26品目 新たな旅立ちの朝に
よく晴れた早朝。
すでに職人たちが集まって、作業が始まっている解体工房に、緊張した面持ちのエルが入る。
「おはようございます! 師匠!」
「おお、おはようさん」
出迎えたのはこの工房の主で、エルの師匠であり育ての親でもある髭面の筋骨隆々とした大男、オーガスだった。
オーガスは解体用のナイフを手入れしていた。
獲物に合ったスキナーナイフを選んで使うため、オーガスのベルトに装着されたソケットには常に5本以上のナイフが差さっている。
「……あの」
エルが言いよどむ。
覚悟を決めたはずなのに、いざオーガスを前にすると切り出しづらい。
「……ケガ、大丈夫か」
「あ、はい! 気絶はしたっすけど、大したことはないって」
「そうか。これからは、もっと大変になるからな。気を付けろよ」
「……え? あ、あの……」
言葉の意図がくみ取れず困惑するエルに、オーガスは腕組みをして、ふっ、と笑う。
「モンスター、倒したんだろ? 自分の手で」
「……あ」
「……俺もな、臆病なガキだった」
オーガスは言って、ソケットから使い古されて小さくなったナイフを一本取り出した。
「オヤジも解体士だったからな、当然自分もそうなるもんだと思って生きてきた。実際そうなった。だけどな、ここまで来るのにそりゃあもう苦労した」
「師匠が……すか?」
「正直、お前より酷かったよ。モンスターを倒せないなんてもんじゃない。解体すら怖くてまともにできなかった。血を見ることも、魔物に触ることさえ。死体に触ることが恐ろしくて仕方なかった」
オーガスはナイフをソケットに戻し、手入れしたナイフを布で拭い、砥石カスを拭きとる。
「だがそんな俺でも、オヤジから工房を任せられるようになって、弟子も何人も取って、気づけば師匠なんて呼ばれるようになった」
「……」
「腕の良い弟子はたくさんいる。だからお前がふらっといなくなったとしても、困りゃしない」
「アタシ……」
「やりたいこと、できたんだろエル」
オーガスの言葉に、エルは強く頷いた。
「アタシ、冒険者になりたいっす。もちろん解体士として。一緒に冒険したいと思う人たちができたっす。それで、それで……」
エルは、オーガスをまっすぐに見つめる。
「ゴールドドラゴンを解体して、うちの師匠の技、すごいんだって宣伝したくて」
「ふっ、はっはっは」
思わず吹き出すオーガス。
エルはきょとんとして、師匠の笑いが収まるのを待った。
「エル。しっかりやってこい。そんで、一つだけ約束しろ」
「……なんですか?」
「必ず無事に、生きて帰ってこいよ。何度だってな。ここはお前の家でもあるんだから」
「……はいっす!」
エルはグッと唇を噛んで、オーガスに頭を下げる。
それから、工房の職人たちに声をかけた。
「みなさんもお元気で! と、言ってもちょくちょく帰ってくるっすけど、とにかく頑張ってくるっす!」
「あいよー、行ってらっしゃい」
「頑張れよー、末っ子ー」
「うちに降りて来ないレアなモンスター狩ったら持ってきてくれよ」
いつもと変わらない。
なんでもないことのように工房のみんなはエルを送り出してくれる。
それが嬉しくて、また少しだけ目頭が熱くなった。
「では、行ってきますっす!」
「ああ、頑張ってこい」
オーガスと職人たちに見送られ、エルは工房を後にする。
その後ろ姿を眺めながら、オーガスは親指で目頭を軽く拭った。
「やれやれ。年を取ると涙もろくなっていけないな」
「おやっさん、泣いてないでこっち早く捌いてください。ホーンブル、あと50匹残ってるんすよ」
「わかってるよ、うっせぇな。風情ってもんがないのか風情ってもんがぁ」
「あるようなヤツがこの工房にいますか?」
「んだとこの野郎ども。だったら口動かしてないで手を動かせー! 今日も元気に働くぞてめぇら!」
「「「おぇーす」」」
そんな騒がしい工房に向かってそっと振り返ったエルは、深く頭を下げるのであった。
ー・ー・ー・ー・ー
マトマの街にある冒険者ギルド。
の、横に併設されている食事処『またたび亭』。
たくさん並べられているテーブルの一つに、ミチとマリュが座っていた。
「エルちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫でしょー」
ミチが言うと、武器の手入れをしていたマリュが軽く答える。
「エル、芯があるし、努力家だし。これまでも腐らずに解体士として頑張ってきたわけでしょ。モンスターが倒せるようになった今、あの子に敵はなーし」
「……それもそっか」
磨かれた刀身に己の顔を映してニッコリ笑うマリュを見て、ミチも肩の力が抜けた。
「ま、それとゴールドドラゴンを解体できる実力があるかはまた別の話だけど」
「そういえば、マリュってどうして冒険者になったの?」
「……ん? どうしてって?」
武器を鞘に納め、果実酒を飲むマリュに、ミチはストーンチキンのナゲットを食べながら話す。
「いやね、私はAランク冒険者になって、まだ食べたことない食材、特にゴールドドラゴンを倒して食べたいでしょ? エルちゃんはそのゴールドドラゴンを含めて様々なモンスターを解体することが目標だって言ってた。でも、マリュのそういう話聞いたことなかったなって」
「ああー、そういう……んー、別に普通だと思うけどなぁ」
言って、マリュもストーンチキンのナゲットを口に放り込む。
「私はね、偉大な冒険者になるのが夢、目標」
「偉大な冒険者?」
「そう。ギルドや図書館の本に乗るような冒険者。いるでしょ、山ほど」
「いるね、山ほど」
ミチがナゲットの最後の一個を素早く取ると、マリュはチッと舌打ちしてパラライズバードのから揚げを十人前、追加注文した。
りょうか~い!と、看板娘のトルトが注文票に書きつけていく。
「昔っから憧れててさ。ドラゴンスレイヤーに魔王殺し、タイタン沈めに魔女裂き。そういった伝説的な偉大な冒険者になるのが私の夢」
「へぇ~」
「夢見がちで、子どもっぽいって思った?」
「正直、ちょっと。マリュはもっとドライというか、現実的なのかと思ってた」
マリュは果実酒をグビッと一口飲んで、楽しそうにケラケラ笑った。
「ドライというか、諦めてたかな正直。だって私がなりたいのはそもそもAランク冒険者になってからがスタートみたいなところあるでしょ」
「そうだね」
「で、こんなところでうかうかしてられないって思うほど、焦って失敗して、パーティーからも不要扱いされて。そんなんじゃ強くなれるはずもないけど、焦りがちな冒険者なんてそれこそパーティーに採用されないし……お、来た来た」
「おまたせ~」
トルトが持って来たから揚げにさっそく二人で手をつける。
熱々のから揚げを、二人ではふはふしながら食べる。
「自分は結局、行けてCランクぐらいかなって思ってたとき、ミチに出会った」
「……私?」
「うん。モンスターを食べるためっていう、なかなかいない理由持ちで、でもちゃんと成長してて。ミチのこと見てたら気が抜けたというか、いい意味で肩の力が抜けたというか。それにミチも理由は違うけどAランク冒険者を目指してるし、ゴールドドラゴンの討伐は偉大な冒険者になりたい私の目標の一つでもある」
「褒められて……るんだよね?」
「褒めてる、褒めてる。今までの冒険者にいなかったと思うんだよね。強大なモンスターを食べるために倒そうとしてる人って」
言って、マリュは愉しそうに頬を緩めた。
「最初はただの利害関係だったけど、今はもう利害関係なくこのパーティーが面白いから一緒にいるって感じかな。それに何の根拠もないけど、私たちなら行ける気がするんだよね、Aランク」
「……うん!」
マリュの言葉に、ミチは嬉しくなった。
ミチがひそかに感じていたことを、マリュも感じてくれていたのだ。
と、マリュが片手を上げて、入り口にいる人物に手を振る。
「おーい、エル。こっちこっち」
「あ、お疲れさまっすー!」
「エルちゃーん! どうだった?」
小走りでテーブルにやってきたエルに、ミチとマリュが期待の目を向ける。
エルも、笑顔で応えた。
「無事、許しをもらえたっす! これでアタシも冒険者に登録できるっす!」
「やったー!」
「いえーい」
ミチ、マリュ、エルでハイタッチ。
「そうと決まれば、さっそくエルちゃんの冒険者登録しに行く?」
ぐぅ~。
腹の虫が鳴いた。エルのだ。
「え、えぇ~っと……」
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしたエルがパラライズバードのから揚げを見つめる。
「腹ごなしにしてからにしよっか」
「お願いするっす」
「じゃあまずは食べるぞー!」
「「おー!」」
そうしてそれから二時間ほど、トルトが半ギレになるほど厨房とテーブルを往復させた三人は、ようやく冒険者ギルドにて、エルの冒険者登録とパーティー登録を済ませた。
「さて、目指すはAランク冒険者、そしてゴールドドラゴンを食べる!」
「そこは討伐が先じゃないんだ」
「まあ、ミチさんですし」
「とはいえ、未だEランク冒険者の私たちに選択肢はあまりない。ということでまずは、事前に予約しておいたミノタウロスダンジョンに行くよー!」
「「おー!」」
そうして、さっそく三人の新米冒険者たちは新たな冒険へと出かけるのだった。
この腹ペコ冒険者たちがAランクになれたのか、そしてゴールドドラゴンを食べたのか、はたまた食べられたのか。それはまた、どこかで語られる物語──。
第一部完!ということでひとまず新米で腹ペコの冒険者たちのお話は一旦おしまいでございます。
これまで読んでいただき、そして評価していただきありがとうございました。
続きはいつになるかわかりませんが、また彼女たちの物語を書けたら良いなと思っております。
では、また他の作品などでお会いしましょう!ありがとうございました!