくい。
しかし新米がうろつくここが一番歩きやすいというのだから、先々のことを考えると気が滅入る。
レトン湿原は他のダンジョンと違い、縦ではなく円状の層になっているダンジョンだ。
外周の端が一番安全で、私みたいな新米でも比較的安全に歩ける。
円の中心に向かって進むほどぬかるみはキツく、出現するモンスターも強くなるとのこと。
けれどもそこに生息するモンスターはかなり美味なモノも多いと聞くので、いつかはチャレンジしたいと思っている所存。
「あっ……!」
道中で泥ラビットに出会った。
通常のウサギよりも丁寧な洗浄が必要だが、湿原でも身軽に飛び跳ねる腿などは歯ごたえがあって美味しい。
一度だけ食堂で食べたことがあるが、あれはもう一度食べたくなる味だ。
が、泥ラビットは私に気づくと一瞬で中心部に跳ねていった。
「あぁー……」
残念だが仕方ない。
今日も目的とも違うので、気持ちを切り替えて湿地を進んでいく。
それからしばらく、ジャク、ジャク、と進むと、目の前の泥濘に、大振りの葉っぱがいくつも生えているのが見えた。
立ち止まり、アイテムボックスからメモを取り出す。
メモはギルドの絵師に書いてもらったもので、マンドレイクの特徴が記されている。
「大振りの葉っぱが三枚。そのうちの一枚が縦に細長い……うん、間違いない」
泥濘から飛び出たモノと特徴が一致した。
私はメモを戻す代わりに、底に紐が通るほどの穴が空いた小型の壺を取り出す。
食べかけの黒パンもポーチから出して一口齧る。
そして齧ったものを口から出して、摘まんでねじり、小指の先ほどの塊を二つ作った。
それを両耳にねじ込み、押し込んで耳栓にする。
黒パンをしまい、仕掛け用の紐を取り出す。
これで準備完了だ。
「よし」
私は泥濘に近づき、再度葉っぱの特徴を確認する。
改めてマンドレイクだと確信したところで、しゃがみこみ、大振りの葉っぱの根元に紐を固く結んでいく。
しっかり結び終えたら、先ほど用意した壺の底に空いた穴から糸を通す。
その後、ツボを逆さにかぶせ、隙間が出来ないようしっかり押し付ける。
あとは上方向に向かって紐を引っ張れば──。
「3……2……1……よいしょぉっ!」
「…………ァアアアアアア……アァ……ア゛ッ……」
ズボッ、と小気味よい感触がしたのち、壺の中で微かに絶叫が聞こえる。手に伝わる振動から相当大きなモノだという感触はあったが、残念ながら準備万端の私を死に至らしめるほどの音ではなかった。
紐を引っ張って、壺の底(今は天井)に何度かゴツゴツとマンドレイクをぶつける。
悲鳴はもう聞こえないので、絶命したと確信。
紐を持ったまま、壺の出口を自分とは反対側に向けて倒す。
万が一生きていた場合、壺内で反響した最後の断末魔をモロに喰らってショック症状を起こす場合があるのだ。
それから十秒待っても悲鳴は聞こえなかったので、そこでようやく紐を緩め、壺の中に手を入れる。
「よし、一つ目」
取り出したのは間違いなく、泥だらけで、人に見えなくもない形をしているマンドレイクだった。
「…………アァッ……」
二つ目。
「………………ア゛ッ」
三つ目。
これで依頼達成だ。
さすが魔術師組合産のマンドレイク採取壺。
安定の品質で、壺内で声を反響させ、あっという間にマンドレイク自身を死に至らしめてくれた。
私は泥を落としたマンドレイクをアイテムボックスに入れ、帰ろうとした。
その時だった。
ぐぅ~。
腹の虫が鳴いた。
初めてのマンドレイク採取で緊張していたのか、安心するのと同時にお腹が空いてることに気づいた。
ここからマトマへ戻るのに2時間以上かかることを考えると、一度どこかで腹ごしらえしておいたほうが良さそうだ。
「…………」
私はまだ生えているマンドレイクを見つめる。
そして──。
「…………アァアア……」
所要を済まし、私は湿原ダンジョンにおけるセーフエリア、監視塔の方へ向かって歩いていく。
「こんにちはー」
「やあ、どうも。お疲れ様です」
監視塔の下に常駐する兵士さんに挨拶する。
監視塔の横はフリースペースになっていて、そこですでに何名か休憩している冒険者たちがいた。
私は兵士さんに近づいて、水筒を取り出す。
「お水ってもらえますか?」
「ああ、もちろん。入れ物はあるかい?」
「これでお願いします」
「はいよ」
兵士さんに頼むと、監視塔の奥から水の入った容器を持ってきてくれる。
私が持っていた水筒に水をギリギリまで注いでもらい、蓋をする。
「ありがとうございました」
「はいはい、気を付けてね」
私は礼を言ってその場を離れ、セーフエリア代わりに、周辺のスペースを探し始めた。
なぜ湿原内のセーフエリアを探さないのか。
当然、湿原内には高床式の石と木材でできたセーフエリアがある。けれどそこまで行くには初級者用のモノだとしてもダンジョンの中心地に向かって進まなくていけない。
もちろん危険である。
対して監視塔は国が設置したもので、湿原の中心部から時折やってくるモンスターの群れを早期に発見、報告するためのモノだ。
場合によってはモンスターを退治することもあるため、兵士たちはそれなりに訓練を積んでいる者で構成されている。
冒険者で言えば中級クラス以上といったところだろうか。
つまり私のような新米冒険者は、下手に湿原のセーフエリアを探すよりも、監視塔の近くで休憩するのが一番安全なのだ。
ひとまず他の冒険者の邪魔にならないスペースを見つけた私は、設置された木製の椅子に腰かける。
そしてこれまた木製のテーブルに荷物を置いた。
アイテムボックスから余分に取ったマンドレイクを取り出し、水洗いする。皮は削いでしまうので、軽くでいい。水ももったいないし。
それからナイフでマンドレイクの皮を削いでいく。
基本的には枝の多い根菜というイメージなので、手足に見える部分は落とす。
一応美味しく調理する方法はあるらしいが、今の私には技術も調理場もない。許してマンドレイクの手足。
一通り謝罪したところで身体に取り掛かる。
頭部っぽい場所の真上、茎を切り落として、首に当たる部分も切る。
余った顔の部分は、ギルドに買い取ってもらえるらしいので保存布にくるんでアイテムボックスに入れておく。
代わりに塩漬けのオーク肉を取り出す。手のひらサイズだ。
一旦オーク肉は横に置いて、皮を削いだマンドレイクをざっくり刻んでいく。多少形が歪でも問題ない。
刻んだマンドレイクを脇によけて、テーブルの中央に三脚と燃料キューブを設置して、その上に小型の鍋を設置。
水をたっぷり入れて、その中にマンドレイクを投入する。
燃料キューブに火を点けてから、塩コショウ、オークのブイヨンキューブを投入。そのまましばらく火にかけておく。
そして置いておいたオーク肉に取り掛かる。
オーク肉は強烈な塩漬けなので、これもまずは表面を削ぐ作業から始める。
もったいないようにも感じるが、外はもともと食べる前提ではないので、削いで地面にペッと捨てる。
セーフエリアとして使っているし、厳密にはダンジョン内ではないのだが、モンスターの肉はすぐ地面に還るので、こういう無作法も許される。
あまり褒められた行為ではないけれど。
そうやって表面を削ったオーク肉を、今度は細かく刻んでいく。
大ぶりなのも美味しいが、メインがマンドレイクなので、邪魔しないようにしておくのだ。
そして刻んだ肉を鍋に投入し、蓋をする。
これであとは待つだけだ。
ただ待っているだけなのもアレなので、その間に洗い物をさっさと済ませておく。後から来た人が使うことを考えなくてはいけないダンジョン内のセーフエリアより、気を使って掃除しなくていいから楽だ。
まな板とナイフをざっと洗って、万能手ぬぐいで拭く。
ポーチから食べかけの黒パンを取り出し、一欠けのバターを塗って馴染ませておく。
まな板をアイテムボックスにしまったところで、鍋の蓋がコトコトと揺れ始めた。
蓋をずらし、蒸気を逃がす。
蒸気が少なくなったところで蓋を取り、バターを塗るのに使った匙を鍋に入れ、軽くかき混ぜる。
「うぅ~」
立ち昇る香りに思わず鼻が膨らんだ。
オーク肉とそのブイヨン、さらに癖はあるが食欲をそそるマンドレイクの香りに、早く食べさせろと腹が鳴る。
わかってるよ。私だって早く食べたいんだって。
と、そこでタイミングよく燃料キューブが燃え尽き、加熱が終わった。
「よし、いただきます!」
私は早速匙を取り、バターを馴染ませた黒パンをぱくり。
いやだって、すぐは熱いから……ね?
とりあえず腹の虫の口を塞ぐことに成功した私は、満を持してスープをひと匙掬った。
黄金色の透きとおったスープに、ゴロッとしたマンドレイクと刻んだオーク肉が入っている。
匂いもさることながら見た目も食欲を大いにそそる。
「いただきます」
ふーっ、ふーっ、と何度か冷ましたあと、口に運ぶ。
「あぁー……」
口の中に入った瞬間、じゅわっと広がるマンドレイクとオーク肉のうま味にたまらず唸った。
マンドレイクの苦みと肉の甘味が合わさって、絶妙な味になっている。
「美味しい……ああ、たまんない」
私は無我夢中でスープを口に運んでいく。
次第に冷ますのも忘れて、熱々のスープを胃の腑に送る。
ペコペコのお腹が美食で満たされていく。
それはもはや、快楽と呼んでも差し支えなかった。
「美味しい……」
もともと少なかった語彙がなくなる。
私はスープを飲んでは、美味しいとしか呟けない新米冒険者になってしまった。
「はー、美味しかった。ごちそうさまでした」
ともあれ、私はスープとパンを完食し、膨れた腹を撫でる。
あとはギルドにマンドレイクを納品するだけだ。
私は腹ごなししつつ湿原を眺め、今この湿原にマンドレイクはどれぐらい生息しているんだろうかと考える。
もともとマンドレイクは滋養強壮剤の材料にもなったりするので、たびたび採取依頼が出される。
しかし採取していい量には限りがあるため、依頼を受けられるのは新米冒険者数名だけだ。
さらに頭だけではなく、そのままを売ったほうが金額もいいことは知っている。さらに全身であれば薬効の高い薬を作れるとのことも。
自分で作って売ればぼろ儲けできる可能性もある。
製薬技術のある野良魔術師に売ることもありだ。
かなりダークで、バレたら資格はく奪ものだけど。
仮に作ったとしても薬ではなく、依存性の高い麻薬になる可能性も高いと聞く。
当然、魔術師組合もギルドも個人でのマンドレイク薬の製薬を禁止している。資格はく奪どころか懲罰刑もありうる。
まあそんな薬が作れる技術があるならとっくに組合にスカウトされているだろうし、割に合わないから絶対にやらないけど。
「まあ、確かに依存性はありそう」
独特の苦みは確かに好き嫌いが別れそうだが、私は好きだ。
できることならもっと採取して、家でもまた食べたいなと思うが……。
チラリと横の監視塔を見る。
兵士たちが湿原をまんべんなく監視している。
サボっている者はいない。
よく訓練された兵士たちなのだ。
たまにミチよりも遥かに強く、マンドレイクの味に依存ってしまう冒険者がいるらしい。
なので監視塔では、モンスターだけではなく、マンドレイクを無許可で採取しに来る冒険者も監視対象だ。
私はまだ美味しいなと思っただけで、監視の目を盗んででもマンドレイクを獲ろうとは思わないけれど。
今回のように一本ぐらいならお目こぼししてもらえるし。
「でも、ハマる人がいるのもわかるんだよねぇ」
マンドレイクの料理を出す店があったら、少し無理をしてでも通いそうだ。
残念ながらそんな店は“表”には存在しないけど。
「ま、次の依頼が受けられるまでお預けかな」
そんなことをつぶやきながら、湿原で今も健気に生きているであろうマンドレイクに思いをはせるのであった。
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・マンドレイク×1
・オーク肉のブイヨン キューブ型×1(安価)
・オーク肉(手のひらサイズ) ×1
・塩コショウ 適量
美味しかった。楽しかった。という方はぜひ、いいねと高評価お願いいたします!
では、また次のお食事で。