6品目─ストーンチキンバーガー
マトマの街にあるダンジョン「静謐な洞窟 一階層」。
そこで私、新米冒険者のミチは息を殺してチャンスをうかがっていた。
岩陰に隠れ、目の前を歩くストーンチキンが無防備になる瞬間を待っている。
ストーンチキンは警戒心が強い。今も左右に首を振って辺りを探っている。
しかし一瞬だけ、餌である岩虫を食べるときだけ、無防備になるのだ。
「コケッ」
そしてチャンスは訪れた。
美味しそうに岩虫を食べるストーンチキンの背後に忍び寄り、手にしたナイフでスパンと首を斬る。
「コケ……?」
ストーンチキンは何が起こったのかわからず、血が滴り始めると同時に、目をぐるりと回して絶命した。
鶏に似た身体だけがヨタヨタとそのあたりを歩き回り、やがて力尽きてポテッと倒れる。
「……石化してない。ヨシ!」
私は柔らかいままのストーンチキンを手に、ナイフを握ったままの拳を硬く握りしめるのだった。
「これで依頼達成。なんとか帰れそう……」
魔術師組合産の保存布をストーンチキンに巻きつけ、アイテムバッグに入れる。代わりに中から中途半端に石化したストーンチキンを取り出した。
ダンジョンに入って三時間。
依頼内容としては低ランクな部類に入る。
それでも私は失敗した。
さっき捕獲してバッグに入れた柔らかい状態のストーンチキンを手に入れるまでに、三回も。
「硬い……」
手にしたストーンチキンは頭から首が完全に石化している。
ストーンチキンは身を守るために石化し、危険が去ったら解除する。そういう類の生物だ。
左半身の石化は、翼周りまで及んでいる。
不意をつけたものの、一撃で致命傷を与えられず、石化する隙を与えてしまったのだ。
そしてこの通り、石化途中で死んでしまった。
他の二羽は、気配でバレ、完全に石化された。
そうなったらもう、取るうま味はない。近くに生物がいる場合は絶対に石化解除されないし。
ただ、その二羽は石化解除されたあとにもう一度トライするチャンスがある。生きているから。
つまり、この手にしたストーンチキンはダメだ。
石化途中で死んでしまったら、もう解除されることはない。
この状態になってしまったチキンは洞窟に捨てていく。というのが一般的だ。
けど、こいつを捨てるのは私の主義に反する。なんというか、もったいないと思ってしまうのだ。
そう、このストーンチキンにはまだ、可食部位があるのに……と。
「よし」
なので私は、このストーンチキンを弔う意味も込めて、食べることにした。
ということで、まずはセーフエリアを探し、安全を確保することにする。
静謐の洞窟はその名の通り静かなダンジョンだ。
出てくるモンスターも足音が“薄い”。
警戒を怠ると接近に気づかず急襲されることもあるので、初心者用の一階層とはいえ気が抜けない。
そうして気配を探りながら静かに進んでいた甲斐あって、私はソロ用セーフエリアの前にいたゴブリンを先に見つけた。
「やっ!」
「ギッ!?」
忍び寄り、後ろからショートソードで斬り伏せる。仲間がいないことを確認してから中に入った。
ゴブリンはそのまま放っておいても平気だ。
魔物は放置しておくと、ダンジョンが“食べて”くれる。
どういう現象なのかはわからないが、とにかくそういう原理なんだと上級冒険者の人が語っていた。
「さて……」
セーフエリア内の様子を目視で確認。他には誰もいない。
楕円気味の部屋の端には泉が湧き、中央には誰かが使ったであろう焚火の跡がある。
静謐の洞窟には泉が豊富で、セーフエリアにも滾々と湧いて飲み水には困らないことが多い。
例にもれず、このエリアも泉が湧いていて良かった。
ささやかだが、自分の幸運に感謝する。
というのも、めったにはないが、それでもごくまれにあるらしいのだ。泉のないただの部屋が。
そうなっては本当に休憩するだけになるので、私は冒険の神に感謝の祈りを捧げる。手早くパパっと。簡略化して。
「水は潤沢。一応調理できるスペースもあるし……」
私は焚火の前を軽く手ぬぐいで掃除して、アイテムボックスからまな板を取り出す。
まな板の上にストーンチキンを置いて、汲んできた水で軽く洗う。
それから石化していない部分の羽をブチブチ毟っていく。
ナイフを入れる角度が難しかったが、斜めに切り込みを入れたりして、なんとか石化した首を切断する。
同じく石になっている左半身も切っていく。
少しだけ肉は無駄になるが、石化した部分より数ミリ手前で切り取る。
誤って石を削ると、ナイフに余計な負担がかかるのだ。
道具を雑に扱うヤツは何をやらせてもダメ。
それは冒険者だった祖父から教わったことだ。
そうやってなんとか毛抜きをしたあとは腹を裂いて、水洗いしながら内臓を取っていく。本当は内臓も食べたいところだけど、鳥は危ないので、セーフエリアから出たのち、ダンジョンに還すことにした。
誤って食材に混入させないように、魔術師組合産の布袋に入れて、口を堅く縛っておく。
そうやって歪ながらも食べられる姿になったストーンチキンを水洗いしたあと、持ってきた塩コショウ、香辛料を身に擦り込む。
馴染ませている間にアイテムボックスから燃料キューブを取り出し、焚火跡の中心に据えて、三脚と小さなフライパンを置いた。
準備をしつつ、黒パンを出してナイフで真ん中に裂け目を入れる。
バターがあればよかったのだが、あいにく持ってきていないので、とりあえずそのまま置いておく。
「そろそろいいかな」
調理器具などを洗い終わり、肉に香辛料が馴染んだのを確認する。
焼き作業に入る前に、ストーンチキンだったものの骨を掴んで、ナイフで肉を削ぐように剥がしていく。
豪快に丸ごと、といきたいところだが、そもそも左半身がなくなっている歪な形だ。
それにフライパンも小さいので、丸ごとは入らない。
なので胸と手羽を中心に、できる限り無駄にしないよう切り取っていった。
「美味しく食べるからね、ストーンチキンちゃん」
私はそんな独り言をしつつ、骨から肉を引き剥がしていく。
「よし、じゃあ始めますか」
まずは燃料キューブに火を点ける。
毟り取った羽も焚火に入れて燃やし、フライパンを温める。
その間にポーチの一つから小瓶を取り出し、中身の植物油をフライパンに少量垂らす。
小さな気泡を目視してから、フライパンを軽く回して油を広げる。
フライパンの上に手をかざすと、十分な熱量を手のひらに感じた。
そこで満を持してストーンチキンの肉を投入していく。
じゅわっ、と油に触れた皮の焼かれる音が心地よい。
次々に肉を投入していくと、フライパンはあっという間に埋め尽くされた。
「よっ、ほっ」
しばらく焼いてから、それらを一つ一つひっくり返していく。
さらにそこへ塩コショウを追加で振りかける。
身体を使うお仕事をしているので、味付けは濃い方がいい。
と、上級冒険者さんも言っていた。気がする。
と、まあそんな具合で、私はストーンチキンを焼いていった。
両面どちらにもいい感じに焦げ目がついてきたので、アイテムボックスから取り出した皿に一つずつ取っていく。
皿を持つ手元から食欲をそそる香ばしい匂いがしてきて、お腹の虫が鳴く。
「まぁまぁ、慌てなさんな。すぐだからさ、お腹ちゃん」
私は言いながら、最後の肉を皿に盛った。
そして鶏肉の油とうま味の残ったフライパンに、先ほど切れ目を入れた黒パンの内側を広げて入れる。
パンで油を拭くように動かし、うま味を最後まで吸い尽くす。
「うん。良い感じ。最後にこれを~♪」
私は燃料キューブの火を消しつつ、手にした黒パンの切れ目にストーンチキンの肉を詰め込んだ。
「よし! 完成!」
誰が見ているわけでもないが、私は完成した『ストーンチキンバーガー』を掲げた。
脳内でファンファーレが響いている。
お腹もぐぅぅぅっ! と、喝采を鳴らす。
ひとしきり楽しい儀式をやったところで、ストーンチキンバーガーを大事に抱えて座る。
そして──。
「いただきまーす」
私はストーンチキンバーガーにかぶりついた。
「っんまっ!?」
熱々の肉とパンが舌に触れた瞬間、目を見開く。
油を吸って柔らかくなったパンと、肉汁あふれるストーンチキンの香ばしさが口いっぱいに広がっていた。
「え? ストーンチキンってこんなに美味しいの?」
ダンジョンのモンスターとしては強いわけではない。
ただその石化する特性ゆえ、獲れる量は限られるし、市場に出てくるときはそれなりのお値段がする。
さらに料理などの手間をかけると、値段はさらに上がる。
ストーンチキンは私のような新米には手が届きにくい食材だった。
そしてそして、その特性から珍味扱いだ。
なのでどちらかと言えば美味だから高い。美味だから食べるものではない。珍味を求めて──という認識で見ていた。
それが実際に食べてみたらどうだ。
「こんなに美味しいなんて……」
確かに癖のある味だ。歯ごたえもしっかりある。
石化する能力に関係しているかもしれない。
しかし決して顔をしかめるような味ではない。
不快な感触でもない。
むしろ美味しい。
現に私は、手が止まらなくなっている。
こんな食材を今まで見逃していたなんて……。
とは思うものの、やはりその高級さには手が出ないだろう。
だからここでじっくり味わうしかない。
「ああ、もう最後の一口」
幸せな食事の時間はあっという間に終わりを告げる。
ストーンチキンバーガーはもう片手に収まるほどの量しかない。
名残惜しいが、時間が経って美味しくなくなるのも困る。
「あむ」
こういうときは何も考えず一気に口に放り込むのがいい。
もう少し食べたかったという気持ちごと、咀嚼して飲みこんでいく。
「ごちそうさまでした」
私は指についた脂まできれいに舐めとって、それから手をよく洗った。
そしてふと、アイテムボックスに入っているものを思い出した。
魔術師組合産の保存布に包まれたストーンチキン。
「パンは……まだある……って、バカ!」
私は自分の底知れない食欲を追い出すため、頬を叩く。
バチンッと気持ちいい音が鳴る。
……痛い。力をいれすぎた。
「いくらなんでもそれはダメ。こんな状態のいい奴は奇跡なんだから。私の腕じゃそんな簡単に獲れないんだから……」
言いながら、私の視線はアイテムボックスのストーンチキンに注がれる。
再び手が伸びそうになったところで、ドサッと何かが落ちる。
なんだと思って視線を向けると、ストーンチキンの内臓を入れた袋がバランスを崩して倒れていた。
ただの偶然だろうが、私にはまるで、自分を食べたんだから満足しな。とストーンチキンが言っているように思えた。
たぶん気のせいだけど。
「そうだよね、ストーンチキンくん……ちゃん……さん?」
私は曖昧に呼びながら、ストーンチキンを見ないようにしてアイテムボックスを閉める。
そして食事道具を手早く片付けて、帰り支度を始める。
手元にモノがあって、考える時間があるからダメなんだ。
早く納品してしまえばいい。
お腹がそこそこ満たされている間に。
私は準備を終えると逃げるようにセーフエリアから出た。
袋に入れていた内臓や石化したストーンチキンの一部を岩陰に撒いて、小さく「ごちそうさまでした」とつぶやく。
ここまで来ればあとは静謐の洞窟から出るだけだ。
そして私は急いで帰ろうとするあまり忘れていた。
ここのモンスターたちは、足音が“薄い”ということに。
「ひゃあっ!」
「ギャギャッ!?」
角を曲がると同時にゴブリンに遭遇する。
「ハッ!」
「ギャッ!」
なんとかゴブリンより先にナイフを抜いて頭に刺す。
ショートソードを抜くよりも早かったが、いくらなんでも眉間に一突きは自分でもびっくりした。
「ギャギャギャッ!!」
「うわ、まずい!」
頭部からナイフを抜いて血を拭っていると、背後にゴブリンの仲間たちが集まる気配がした。
数体はいるので、私一人では荷が重い。
「退避ー!」
私は魔術師組合産の煙幕玉を投げ、視界を煙まみれにしながら走った。
静謐の洞窟をドタバタとやかましく走って逃げた。
そして──。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ダンジョンを抜けるころには、せっかく食べたストーンチキンが見事に消化されきってしまっていた。
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「はい、こちらご依頼達成です……あの? ミチさん?」
「うぅ……」
ギルドに到着し、納品しようとした私は、ストーンチキンから未練がましく手を離せなかった。
しかしそこは百戦錬磨のギルド受付。
「ふんっ」と私から依頼品を奪い取り、にっこり微笑む。
「これで依頼は完了です。ありがとうございました」
「……はい」
私はレストランでストーンチキンを食べるには到底足りない報酬を受け取り、トボトボと帰るしかなかった。
今日の教訓:依頼は達成するまでが依頼。新米よ、慌てるべからず。
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・ストーンチキン×1/2羽
・黒パン×1
・油 適量
・塩コショウ含めた香辛料 適量
面白かった。美味しそうだった。など思ってくださったら、いいね、高評価、ブックマークなどお待ちしております。では、またのお食事で。