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4品目─洞窟オニオンとパラライズバード

 ぐきゅるるる~。


 マトマの街の洞窟型ダンジョン「ライラックの迷宮」2階層。

 私こと、新米冒険者のミチのお腹が盛大に鳴った。


 それもそのはず、良い匂いがしていたのだ。

 洞窟の岩肌から。


 正確に言えば、洞窟の岩肌の割れ目にひっそりと隠れた『洞窟オニオン』から胃袋を刺激する匂いが漂っているのだ。

 洞窟オニオンは一応モンスターに分類されている種だ。けれど逃げるわけでも戦うわけでもない。姿かたちは市場に売っているオニオンそのものだ。小さな手足が生えているだけ。

 モンスター認定されているのは単純にダンジョンにしか生息していないから。

 なので私は抵抗するように岩肌を掴む根っこを切ってあっさりとゲットする。

 手に持って、マジマジと見る。私は現物を見るのが初めてだった。冒険者教育舎の貸し出しする図鑑でしか見たことがない。


 強くもないし、俊敏でもない。そんな洞窟オニオンがレアなのは、ひとえに見つからないからだ。

 洞窟オニオンが熟したとき、動物で言えば発情期に当たる一瞬の期間、人や動物の食欲を刺激する匂いを放つ。


 大抵の場合オニオンたちは隠れているので、匂いがしても見つけることは難しい。発情期以外ではまず見つからない。

 さらに言えば、洞窟オニオンたちはいっせいに発情期を迎えるわけではないので、この時期は洞窟オニオンが狙い目。というアタリをつけることも難しかったりする。


「おぉ……これが本物の……」


 とんでもない偶然を引き当てた私は感動していた。

 図鑑でしか見たことのない洞窟オニオン。調理後の姿は何度か食べたことがあるので知っている。

 ごくりと喉が鳴る。

 洞窟オニオンを使った炒め物は、とても美味しいのだ。


「これでこの腹の虫は……と、言いたいところだけど」


 私は初心者用のアイテムボックス(リュックサック型)に洞窟オニオンを収めつつ、中身を確認する。


「これだけでも美味しいんだけど……」


 そう、洞窟オニオン単体でも美味い。

 スープにすると絶品だ。けれども澄み切ったスープにするには時間がかかる。


 できれば種類問わず肉があれば最高なのだが、こんなときに限って干し肉すら切らしている。

 黒パンはあるので、これを洞窟オニオンのスープに浸して食べるのも、まあ有りだけど──。

 せっかくの珍しい食材だ。

 ダンジョンで食べられる最高で食べたいじゃないか。


 あとは洞窟オニオンを街に持って帰って調理してもらう。

 という手がないこともないが、調理代というものが発生する。色々と入用な新米冒険者には辛い。

 さらに洞窟オニオンは逃げないけれど、足が早い。

 匂いがしたということは熟している証拠。

 で、あるからして腐るのもまた早いというわけなのだった。


「仕方ない。洞窟オニオンスープの黒パン浸しで我慢するか……」


 と、私が諦めかけたときだった。

 目の端を何かが横切った。

 とっさに岩陰に隠れた。

 動いたものの正体を探るためにそっと顔を出して覗くと、そこには一羽の鳥がいた。


「……あ」


 私は小さく声を漏らした。


 覗いた先にいたのは、パラライズバードだった。

 鶏によく似ているが、トサカが黄色だ。

 名前の通りマヒ毒を持っており、新米冒険者はうかつに近寄ってはいけない。


 パラライズバードは決して強い魔物ではないが、仲間もいない新米ソロ冒険者が挑むとひどい目に遭う。

 うっかりマヒ毒を喰らってしまい、こんなダンジョンのただ中で放置されてしまえばどうなるか。

 魔物だけではない。ミチのような女冒険者は下卑た男冒険者からも狙われてしまう。……そんなことになったら意地でも大事な部分も毟り取ってやるけども。


 ということで貴重な肉だが、私は己の命を尊重した。

 当然だ。


「はぁ……やっぱりオニオンスープを作るしかないか」


 独り言をつぶやいていると、後ろに誰かの気配があった。

 とっさに振り返ると、そこには女戦士がいた。

 見た目は若い。ミチと同じぐらいだ。


「あの肉、欲しいの?」


 軽装鎧に身を包み、ロングソードを背負っていた。


「え? あ、うん……」

「そ、わかった」


 女戦士ちゃんはうなづくと、すぐに駆け出した。


「あッ……!」


 一人だと危ないよ!

 そう伝える間もなかった。


 女戦士ちゃんが剣を抜き、パラライズバードがマヒ毒を吐き出そうとしたときにはもう決着がついていた。


「コ……ケェ……」


 パラライズバードの首が落とされ、胴体がヨタヨタと走り回る。

 あまり愉快ではない光景の後、パラライズバードは倒れた。


「これでいい?」


 無造作に胴体を掴んだ女戦士ちゃんがパラライズバードの切れた箇所を下にして、ボタボタ血を垂らしながらこちらへ向かってくる。

 なかなかにホラーな光景だった。


「はい」

「あ、ありが、とう?」


 素直に感謝していいのかなんなのか。

 突然やってきて、倒したパラライズバードを渡されて、笑顔を返せる自信などない。実際戸惑っている。


「あの、なんで?」


 聞くと、女戦士ちゃんは首を傾げた。


「あなたが持ってるオニオンとそれで料理、するんじゃないの?」


 それ、と指さされたパラライズバードを見る。

 頭を切り落とされているから、喉にある麻痺袋もない。

 こうしてみると、ただの鶏だ。


「お願いがあるんだけど、いい?」


 女戦士ちゃんに言われ、今度は私が首を傾げた。


「それあげるから、料理して、私にも食べさせて」


 そんなことを言うのだった。


ー・ー・ー・ー


 ぐきゅるるる~。

 ぐきゅるるる~。


 二人分のお腹の音が鳴る。


「は~、手際いいんだね」


 女戦士ちゃん──名前はマリュというらしい──が、感心したようにつぶやいた。


「それほどでもないよ。うちのおじいちゃんだったら、もっとうまくやる」


 私はパラライズバードを捌きながら話した。

 母方の祖父母は冒険者だった。

 父と母は普通のギルド職員だったが、私は祖父母の冒険譚に憧れて冒険者になった。


「私から見れば、あなたの手際は魔法みたい」

「褒めてるんだか、なんなんだか」

「褒めてるよ。ベタ褒め」


 マリュの素直な言い方に、まあ悪い気はしなかった。

 良いところを見せようと、いつもより少しだけ丁寧に捌く。

 私も案外単純だ。


「マリュ、さんは……あれだけ剣を扱えるのに、料理はできないの?」

「できない。あと、マリュでいいよ。私も呼び捨てにするから」


 マリュは言って、口の端を持ち上げた。

 どうやら微笑んだらしい。この子は、少しばかり表情が乏しい。


「もちろん挑戦したことはあるけど、ダメだった。パラライズバードを捌いたら、産毛を残して肉が消えた」

「えぇ……?」


 そんなことある? と、思うが、冗談を言っている雰囲気ではない。嘘の気配も感じない。


 え? じゃあ産毛だけになったパラライズバードがいるってこと? 肉が消えるって、なに?


 私は疑問に思いながらも深く追求はしない。

 浅く考えてわからないことは深く考えてもわからないのだ。


「よい、しょ……」


 マリュが持っていた深めの鍋に水を入れ、簡易コンロに載せる。

 調理台があるセーフエリアでよかった。

 その鍋に、捌いた鶏肉と、くし切りにして水にさらしておいた洞窟オニオンをぶち込んだ。


 あとはマリュと私の分の燃料キューブに火を点け、鍋を加熱する。

 蓋をしてあとは、様子を見つつ適宜塩コショウを振って味を調えるだけだ。


「どれぐらいでできる?」と、マリュ。

「そうだなぁ。一時間ぐらい?」

「ながーい」


 マリュはうんざりしたように言って、自分の冒険者バッグをガサゴソと漁る。

 中から取り出したのは、塩漬けされた干し肉だった。


「食べる?」

「……」


 私は無言でうなづいた。

 気づいたらよだれが垂れそうになっていた。


 マリュが塩漬け肉を薄くスライスし、数枚くれる。


「ありがとう」

「料理のお礼、ということで」


 私とマリュはしばらく塩漬け肉を噛み、空腹を紛らわせた。

 指についた塩まで舐めたあと、私は疑問に思っていたことを聞いた。


「マリュはどうしてあそこに? それだけ強いならパーティーに入れただろうに」

「うーん……最初は入ってたんだけど、私以外みんな先輩で、当然みんな強くて……そんな中で、料理ができないことは致命的だった」

「……なるほど」


 パーティーに入ると、一番下っ端が料理をする。通例だ。

 だがそこで料理のできない、一番弱い冒険者がいると?

 当然解雇だ。

 生き死にの世界なので、そこらへんは当然シビア。

 自分がパーティー内で役立たずと知っている人間は、解雇を言い渡されてもそんなに抵抗しない。


 結局は弱い自分が悪い。

 特殊な技能を持っていない自分が悪い。

 そういうことになる。


 とはいえ、だからといって冒険者を諦めるという理由にはならない。

 私のようにソロで潜る冒険者もたくさんいる。

 パーティーから追い出されたか、そもそも誘われもしないか。

 その違いはあるけれど。


「ミチは? パーティー組んでないの?」

「全然。最初の講習が終わったら即解散。どこからもなんにも声かからなかったよ。だから気楽にソロ冒険者やってる」


 新米だし、大した功績も能力もない。まあ、妥当だ。

 けれども不満や不安はない。


 パーティーに憧れがないかといえば嘘になるけれど、仲間に対して劣等感を抱き続けるよりは、ソロのほうがマシ。

 そう思えば、この生活も悪くないと思えるのだ。


「ふーん。そっか」

「そうそう」


 相槌を打ちつつ、私は鍋の様子を見る。

 調味料を入れて軽くひと混ぜ。それからまたマリュの対面に座る。


「さて、他愛のない話でもしようか」

「……ふふ、そうだね」


 私が言うと、マリュが笑う。

 相変わらず表情変化は乏しかったけれども。


 新米冒険者たちの話のタネと言えば、もっぱらダンジョン内での食事事情になる。

 ソロだと持てるアイテムに限界があるため、長くダンジョンに篭ることもできない。あなたはどうやりくりしている?

 私? 空腹は気合で乗り越えた。そんな話だ。

 私もマリュもその点、ほとんど変わらない。


 新米とほぼ新米のソロ冒険者。

 アイテムバッグも大きくないし、料理スキルもたかが知れている。

 特にマリュは料理ができないので、保存食で圧迫されると嘆いていた。


 色々話しているうちに、鍋の蓋がカタカタ動く。


「お、そろそろかな」


 蓋を開けて中を覗くと、洞窟オニオンと火の通った鶏肉が黄金色のスープを泳いでいた。


 匙で掬ってスープをひと口。


「う……まぁ……」


 私の胃袋を一気に動かす、とんでもない旨味。

 あまりの美味に打ち震えていると、後ろからマリュが覗き込んでくる。


「早く! 早くご飯にしよう!」


 ぐきゅるるる~。

 ぐきゅるるる~。


 私のよだれが地に落ちる。

 マリュがカッと目を見開いている。

 二人の胃袋も、もう限界だと叫んでいた。


ー・ー・ー・ー


「いただきまーす!」


 私とマリュはパラライズバードと洞窟オニオンのスープを注いだお椀をそれぞれ持って、声高らかに言う。


 二人とも、ほぼ同時にフォークにもなる先割れスプーンで鶏肉とオニオンを刺した。肉汁がスープに薄く広がる。

 そして火傷しないように気をつけながら口に運ぶ。


「…………ッ!!」

「うま、おいしぃぃ……!」


 私とマリュは足をジタバタ。


 パラライズバードの痺れるような独特の旨味。

 さらに洞窟オニオンのコクと爽やかさを合わせたような味と、シャキシャキした歯ごたえ。ぷりぷりの鶏肉との相性は抜群だった。

 慌てて黒パンを取り出し、スープに浸す。

 かぶりつく。

 バタバタ。

 これも最高に美味しい。


「マリュ、本当に本当にありがとう」


 思わずお礼を言っていた。

 洞窟オニオンだけではこの旨味は出なかったからだ。


「お礼を言うのはこっちだよ。作ってくれてありがとうミチ」


 私たちは見つめ合って、どちらからともなく笑みをこぼす。

 そして頷き合い、再びスープにがっつく。


 美味しいものを食べてるときは幸せだ。

 ダンジョンに潜る間、栄養補給なだけの食事はいくらでも取れる(もちろん物資が潤沢な間は、だが……)。


 だからこそ、美味しい食事は活力になるのだ。

 さあ、もうひと踏ん張りだ。

 と、己を鼓舞できるのだ。


「「はぁ~」」


 カツン、と、ほぼ同時に匙を皿に置いた。


 二人そろって至福のため息を吐く。

 美味しかった。

 レアな食材である洞窟オニオン、そして私では狩れないパラライズバード。

 それらのエキスが溶け込んだスープ。

 それを空腹にぶち込む。最高だ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」


 私たちはまた互いを見て、笑みを浮かべる。

 満足の笑みだ。


 ソロ冒険者は基本的に孤独だ。

 だから、たまにこうやって食卓を囲む仲間がいることに嬉しさを感じる。

 マリュはわからないけど、少なくとも私はそうだ。


「こんな美味しいご飯、久しぶりだった」と、マリュが言った。

「私も」


 後片付けをしながら、食後の紅茶を飲む。

 少しの無言も気にならない、まったりとした時間。


「さて……」


 紅茶が空になるとともに、マリュが立ち上がる。


「私は行くよ。パラライズバードをあと五羽、倒して納品しないと」

「けっこう難度の高い依頼じゃない? それ」


 訊くと、マリュは背中の剣を親指で差す。


「私にはこいつがあるから。それにこれぐらいできないと、私の強みがなくなっちゃう」

「そっか……」


 マリュが荷物を担ぐのを、眺める。

 偶発的な出会いだったとはいえ、心地よい時間を過ごした相手との別れは少しだけ寂しい。


「じゃ、また会おうねミチ。今度はパーティーを組むのもいいかも」

「え……?」

「私、あなたの料理のファンになった」


 マリュはいたずらっぽく微笑むと、手をひらひら振ってセーフエリアを出ていく。

 彼女が見えなくなるまで手を振った私は、空になったカップを見ながら、自分でも気づかぬうちに微笑んでいた。


「……パーティー、マリュとならもっと美味しい料理食べられるかも」


 ソロで戦闘能力の高くないミチだが、狩りたい(食べたい)魔物がまだまだいる。

 マリュに手伝ってもらえたらあんな魔物も……。

 と、そこまで想像したところで我に返る。


「でも、マリュ頼りになるのもいけない」


 冒険者パーティーには料理人として正式に加わっているものもいる。

 それもまた冒険者の一つの形だ。

 けれどもミチが目指しているのはあくまでも一流冒険者だ。ダンジョン料理人ではない。

 そもそも一番の夢がパーティーに随伴する料理人では辿りつけないのだ。

 なぜならミチの夢──ゴールドドラゴンを食べる──は、冒険者パーティーにとっては驚愕だ。普通は売る。ドラゴンの素材の売値は高い。

 それはもうべらぼうに。ゴールドドラゴンになったら何代も遊んで暮らせる。そんなレベルだ。

 だからミチは強くなるしかない。己だけで狩れるように。

 文句も言われずドラゴンを食べれるように。

 信頼できる……というか一緒に食べたいと言ってくれる仲間がいるならそれにこしたことはないけれども。

 それこそ、夢のような話かもしれなかった。


「……さて、私も鍛錬頑張りますか」


 荷物を片づけて立ち上がる。

 新米にとって一流冒険者はまだまだ遠い。

 特にソロでなんて、今のミチには雲をつかむような話だ。


 けれども、それは諦める理由にはならない。

 祖父母のように、すごい冒険者になる。

 ミチは改めてそう誓う。


「でも、まあとりあえずは」


 セーフエリアを出たミチはダンジョンの出口へと向かう。

 腹が膨れたことで勘違いしそうになったが、物資がギリギリなのだ。

 一度帰って装備を整えなくてはいけない。


「スモールステップ、スモールステップ」


 何事も小さな一歩から。

 最初からでかいことをやろうとして失敗するのは阿呆に任せておけ。


 そんな祖父母の言葉を胸に刻みながら、ミチは同じ食卓を囲んだマリュの無事を祈りつつ、堂々と出口へ向かうのだった。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・洞窟オニオン×1

・パラライズバード×1

・塩コショウ 適量

・黒パン×1

・塩漬け肉×数枚


面白かったり、美味しそうだったり、お腹が空いたりしたら高評価等していただけると嬉しいです。

ではまたお待ちしております。

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