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21品目 チョコリータとジャングル土産

「おー! 待っていたぞ、冒険者さんたち!」

「どーもー。無事帰ってきました」


 昼半ばになったころ、ジャングルから無事に帰還したミチたちを、集落の人々は諸手を上げて歓迎した。

 村長を中心にミチたちを囲み、三人が取り出したバーナの実に歓声を上げる。


「こんなにたっぷり採ってきてくれたのか! こりゃすごい。今日は祭りだな! はっはっは!」


 大量のバーナの実、カックオの実、ディオディオの葉を村人たちが受け取り、さっそく調理場や倉庫に運んでいく。


「ふぃ~、とりあえずこれで最後だよ」

「ありがとうお姉ちゃんたち!」

「どーいたしまして」


 マリュからバーナの実を受け取った少女が倉庫へと走っていく。

 それを見届けてから、村長が改めてミチたちに頭を下げた。


「……本当に助かった。ありがとう」

「いやいや、頭をあげてください。これが私たちの仕事なんで」

「それでもだ。ここはごらんの通り、小さな集落だ。行商人が好んで来る場所でもない。だから、食料が採れなくなると街よりも遥かに死活問題でな。だから、あんたらは命の恩人だ。頭ぐらい下げさせてくれ」


 村長はそう言って深々と頭を下げたあと、一転してカラッとした笑顔を見せる。


「ということわけでだ。あんたらすぐには帰らないだろう? 村人たちに料理の準備をさせている。せめてもの礼だ。うちの村の美味しい料理、ぜひとも食べていってくれ!」

「ぜひ!!」


 ミチが即答する。

 もちろんマリュとエルもすぐあとに追随した。


「よし、今日はこのまま客人のもてなしだ!」

「おー!」


 村長の言葉に反応して、村人たちが楽しそうに声を上げた。


「村長さん、私、みんなが料理するところ見たいんだけどいい?」

「ああ、もちろん構わない。中央にある調理場で火を扱う者たちが集まっている場所があるから、そこへ行くといい」

「あ、じゃあアタシは下ごしらえを手伝いたいっす」

「下ごしらえ? いや、しかし客人を手伝わせるわけには」

「アタシ、解体士なので、バーナの実やカックオの実の切り方を知りたいんすよ」

「なるほど、そういうことか。なら歓迎しよう。あそこの水場が見えるか? あそこで殻向きなどを担当する者たちがいる。仕事内容はあいつらに聞いてくれ」

「了解っす!」


 ミチとエルがそれぞれ調理場へ向かい、火と水を扱う場所で別れる。

 マリュはそんな二人を見つつ、調理場から離れて槍や弓の手入れを行う一団を発見した。


「村長、あれってこの集落の狩人たち?」

「ああ、そうだ。魔物が出たせいでしばらく動けなかったからな。明日からの狩りに備えて入念に手入れしているところだ」

「もしかしてこのあと試しで動いたりする?」

「うん? そうだな、あんたたち冒険者ほどの訓練じゃないだろうが、少しぐらいなら得物の具合を確認するために動くだろう」

「へえ。じゃあ私はそっちに参加させてもらおう」


 そう言うと、マリュもパッとその場を離れて狩人の一団に話しかけていく。


「なんとまあ。せわしないというか、これが冒険者と呼ばれる人間の体力か」


 村長が呆れたように笑みを浮かべる。

 ジャングルで一晩明かし、ジャングルウルフとも戦ったと話していた。

 疲労も多少は見えていたが、それでも三人は何事もなかったかのようにそれぞれ興味のあるところへ向かった。

 その体力は無尽蔵とはいかないだろうが、普通の集落の人間たちを驚かせるには充分だった。


「……まあ、必要になるかもしれんし、客人用のベッドだけでも用意しておくか」


 村長はそう呟き、集落の中で一番大きな家へと戻っていくのだった。


「へえ、こうやって作るんだ。バーナの実とあんまり変わらないんだね」


 調理場に加わったミチは、壮年の女性が手際よくカックオの実をすり潰していくのを眺めていた。


「そうそう。木の実は基本的に粉にするところからだね。そのままでも食べられるけど、なにせ固いから。サラダにするときも荒くだけど砕くんだよ」

「ほへー……」


 喋りながらも女性は殻剥き組から受け取ったカックオの実をすり鉢に入れて擂粉木すりこぎで細かくすり潰していく。

 石臼もあるが、それだと細かくなりすぎてしまうようで、そちらにはいくつかバーナの実を入れて、力のない子どもたちに挽かせていた。

 バーナの実は粉挽きすると保存期間が延びるので、必要な分以外はこうして粉にするようだ。


「それじゃあ次はサラダ用のものを作ろうかね」

「うんうん、見たい見たい」


 女性はミチの反応に嬉しそうにしながら、すり鉢で粉になったカックオを少量の水が入った鍋に入れる。

 それから火打ち石で薪に火を点けて、鍋を温め始めた。

 後にここへ砂糖を入れて混ぜ合わせる。これが甘い菓子の材料にもなるチョコリータの基本的な作り方だ。


「しばらくするととろみが出てくるんだけど、少しだけ時間がかかるからね。その間にサラダ用に新しいカックオを入れて……」


 すり鉢に新たなカックオの実を入れる。

 擂粉木を軽く打ちおろして叩き、実を割り砕いていく。


「本当に粗い感じなんだね」

「ディオディオの葉と合わせたサラダにはこれぐらいがちょうどいいんさね。粉にしちゃうと甘くなりすぎて、サラダに合わなくなるんだよ」

「へー、そういうこともあるのかー」


 言いながら、ミチは女性の手つきを見様見真似でやってみる。

 そこへ別の女性がディオディオの葉を刻んだものを持って来たので、それをすり鉢に入れ、軽く手で混ぜる。


「ほら、味見してみな」

「わーい」


 ミチは細かく刻んだ葉と小さくなった実を絡めたシンプルなサラダを手のひらに乗せてもらい、口に運ぶ。


「あ、ちょっと苦みにクセがあるけど……美味しい」

「だろう? これにうちの村特製のドレッシングをかけると絶品なんだ」

「ドレッシングまであるの?」

「もちろん。完成したあとを楽しみにしてな」

「うんうん! すでに楽しみ!」


 子どもみたいに無邪気にはしゃぐミチの姿に、調理場では笑い声が上がる。

 それからミチは、複数の木の実を合わせたドレッシングづくりやカックオの実をペースト状にしたチョコリータ、そして本場のバーナンの作り方などを見学して、充実した時間を過ごした。

 エルも殻剥きに加わることによってカックオやバーナの効率の良い剥き方がわかったということで喜んでいた。

 マリュは集落の狩人たちと仲よくなり、冒険者がダメになったらうちの集落に来いとまで言われていた。恐るべしコミュ力である。


「さあさあ、待たせたな。食べてくれ客人たち」


 そして夕方に差し掛かるころ、ミチたちは村長の家に招待されて食卓を囲んでいた。

 ミチたち以外にも、集落の代表として村長の他にも何人か食卓に招かれている。

 外では焚火を囲み、すでに村人たちが宴会を始めているので、ミチたちも早く食べたくてそわそわしていた。


「あんたたちのおかげでこの集落、村は生き延びることができた。感謝する。では、ジャングルの恵みに感謝して食事を始めよう。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 果実酒が注がれたグラスを掲げて乾杯し、いよいよ食事が始まる。


「うわ……ドレッシングありだと、もっと美味しくなる……」


 カックオの実とディオディオの葉を使ったサラダを一口食べた瞬間、その美味しさに堪らずミチは唸った。


「ふっふっふ、最高だろう? 美味いだけじゃなくて栄養もたっぷり。これを食べてれば風邪知らずだよ」


 調理場でミチに料理を教えていた女性も参加していた。

 彼女は調理場を仕切る立場で、村長と同等の発言権を持つらしいとさきほど知らされた。


「本当に美味しい。止まらない」


 ミチがジャクジャク、ポリポリとサラダを食べていると、横からマリュがツンツンと肘で押してくる。


「どしたの?」

「バーナンがもう最高に美味しい。私たちが作ったものより上だよ」

「ホントに? どれ……」


 ミチは勧められるままバーナンを取り、口に運ぶ。

 そして天を仰いだ。


「うまぁ……」


 粉の細かさの違いか、火力の違いか、まるでパンのようにふっくらとしたバーナンは、噛むともっちりしてるのに、口の中でふわっと溶けていく。

 さらに集落独自の作り方で、中に木の実を砕いたものを入れているから違う食感も楽しめる。

 そこにカックオの実から作ったチョコリータを浸して食べると、別次元の美味さにミチは唸り、足をジタバタとさせた。

 濃い甘味はスイーツのようだが、ちゃんと主食としても機能している。

 不可思議な感覚に驚いていると、再びサラダを食べたエルが「味が変わって、また美味しくなってるっすー!」と叫んだ。


「ホントにっ?!」


 ミチも急いでサラダを食べる。

 そしてチョコリータの甘味とカックオの実の苦みが混じることによって、口の中に新たな美味しさが創造される。


「すごい、すごいよジャングル料理!」

「楽しんでいただけてるようでなによりだ」


 ミチたちがあまりに美味しそうに食べるものだから、村長たちは手を止めてその光景を嬉しそうに眺めていた。


 それからしばらくして──。

 いつまで経っても止まる気配のない三人の手にようやく危機感を募らせて、村長を始めとした村人たちは自分の分の料理を確保し始めた。


 我々は冒険者という生き物を舐めていた。

 空腹時のグリーンベアより恐ろしいかもしれん。

 とは、村長の言葉である。


「……はぁ~、美味しかった~」

「ごちそうさまでした」

「もう食べられないっす~」

「……や、やっと食べ終わったか」


 余らせる前提で出した皿がすべて空になっていた。

 村長は苦笑し、調理場の女性は「若い子はよく食べるねー」とゲラゲラ大笑いしていた。


「ああ、今日はもう帰りたくない」

「でもそろそろ出発しないと野営場所立てるの遅くなるっすよ」

「動きたくない~」


 駄々をこねるミチとマリュをエルが引っ張ろうとする横で、村長が一つ提案をする。


「だったら、一晩泊まっていくといい」

「いいんすか? ご迷惑じゃ……」

「ああ、いい。いい。もとよりそのつもりで、客人用の部屋にベッドを敷いてある。街にあるような立派なものじゃないがな」


 そう言って立ち上がった村長の案内で、ミチたちは部屋に通される。


「なんだかんだ体力はあるが、さすがに疲れただろう。今日はここでゆっくり休むといい」

「うわー、やったー!」

「あ、マリュさんずるいっす! 自分も!」

「やれやれ、二人とも子どもなんだから」


 などと言いながら、三人は藁が敷かれた簡易ベッドに飛び込む。

 その様子を苦笑しつつも暖かい目で見ていた村長は、ランタンに明かりを灯す。


「それじゃあゆっくり休んでくれ。トイレも洗面所も正面の扉にあるからな」

「何から何までありがとうー村長さん」

「助か……る……ぐぅ……」

「もう寝ちゃったっすか?! マリュさん、早すぎっす!?」


 そんなことを言って騒ぐ三人の邪魔にならないよう、村長はそっと部屋を出る。


「そんなこと言って、エルちゃんも眠くなってきたんじゃ……ない、の……」

「アタシよりもミチさんのほうがっ……って」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「もう寝てるっす。冒険者に必要な資質とはいえ、二人はすごいっす。でも、火の番をしなくていいのはアタシも助かるっす……ふぁ~あ」


 なんだかんだと言いながら、エルも張り詰めていた緊張の最後の糸がほどけたようで、瞼が重くなってくる。

 火の番もいらず、ふかふかな藁のベッドの上で、三人は幸せな睡眠をとるのだった。


 翌朝──。


「いやー、お世話になりました」

「朝食をあんだけ食べられればもう疲れは大丈夫そうだな」

「おかげさまで。てへへへ」


 起きてすぐに一人三人前のバーナンとチョコリータを食べたミチたちは、集落の入り口にいた。

 見送りの村長たちの他に、行商人の恰好をした集落の若者が五人ほどいる。


「それじゃあ、これを頼む」

「はい、確かに受け取りました」


 村長から大量のバーナの実が入ったアイテムボックスを受け取るミチたち。

 最初はお土産かとワクワクしたが、それは街に売りに行く品物だった。

 行商人の五人も同じくバーナの実を大量に入れたアイテムボックスを持っている。

 ミチたちが起きるよりも先に集落の狩人たちが採ってきたものだった。


「報酬は街についたとき、彼らからもらってくれ。それではまた、あんたらに会えることを楽しみにしてるよ」

「こちらこそ!」


 ミチたちは村長と固い握手を交わし、ようやく集落から出発する。

 行商人五人は気の良い青年たちばかりだった。道中は特に魔物に遭遇することなく、比較的安全な旅路となった。

 マトマの街には朝に出発して昼半ばに到着した。


「すごい場所だったなぁ」


 ミチがポツリとつぶやく。

 ダンジョンから帰ってくるといつも思う。

 街からそう遠くない場所にあれだけ様相の違う土地が広がっている。

 そんな未知の場所を開拓する冒険者をやっていることに、何度もワクワクする。

 これからも、もっと美味しい魔物に遭遇できると思うとさらに心が躍る。


「じゃあ、僕らはこれで。ありがとうございました」

「こちらこそ! 帰りは気を付けてね」


 街の検問を抜けたあと、ミチたちは行商人組と別れることになった。

 バーナの実がたくさん入ったアイテムボックスを、名残惜しみながら渡す。


「これが今回の報酬と、それからこれを」


 行商人のリーダーが報酬の銀貨の他に、両手で抱えるほどの箱を手渡してくる。


「これは?」

「バーナの実です。三人ともお好きだったようなので」


 ミチたちは顔を見合わせ、それから声を揃えて歓声を上げた。


「ありがとうございます!」

「こちらのセリフです。ではまた。それまで、お元気で」


 そして三人は行商人たちと別れ、さっそく箱を開けて中身を確認する。

 そこには香しい匂いを漂わせるバーナの実。


「きゃっほーい! 今日もバーナンパーティーだ!」


 それからミチたちは冒険者ギルドに報告に行きつつ、宿舎のミチの部屋で都合三度目となるバーナンパーティーを開くのであった。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・バーナン×たくさん

・カックオとディオディオのサラダ×たくさん

・木の実のドレッシング

・チョコリータ×たくさん

読んでいただきありがとうございます!

良ければ↓の評価ボタンとブックマークなどしていただけると励みになりますのでよろしくお願いいたします。

では、また次回のグルメシで!

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