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20品目 ジャングルウルフとカックオの実

「よし、そろそろ出発しようか」

「うい~」

「はいっす!」


 ジャングル型ダンジョン『デレ・セレージオ』で夜を明かした翌日。

 ミチたちはバーナンとフリーズドライと香辛料をお湯に溶かしたスープで簡単に朝食を取ると、荷物をまとめて出発の準備を終える。

 簡易テントは別の冒険者がやってきたときのため、そのままにしておくことにした。


「やっぱりダンジョン化は収まってないね~」


 マリュが言って、辺りを見回す。

 鬱蒼と生い茂る木々。蒸し暑く、空気にも質量があるように、息をするだけでなんだか重く感じる。

 ジャングルという場所だけではない、ダンジョン化が沈静化していない独特の雰囲気があった。


「ゴブリンがまだいるとか?」

「いや、それなら昨日の集団で群れてるでしょ。そんなに群れ同士で敵対する種族でもないし」

「ダンジョン化の規模を考えるに、他にも群れがいるぐらい大規模なら、正直アタシたちは呼ばれない気がするっす」

「そうだよねー」


 話しながらまとめた荷物を持って来た道を戻る。

 集落の狩人たちが付けた目印が至る所にあるので、道に迷うことはないが、ダンジョン化が治まっていないことが問題だ。

 このまま帰ればとりあえずしばらくの食料には困らないだろうけれど、それでは根本的な解決にはならない。

 集落に人間が自分たちで食料を採れるようにならなければ、頻繁に冒険者を呼ばなくてはいけなくなるからだ。


「もうちょっと広範囲を探す必要が出てきたけど、とりあえず食料を届けるついでに私たちの物資も補給しに行こう」

「うん。それがいいと思う。依頼にはゴブリンだけってことだったけど、もし私たちの手に負えない魔物がいたら、もっと高ランクの冒険者を呼ばないと」

「お二人の手に負えないって、どれぐらいなんすか?」


 エルの質問にマリュが顎を手でさすって考える。


「そうだなぁ。ジャングル型だと、ダークグリーンベアとかジャイアントサーペント、ブラックジャガーとかはヤバイね。あんなのが出てきたらベテラン冒険者たちを呼ばないと絶対に対処不可能。もっとジャングルの中心部、深層にいると思うからまず出てこないと思うけど」

「でもさ、美味しそうだねそいつら」

「……サーペントなんて一匹討伐できたら近隣の村で三週間はお祭りが開けるよ。まあ、ミチなら食べそうだけど」

「一匹で足りるといいっすけど」

「マリュ? エルちゃん?」


 なんてくだらないことを話していると、先頭を歩いていたマリュが立ち止まり、右手を横に広げてミチとエルも立ち止まらせる。

 何かがある合図だ。


「……マリュ、いた」


 ミチは不意に視線を感じて顔を上げ、正面の大木の枝、そこに保護色のような体毛で全身を覆った狼種の魔物がいた。


「ジャングルウルフ……!」


 ミチたちが気づいたと知るや、魔物ジャングルウルフは枝の上で四肢を伸ばし、鋭い目つきでこちらを見下ろしてきた。


「うわ、まずいな、これ」


 ミチが思わず呻く。

 ジャングルウルフは基本的に群れで行動する。

 今回もそうだった。

 最初に一匹が臨戦態勢に入ったあと、その背後の枝で次々にジャングルウルフが立ち上がる。

 総勢10匹の群れだ。決して新人や経験の浅い冒険者に任せる依頼ではない。


「高所に生えるカックオの実をゴブリンが食べてたからおかしいと思ってたんだ」


 ジャングルウルフたちのいる大木はカックオの木と呼ばれていて、その実はカックオの実として市場に出回っている。

 外皮は硬く楕円形をしていて、殻を割ると中から苦みの強い果実が出てくる。それを煮て砂糖を加えると、チョコリータと呼ばれる甘味が生まれる。

 しかしその甘味を好むのは人間だけで、ジャングルウルフたちのような魔物はその苦みを好んで食べる。

 そしてジャングルウルフはゴブリンと同じく雑食だ。

 オルラクはもちろん、人間も襲う。

 放置していい魔物ではないが、危険度や討伐推奨ランクで言えば、ミチたちよりも上だ。


「そろそろ来るかな。エルちゃん、私たちに万が一のことがあったら、集落に逃げて助けを呼んでくれる?」

「逃げるってそんな……」

「万が一だよ。誰もジャングルウルフがいることを知らないで来るよりは、知っている人間が一人でも生還したほうがいい。情報っていうのは時に命より大事なんだ」

「……ミチ、来るよ」

「わかった」


 マリュの言葉と同時、ジャングルウルフたちが大木の枝から飛び降りてくる。

 最初に一匹などはマリュに向かってそのまま牙を突き立てようとした。


「ギャウッ!?」

「ちっ、浅いか」


 マリュがショートソードを振ってジャングルウルフを迎撃したが、微かに血を滴らせる程度にとどまった。

 ジャングルウルフはわずかに距離を取りながら、円を描くようにミチたちを囲もうとする。


「エルちゃん、私の後ろに!」

「は、はいっす!」


 ミチはマリュとアイコンタクトで連携して、ジャングルウルフたちに円を作らせないようにショートソードを振って牽制する。

 囲まれないように立ち回りながら、隙あらば近づこうとするヤツに盾を向けたり、剣先を向けて遠ざける。


「ウォオオオオッ!」


 痺れを切らした一匹が突っ込んでくる。

 しかしミチは冷静に盾で牙を受け止め、横からジャングルウルフの首に剣を突き立てる。


「ガッ、ガ……」


 血を吐き、痙攣しながら一匹が地面に落ちて死ぬ。

 ミチは剣の血を払って、すぐに盾を構え直す。


「ヴォオオオオッ!!」

「……くっ!?」


 マリュの元に三匹のジャングルウルフが突進する。

 二匹は斬り捨てることができたが、三匹目の牙がマリュの腕に傷をつくる。

 軽傷だが、滴った血にジャングルウルフたちが明らかに興奮したような動きを見せた。


「ヴォオオオオッ! グルルル……」


 奥にいた一匹の叫びに合わせて、残ったジャングルウルフが三匹ずつに分かれる。

 そしてミチとマリュをそれぞれ三匹が付かず離れずの距離で動き、牽制し始める。


「ミチ!」

「わかってる、けど……」


 命令を出したような動きをした一匹が、ミチでもマリュでもなくエルを見ていた。

 その目は獲物の弱点部位を見つけた悦びに歪められている。


「どうしたら……」


 ジャングルウルフたちがじりじりと距離を詰めてくる。

 このまま同時に襲われたら、ミチもマリュもエルを守りきる自信がない。

 頭を必死に働かせるが、打開策が見つからない。

 そのときだった。


「た、ただでは食べられてあげないっすよ!」


 エルが叫んだと思ったら、ビュッと風切り音がした。

 直後、鈍い音がして何かが地面に落下する。


「ギャンッ!?」


 その何かは命令していたジャングルウルフの頭部に当たり、ジャングルウルフを昏倒させる。


「二人とも!」

「あ、うん!」

「ナイス! エル!」


 エルの言葉にハッとした二人が、戸惑っているジャングルウルフに攻撃を仕掛ける。


「ギャンッ!?」

「ギャワッ!」

「ギャインッ!?」


 リーダーのジャングルウルフを見ていた奴らは一瞬で斬り捨てた。

 マリュは二刀流なので一気に二匹片づけたあと、距離を取ろうとした残りの一匹にショートソードを投げて額に突き刺した。


 ミチは一匹を斬り捨て、二匹目は盾でぶん殴った。

 反応して襲いかかってこようとした三匹目を避け、無防備になった胴体を叩き切る。

 殴って気絶させた二匹目にとどめを刺したあと、マリュとエルに目で合図してリーダーウルフのもとへ向かった。


「うわぁ、これは痛そうだわ」


 昏倒したジャングルウルフの傍らにはカックオの実が落ちていた。

 硬い外皮を纏い、高所になる実だ。

 それがただ落下しただけで十分な凶器となる。


「よっ、と……」


 マリュがとどめを刺して少しの間待つと、ジャングルの空気がわずかに清浄さを取り戻し始めた。

 ミチたち三人は急いでジャングルウルフを討伐した証である右耳を切り取ると、それを待っていたかのようにジャングルウルフたちの身体が土に還っていく。

 と、同時に、蒸し暑さや気候はそのままだが、空気の重みが多少和らいだ。


「ダンジョンの鎮静化、達成~」


 マリュが右手を上げて喜びを露わにする。

 その腕から、少しだけ血が垂れていた。


「おわわ! 血が出てるっすよ! 手当するっす!」


 エルが慌てて叫び、荷物の中から魔術師組合産の包帯と軟膏、それから消毒液を取り出す。


「これぐらいなら唾でもつけておけば治るよ」

「汚いっす! ばっちぃっす! ジャングルは病原菌もいっぱいっすよ! ちゃんと手当てするっす!」

「……わかったよ~」


 エルの勢いに押されてマリュが素直に負傷した手を出す。

 手際よく手当てしていくエルを見ながら、ミチはその腰に引っ掛けられている道具を見た。


「それにしても、本当にすごかったね。アレ」

「うんうん。ナイスショットだった」

「……いや~、夢中だったんで、よく覚えてないっすけど……」


 エルが使ったのは石や鉄球などを弾にするスリングショットだった。

 ミチとマリュが以前使用したものがアイテムボックスに入っていて、エルはとっさにそれを使ってみせたのだった。


「まさかあんなに上手くいくとは。ともあれ、みんな無事でよかったっす」

「ホントだよー。さすがに死を覚悟したよね」

「私は余裕だった」

「嘘つけ」


 そんなことを話しながら笑いあったあと、ミチは改めてカックオの木を見上げる。


「ねえ、カックオの実ってさ。チョコリータにしてバーナンと合わせても美味しいよね」

「そうっすね。昔師匠が買ってくれたことがあったっすけど、お菓子みたいで美味しかったっす」

「……まさかミチ」

「そのまさか。これもお土産に採っていこう!」

「やっぱり」


 マリュは呆れた声を出したが、反対はしなかった。

 エルは乗り気で、ミチとともに大量のカックオの実をアイテムボックスに詰め込んだ。


 そうして三人はピンチを乗り越え、お土産をたくさん抱えながら、なんとかジャングル型ダンジョン『デレ・セレージオ』を鎮静化させることに成功したのであった。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・バーナン×3

・フリーズドライの野菜スープ×3

・香辛料 適量

読んでくださり、ありがとうございます!

良ければ↓の評価ボタンとブックマークなどしていただけると励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

では、また次回のグルメシで!

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