24品目 エルの悩みと食べすぎ注意!
「これで全部だよ」
「了解っす!」
ミチが網から取り出したホーンラビットを持ってセーフエリアに入ってくる。
これで100匹。
目視で確認した通りの数ちょうどだ。
エルはホーンラビットを受け取り、両耳をカットする。
100対目の耳がアイテムボックスに入れられ、これをギルドの受付に渡せば依頼達成だ。
そして依頼とは別に、毛皮を丁寧に素早く剥いでいく。
ここから先は冒険者たちの副収入だ。
ホーンラビットの毛皮はキレイに剥ぐほど、高価で買い取ってもらえる。
伸縮性と防寒性、防水性に優れ、なかなかに良い素材なのだ。
「やっぱり早いね、エル。しかも丁寧」
「ありがとうございますっす! 師匠に仕込まれているので、これぐらいは任せてほしいっす!」
エルの後ろにはすでに80匹を超えるホーンラビットが毛皮を剥かれて山積みになっている。
幸い、先の戦闘でスキナーナイフは刃こぼれしていなかったので、作業自体はサクサクと進行していた。
「マリュ、薪集めてきて。ここの石積み竈使えそうだから、ここでやろう」
「了解~。たっぷり取ってくる。木はいっぱいあるし」
「あの、出来る限り落ちてるヤツから拾ってくるんだよ? 鍛錬だーとか言ってズバズバ切ったりしないでね?」
「……わかってるって~」
「なんだ、今の間……心配だ……」
そんな会話をする二人を横目に、エルは黙々とホーンラビットの毛皮を剥いでいく。
内臓はこまめにセーフエリアの外へ捨てに行く。
マリュが掘ってくれた穴があるので、そこに投げ入れる。
全部捨てたあと穴を塞げば、あとはダンジョンに飲みこまれる。
便利なものだと思う。
街でやると専用の炉が必要なので少しだけ手間だったりする。
捨て忘れると悪臭が漂うので、解体士の新人はまずゴミ捨てを全うすることから教え込まれる。
毛皮のあとはセーフエリアの流水で洗って、ミチに頼まれていた形にカットする。
力はいるが、大型ではないのでそこまで手間でもない。
さすがのパーティーでも100匹はすぐ食べないので、解体した半分は保存布に包んでアイテムバッグへ。
残りの半分を部位ごとにカットして、流水エリア近くに保存布を広げて載せて水気を取る。
「こんなものでいいっすか、ミチさん」
「完璧! 相変わらずいい腕してるねエルちゃん!」
ミチに太鼓判を押されたエルは、そのままミチの料理の手伝いに入る。
水の張った大鍋にハーブと香辛料、ホーンラビットを投入。
「おまたせー」
「待ってたー。入れて入れて」
「あい~」
タイミングよくマリュが持って来た薪の第一弾を竈に投入し、燃料キューブも入れて着火する。
「あとどれぐらい必要?」
「念のため、あと三回分ぐらい往復してもらっていい?」
「オッケー」
「頼んだ」
力仕事担当になっているマリュがスタコラとセーフエリアを出ていく。
強さ的にも、マリュが行くのが一番効率的だ。
「……なんか元気ない?」
「……え?」
アイテムボックスからフライパンを取り出し、油を引いていたミチが言った。
エルは顔を上げ、ミチを見る。
「私はまだマリュみたいに頼りがいないかもだけど、話ぐらいなら聞けるよ?」
「……えっと」
ミチは料理の準備をこなしながら、エルの言葉を待つ。
エルはこんなことを話していいものかと迷っていた。
聞かれても困るだけじゃないかとも思う。
しかし聞かずになあなあにしてしまったら、後悔する気がする。
いや、きっと近い将来、絶対に後悔する。
「……あの、アタシが二人とこれからも冒険したい、パーティーメンバーになりたいと言ったら……笑うっすか?」
「……へ? 笑わないよ! むしろ嬉しい!」
ミチの声が弾んでいることで、それが本音だとわかる。
エルはそこで少しホッとした。が──。
「でも、大丈夫なの?」
「え? 大丈夫って、何がっすか?」
ミチがホーンラビットのむね肉やもも肉を焼き始める。
大丈夫とは、魔物を討伐できない、殺せないことだろうかとエルはドキッとした。
「今だって私たちに破格の値段で同行してもらっている状態でしょ? パーティーメンバーになったら、報酬は依頼金の山分けだけになるよ?」
「……ああ、良かった。そっちっすか」
「そっちって? 他に気になることがあるの?」
エルはすぐ答えず、こくりと頷いた。
「……アタシは魔物が倒せないっす。さっきだって……」
「ああ、それか……」
「無理しなくてもいいと思うけどね」
「マリュ」
「マリュさん」
マリュが薪を持って戻ってくる。
ちゃっかり口をさっぱりさせる木の実も大量に抱えていた。
「魔物を殺せないっていうのは冒険者には致命的かもしれないけど、エルは解体士。私たちのパーティーメンバーになったとしても、そこは変わらないと思うし」
「そうそう、それにエルちゃんに危害が及ばないようにと思って私たちの鍛錬も気合が入るし」
やはり、二人は優しかった。
だからこそ、今のエルには少しだけ辛い。
「でも、やっぱり、お二人に守られているだけでは……甘え続けてるようで苦しいっす。パーティーになるなら、なおさら……」
自分がワガママを言っていることがわかるだけに、いたたまれない。
ただの同行解体士であるくせに、とそんな卑屈なことを考えてしまう。
と、そんなときだった。
ぐぅ~、と気の抜けた音がした。
三方向から。
言うまでもなく、ミチとマリュとエルだ。
「ふはっ……!」
「ふっ、う、くくっ……」
「なんで、このタイミングっすか……!」
不意打ちの腹ペコ虫の鳴き声に、三人ともが笑い出してしまう。
「エルちゃん、まずは美味しいご飯食べよう! それから三人で話し合おう。絶対良い案はあるはずだよ。でも、お腹が空いている状態でしかめっ面だったら絶対にそんな案は出ない。それだけは断言できるからさ」
「……はいっす!」
ミチの言うことももっともだ。
エルは素直に、笑顔で頷いた。
「今日のご飯はなに~?」
「今日はね、これです!」
ちゃっちゃと最後の仕上げをしたミチが、三人それぞれの皿に温めた黒パンとホーンラビットのハーブ焼き、そしてホーンラビットのコンソメスープを器によそって出した。
皿の端にはマリュが採ってきたサッパリ木の実が載せられている。
「ホーンラビット尽くし、ダンジョンバージョン!」
品数の多いホーンラビット尽くしは街でも食べられるが、さすがにそこまでの設備や材料がない。
しかしそれでも、腹ペコ三人の胃袋を大変刺激する料理が目の前にはあった。
「ダースウッド産の滋養強壮に効くハーブも入ってるからね! 遠慮なく元気になって!」
「遠慮なくー!」
ダンジョンのごちそうを前にして三人は変なテンションになっていたが、それもまた冒険の醍醐味だったりする。するはずだ。
「では、いただきます!」
「「いただきます!」」
三人は言って、さっそくハーブ焼きにかぶりつく。
「ん~ッ!!」
「美味い!」
「おいしいっす~!」
ホーンラビットは身が引き締まっているので、ハーブ焼きや煮込みなどで筋繊維をほぐしてやるとホロホロと崩れるようになるので、その食感がたまらない。
鶏肉にも似ているが、噛んだときの肉質が別種だとわかる。
また鳥種とは違う独特の甘みも舌の上に広がった。
「はふ、はふ」
琥珀色に透きとおったスープも美味しい。
喉をするりと流れていく温かいスープと、噛むたびに焼いたものとは違う旨みが閉じ込められた肉が、三人の口元をほころばせる。
「美味しいね!」
「はいっす!」
「うま、うま~」
三人で美味しい食事を囲む。
それだけでも、エルはこの関係を続けたいと思ってしまう。
普通、同行解体士は一回ずつの契約だ。
専属になるものもいるが、それは稀だ。
パーティーメンバーになるものは、実はそこまで稀ではない。
しかしそれはやはり、魔物を倒せるものが“解体士”としての技術を持っている、という扱いになる。
魔物を倒せるということが前提なのだ。すべてにおいて。
(アタシも、モンスターを倒せるようになれば、お二人に気後れすることなく……)
美味しいものを食べて、エルは少しだけ前向きになっていた。
しかし──。
「ごちそうさまでしたー……はー、食べすぎた」
「食べすぎたっすね……」
「……ぐー、ぐー……」
美味しいからといってたっぷり食べすぎた。
三人とも腹がポッコリ出てしまっている。
「マリュもう寝ちゃってるけど、エルちゃん、どうする?」
「あ、あの……アタシも限界なので、話はまた明日以降に……でも、必ず……」
「うん! もちろん!」
そしてミチとエルもパタン──と、セーフエリアで夜が明けるまでぐっすりと眠りこけるのだった。
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ではまた次回!