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22品目 ひとときの休息は川釣りへ

 みなさん、こんにちは。

 新米冒険者のミチです。


 前回、私たちはジャングル型ダンジョンを攻略したのですが、その疲労があったのか、思っていたよりも疲れていたので一日完全休養を取ることになりました。

 と、言っても部屋でダラダラ寝ているのも性に合わない私たちは、全員朝からそれぞれの休日を楽しみに出かけました。


 マリュはジャングルウルフとの戦いを忘れないうちに、冒険者用の修練場に向かいました。

 エルちゃんは解体士の師匠のもとへ出向き、新たな解体のやり方を学ぶとか。

 そして私は──休息を大事にするほうなので、釣りに出かけることにしました。

 海釣りは依頼でやったので、今回は川釣りに挑戦したいと思います。


 場所はマトマの街からほど近い、街道沿いの森を少し進んだ先にある清流で有名な川。名前はそのまま『マトマ・リバー』というらしいです。

 みんな「あの川」とか「あそこの川」としか呼ばないので、名前が本当かどうかは知りません。

 とにかく、その川で釣りをすることにしました。

 川にはアユやヤマメといった川魚が豊富に棲息しているので、私のお腹も満たされることでしょう。

 ちなみにアユやヤマメは東方の地で呼ばれているものがそのままこちらでも定着したようで。

 マトマの街がまだ村に近かったころ、違う名前もあったそうですが、今は関係ありません。


 ということで、釣り場にやってきた私はさっそく川の手ごろな石をひっくり返して餌になるワームをゲットします。


 美味しいモノを食べるためなら、虫を触ることも辞さない。

 それが私の矜持です。

 手の中でウネウネ動くのは正直ちょっと気持ち悪いですが。


 まあ、そんなこんなで釣り開始です。

 手ごろな岩に座り、釣り糸を垂らします。

 狙い目は足元の、岩の陰になっているところ辺り。

 こちらの姿が見えず、警戒心が薄くなっている魚を狙います。

 あとは待ちます。それだけ。


 清流の近くなので、風が涼しくて心地よいです。

 よく晴れた日で、森の葉擦れの音や鳥の鳴き声が耳を癒します。

 ぐぅ~。

 ……お腹の虫の声はご愛敬ということで。


 水の流れる音に身を任せていると、せわしなかった日々の疲れが取れていく。

 ときおり、魚の跳ねる音が耳を打つ。

 どうしても強張ってしまう筋肉がほぐれていく感覚に、深く息が漏れていきました。


 ただ、釣り糸を垂らして待つ。

 それだけの行為なのに、肩の力が抜けていくのを感じました。


 ピクッ、と、竿の先端がしなりました。

 ここで慌ててはいけません。まだ、餌をつつかれただけでしょう。

 クンッ、クンッ、と少しずつ竿のしなりが強く、感覚が短くなっていきます。


 竿を握る手は柔らかく、目を閉じて指先を竿に集中します。

 この集中は、ゴブリンなどの魔物に斬りかかるときの感じによく似ている気がします。

 限りなく無に近く、ただその一瞬にかけている感覚。


「……ッ!!」


 竿がひと際強くしなり、釣り糸ごと水面に引っ張られるような感覚。

 刹那、私は竿を強く握り一気に引き上げます。

 水面が盛り上がったと思った瞬間、サパッ!!と水を散らし、煌めかせながら川魚が躍り出てきました。

 蒼と碧の体躯で光を反射し、自分がなぜ中空にいるのか未だ理解できずにいる表情。


「取ったー!!」


 私は叫び、魚を川岸に上げます。

 暴れるアユを握って押さえ、丁寧に針を抜いていく。

 それから先に用意してあった、いつもアイテムボックスに入っている鍋に水を入れ、その中にアユを放します。


「ふふん、一匹目。幸先良いね」


 経験上、一匹目が比較的早く釣れるとその日はそこそこ連れます。

 そんなわけでさっそく次なる餌を仕掛け、私は再び岩陰に釣り糸を垂らすのでした。


 そしてあっという間に昼になりました。

 持って来た黒パンと塩漬け肉はとっくに食べ終わりました。

 釣果は予想通り、そこそこ釣れて15匹。

 私としてはまあまあのものと言えるでしょう。

 ぐぐぅ~!

 そして腹の虫が限界を訴えてきました。

 黒パンをいくつ入れても、目の前に美味しそうな魚がいては意味がないということでしょう。


 なので、釣りはここまでとします。

 次はいよいよ私お待ちかねの、食事タイムといきましょう!


 私は釣竿をしまい、餌となる虫たちを川へ投げ入れて、魚が入った鍋を持って森に近い川岸へ歩いていきます。

 そこにはすでに焚き火用に石が組まれていて、少し手入れすればすぐに使えるものがあったからです。


 組まれた石を整えて風防を作った私は、道中集めておいた枯れ枝などを空気が通るように重ねておき、そこに火打石で火を点けた燃料キューブを投げ入れる。

 これで火はすぐに燃え出すので、その間に魚の内臓わた抜きをしておきます。

 アイテムボックスから取り出したまな板と包丁でサクサクッとワタを取り出し、石で作った小さな囲いの中に入れていきます。

 これはあとで川に投げ入れて廃棄します。

 ワタを取った魚たちは塩や香辛料を振りかけたあと、少しだけ身体を折りたたむようにして、持って来た木串で突き刺します。

 あとはこれを風防付き焚火が当たるように地面に突き刺せば、焼き上がるのを待つだけとなります。


「ふー……準備完了」


 食べ物に関して気が早い私は焼き上がりを楽しみに待ってました。

 すると、背後の森からなにやらガサゴソと木々を揺らすような音がしてくるではないですか。

 風の音でもない。“何か”が低木や藪を掻き分けながらこちらへ向かってくる音でした。


「ギギッ!」


 そして現れたのは小規模なゴブリンの群れでした。

 全部で六匹ほどでしょうか。

 森や川がダンジョン化していないので、大方どこかのダンジョンから流れ出た群れでしょう。


「……はぁ」


 私は思わずため息を漏らしました。

 食べられる魔物や動物ならテンションがあがったものを。

 ゴブリンは食べる場所が少ないし、美味しくないので嫌いです。


「ゲギャギャッ!」

「ゲギャッ! ゲギャッ!」


 しかも困ったことにゴブリンたちは私と魚を見て、嬉しそうに笑い声を上げました。

 私が単独だから舐めているでしょう。

 普通の釣り人だったなら悲鳴をあげているかもしれませんが、私はこれでも冒険者です。

 もうすぐ食事の時間なのでゴブリンたちにはどこかへ行ってもらいましょう。

 逃げるのならば別に追うつもりはありませんでした。

 しかし──。


「ゲギャギャッ! ゲギャッ、ゲギャッ!」


 ゴブリンたちが私を囲むように動くと、そのうちの一匹がいたずら心でしょうか、それとも私に絶望を与えるためでしょうか。

 手のひらに収まる程度の石を拾って、焼き串の一つに当てました。

 パタンと焚火の中に倒れ、急激に焦げていく川魚。


「ゲギャギャギャギャ!」


 ゴブリンたちが楽しそうに笑います。

 普通の人なら恐怖を感じることでしょう。

 恐ろしい笑い声でした。

 しかし、それはあくまでも戦闘能力を持たない普通の人の場合です。


「…………は?」

「……ゲギャ?」


 私は気づいたら剣を抜いていました。

 この瞬間までは、剣を軽く振って逃げてくれるようだったら追わないつもりでした。

 しかし彼らはやってしまったのです。

 彼らは、私の、最も楽しみで最高な食事の時間を邪魔しました。

 それだけにとどまらず、食事の一つを台無しにしたのです。


「美味しいものを一番美味しいタイミングで食べたかったんだ、私は。せっかくの休日だから、最高のタイミングで、たくさんの川魚を」


 そのときの私を客観的に見たら、きっと黒いオーラが立ち昇っていたことでしょう。


「げ、ゲギャ……?」


 ゴブリンたちが今さらたじろぎます。

 しかしもう遅い。彼らはやってはいけないことをやったのだから。


「ぶっ殺す」


 新米冒険者の私から出てはいけない言葉が出たように思います。

 ですがそんなことを気にしている余裕はありませんでした。

 なぜなら頭にプッツン来てたからです。


「……ふんっ!」

「ギャッ……?」


 一匹目の頭と胴体が離れました。


「はっ!」

「ギャッ!?」

「ゲギャッ!!」


 二匹目、三匹目も同じく首をスパーンとやってやりました。


「おりゃあ!」

「ゲギャ―!」

「ギギャー!」


 袈裟斬り、回転切りで四匹目、五匹目も成敗します。


「ギャギャ―!」


 そして私の魚を台無しにした六匹目が逃げようとします。


「逃がすか!」


 私は釣竿を取り、ブンと振りました。


「ギャギャギャッ!?!」

「ふんはっ!」

「ギャギャ―!」


 ゴブリンの一本釣りに成功です。

 宙に浮いてこちらに飛んでくるゴブリン。

 私は再び剣を取り、構えました。


「食べ物の恨みー!!」

「ギャー!」


 そして最後のゴブリンも頭と胴体がお別れし、ようやく辺りに平和が訪れました。

 私はゴブリンたちの死体を森の中に投げ捨……片づけて魚の方へ急ぎました。


「おぉ、よかった! 無事だった!」


 一匹は残念ながら再起不能の丸焦げでしたが、その他の魚たちはちょうどいい具合に焼けています。

 私は食べてやれなかった魚に黙とうをささげたあと、アイテムボックスから果実酒を取り出し、クピリと一口飲んでから、最初の一匹を取って胴体にかぶりつきました。


「……うぅぅうまぁ……」


 塩味と辛味の効いた、ホクホクとした川魚の味。

 シンプルで素朴だけれども、これもまた一つの頂点の味。

 私は、足をジタバタさせてこの喜びを表現しました。


 最初の一口を終えたあとは、果実酒と串焼きを交互に口に運びます。

 美味しくて手が止まらず、のんびり川でも眺めながら食べようと思っていた私の己を知らない浅はかな計画は、こうして脆くも崩れ去っていくのでした。

 けれど美味しいモノを食べて幸せなのでどうでもいいです。


「はぁ、美味しかった……」


 気づけば魚は消え失せ、串だけが転がっていました。

 それらもすべて焚火に放り込み、ようやくゆっくりと川を眺めながら果実酒をいただきます。


「……釣りも楽しかったし、結果としてよく動いてご飯も美味しかったし、良い休日だった」


 私は後片付けをして、帰る支度をします。

 内臓を川に捨て、焚火を砂と川の水で消します。


「こんなものかな……? 何か忘れてるような気がするけど、なんだっけ?」


 私は荷物を背負い、それから思い出そうとしましたが、腹の虫がぐぅーと鳴いたので、それ以上考えることをやめました。


「さて、マリュとエルちゃんはもう終わったかな。一緒に夕ご飯食べたいなぁ。今日はなににしよう」


 そんなことを呟きながら、私は充足した休日を終えるのでした。



 後日、ダンジョン化されていないので土地に吸収されなかったゴブリンの死体を見て、他の釣り人が腰を抜かすのはまた別のお話。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・川魚×14

・果実酒×適量

・黒パン×5

・塩漬け肉×1

読んでいただきありがとうございます!

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ではまた次回のグルメシでお会いしましょう!

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