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19品目 バーナの実とオルラクのローススープ

 鬱蒼とした木々が生えるジャングル型ダンジョン『デレ・セレージオ』。

 そこの一角で、ミチたちパーティーはせっせと簡易セーフエリア作りに励んでいた。


「じゃああとはマリュ、掃除と葉っぱ敷きをお願い」

「りょうかーい」


 ここに巣くっていたゴブリンたちが使っていた巣を改良し、木の骨組みをミチたちでも使える大きさに整えた。

 とはいっても、木材と幅広の葉で作る、前方だけを開けた箱みたいな簡素な見た目だ。

 雨風は最低限しのげるので、冒険者であるミチたちにとっては十分なものだった。

 むしろ他のベテランたちからすれば“整えすぎ”と評されるレベルだったりする。

 しかしミチたちは満足しているので、やはり問題はないのである。


「エルちゃん、オルラクはどう?」

「これなら全然いけるっすよ。頭は落として、そこの小川で洗うっす」

「オッケー、よろしくね」


 オルラクは鹿の一種だ。

 体躯は他の種と比べて目立って大きいわけではなく、ジャングルを住処にし、普段は樹上で生活しているため足が細く長い。

 草食動物で樹上の葉や木の芽、果実を食べているため、その身はしなやかで引き締まっている。

 基本は鹿なので解体の仕方も、食べられる部位もほぼ同じだ。

 しかしジャングル産の鹿肉は、あまり市場に出回らない。

 実際ミチも珍しい肉として一度食したことがあるだけだ。

 エルにはちょっと澄まして対応してみたが、心の中ではほぼ未知である鹿肉によだれが垂れまくりである。

 しかも自分の手で調理する。自分好みの味にできる。


「あー、楽しみ!」


 思わず口にしつつ、ミチはミチで黙々とバーナの実とディオディオの葉を収穫していく。

 バーナの実は低木のバーナの木の先端に生える実で、栄養価が高く、硬い外皮を剥くと、柔らかくて甘い、白っぽい実が顔を出す。

 甘さは素朴で、デザートにも使えるが、潰してペースト状にし、小麦粉などを混ぜて焼き、主食にするほうが一般的だ。

 パンよりも平たいが、よりモチモチとした食感になって美味しいのだ。


 そしてこのひと手間が面倒なときは、ディオディオの葉の出番となる。

 バーナの木の近くに生える多葉樹と呼ばれるディオディオから採取できる葉っぱだ。

 つるっとした舌ざわりで、味はキャベッジによく似ている。

 そのまま食べてもサラダとしていいのだが、バーナの実を包んで焼くと、食感がパリパリに様変わりする。

 まるでフェスのときに出されるクレープのような食感で、近くに住む集落の人々はこれらを主食にしているらしい。

 説明はできるものの、オルラク同様ほとんど食べたことがない。

 だからミチはこちらもすごく楽しみにしているのだった。


「ミチ、掃除終わったよー」

「ありがとう。じゃあ次は、エルちゃんのところ行って水汲んできて」

「おっけー」


 掃除を終えたマリュは、アイテムボックスに入れていた大きな鍋を取り出し、近くの小川へ向かう。

 それを見送りつつ、ミチは焚火の用意を始める。

 簡易テントの前に、マリュが整えてくれたスペースがある。しかも石がかまどの形に三か所ほど組まれていて、ミチは心の中でマリュのこと「神!」と喝采した。


 竈の前に陣取ったミチはまず木製のボウルの中にバーナの実をいくつか詰めて、ショートソードの鞘に清潔な布を巻き、実を押し潰し始める。

 その塊をボウル三つ分作ったあと、ディオディオの葉で蓋をして紐で縛った。

 それから潰していないバーナの実を残り全部取り出して、ディオディオの葉で包んでいく。

 解けないように折り目を付けて固めて、皿の上に大量に積み重ねていく。

 それでも残ったバーナの実とディオディオの葉は明日、集落に持ち帰る分なので我慢してアイテムボックスにしまっておく。


「アサルトさんの言葉を信じて、多めに持ってきておいてよかった」


 続いて燃料キューブと火打石で着火し、右端の竈に追加の燃料キューブ四つと共に投げ入れて火を起こした。

 ジャングルは多湿で火を起こすものの確保が難しいから、多めに持って行けとギルドの馴染みの受付嬢アサルトから教えてもらっていたのだ。


「感謝、感謝」


 心の中でアサルトに礼を言いながら、真ん中と左端の竈にも燃料キューブを投入していく。

 竈ごと温まったところで、石組の上にディオディオの葉にバーナの実を包んだ『バーナクレープ』を乗せていく。

 直接火に当てると焼けすぎるので、金網は使わないでおく。


「もってきたぞー」

「アタシも終わったっすー」

「お疲れ二人とも」


 ここでマリュとエルが戻ってくる。

 マリュは大鍋を竈の右端に乗せて、煮沸を始めた。

 エルは解体し、よく洗ったオルラクの肉を持ってきてくれた。

 今日食べない分は保存布で巻いてアイテムボックスに収納する。

 今回はオルラクの背中部分、ロース肉をいただくことにした。


「よし、やりますか!」


 ミチが気合を入れて、真ん中の竈にフライパンを乗せる。

 前回の依頼で残っていたシーオリーブオイルを落とし、熱が通るのを待つ。

 その間にロース肉を大鍋の上で削ぐように切って、沸騰し始める湯の中に落としていく。

 魔術師組合産の野菜フリーズドライを惜しみなく投入し、スパイスマーケット『クロワンヤ』で購入した香辛料をバサバサ入れた。

 オルラクは肉の臭みが強いので、こうして香辛料を使うことが推奨されている。


「マリュ、そのボウル取って。エルちゃん、このスープかき混ぜよろしく」

「はいよ」

「わかったっす!」


 大きな木製の匙をエルに渡し、マリュからボウルを受け取りフライパンの前に立つ。

 ディオディオの葉を外して中身を手で掻きだし、フライパンに落とした。

 ジュウ……!と美味しそうな音が弾け、ペースト状にしたバーナの実が焼けていく。


「いい匂いっす~」

「……じゅるり」


 エルとマリュがかき混ぜているオルラクスープに蕩けそうな顔をしていた。

 ミチもミチで、ふんわり漂うバーナの実のペーストにして焼く通称『バーナン』に喉を鳴らす。


「早く食べたい~」


 言いながら、バーナクレープの前後や上下を入れ替えて火の当たり具合を調節する。

 焦って生焼けのまま食べるなどといったミスだけは犯したくない。

 食に対する強い気持ちが、ミチを必死に奮い立たせる。

 本当は今すぐ貪りたい。味見とか言ってクレープを一個丸々食べたい。

 しかしそれをやったら、最高の美味が逃げてしまう。

 過去に何度かやって失敗しているからこそわかる。

 だからこそミチは耐えつつ、三人分のバーナンを作り続けた。


 そして十分後。

 三人分のバーナンがふんわり焼き上がると同時、バーナクレープ、オルラクのスープも出来上がった。


「できたぞー!」

「「うおぉっ!」」


 新米?冒険者たちの勇ましい声が上がる。

 料理に使った燃料キューブはすぐさま中央の竈に集められ、焚火として利用された。

 すでにフライパンは下ろされ、それぞれの皿にバーナンとバーナクレープが置かれている。

 オルラクのスープはミチとマリュのアイコンタクトの末、エルに注いでもらうことにした。

 大皿をよそうことにおいて、一番信頼できるのはエルだったからだ。

 ミチに至っては自分すら信用できない。


「私ね、下手したらおなか空きすぎて二人にはスープ皿一杯分で、自分用って言って大鍋独占するかもしれないから」

「それはもう食の化け物なのよ。でも実は私も……」

「わかったっす! アタシがよそうから大人しく待ってるっす!」


 そんなこんなのやり取りを経て、土の上に敷いただけの葉っぱに座り、輪になった三人の前に美味しそうなジャングルダンジョンのメシが並んだ。


「美味しそう!」

「早く! 早く食べよう!」

「よし、せーの……!」


「「「いただきます!!」」」


 三人は声を揃えて祈りの言葉を言い放ち、まずはバーナクレープにかぶりつく。

 ザクッ、と音がして、まずは焼いたディオディオの葉の香ばしい匂いが鼻を抜ける。

 直後、ホクホクのバーナの実が口いっぱいに広がって、三人は下を向いて無言になる。


「…………!!」


 とてつもなく美味かった。

 自然の甘さがこれでもかと味わわされ、言葉すら出ない。

 三人はそれぞれ飲みこんだあと、互いの目を無言で見て、それから再びバーナクレープを頬張った。

 ジャク、ジャク、モク、ザク、と七変化する食感がまた堪らない。

 バーナクレープは別名調味料入らずと言われているらしいが、ミチたちはその意味を己の舌で理解した。


「はぁあああ……お、美味しい……こんな美味しいものがジャングルにあったなんて」

「そりゃあ市場になかなか出ないわけだよ。自分たちで食べちゃうってこんなの」

「……うまいっす」


 三者三様に感動しつつ、続けてオルラクのスープに手が伸びた。

 それぞれ、まずは一口スープを啜る。

 そして再び悶絶した。


「……う、まぁ……なにこれなにこれ……美味しすぎじゃない? オルラクってジャーキーしか食べたことなかったけど、こんなにダシとコクが出るの? すごぉ……」


 ミチは食べながら驚愕し、そして匙をスープと己の口を往復させる。

 普段樹上を生活圏とする草食獣であるオルラクの肉は歯ごたえがすごかった。

 しかし全然不快ではない。むしろ噛むほどに味が染み出て、その美味さに舌を始めとした五感が歓喜する。

 フリーズドライの野菜と香辛料を惜しみなく投入したのも正解だった。

 どちらの旨味もオルラクの肉をサポートし、良さを最大限に引き出している。

 もちろん街に持って帰ればもっと上手く料理する人はいるが、ここ『デレ・セレージオ』においてはこれが正解だった。


「蒸し暑くてちょっとスープは……と思ってしまった過去のアタシを殴りたいっす」

「気持ちはわかるからやめてあげな、エル。今幸せを噛みしめてるからいいんだよ」

「そうっすね、マリュさん」


 などと変な方向に感動を味わう二人を横目に、ミチは主食とされるバーナンに手を伸ばす。

 実際、味わったことがあるのは街にやってきて固くなったバーナンを齧った程度。それでもモチモチとして美味しかったのだから、果たして焼きたてだとどうなるのか。

 ミチに先を越されまいと、マリュとエルもバーナンを手に取った。

 そして──。


「──────ぅま」


 口に入れ、喉を通らせたあと、自然と喉の奥から小さな声が漏れ出た。

 もちふわの食感に優しい甘味。単体でもすでに完成している食べ物だった。

 これを常食しているなんていったいどんな贅沢者だ!

 などと理不尽な怒りをぶつけたくなるぐらい美味しかった。

 そして同時に、今さら怒っても仕方ないことだが、これを粗末に適当に食べていたゴブリンたちへの怒りがぶり返す。

 とはいっても、当の本人たちはすでにダンジョンの土の下だ。

 そしてそんな怒りもすぐに消える。

 美味いものを前に、怒りが持続するわけもないのだ。


「私、美味しいもの食べてるときは一番幸せ」

「でしょうね」

「そうだと思うっす」


 二人からの冷静な突っ込みも無視して、ミチは美味しい料理を噛みしめる。

 ああ、なくなってしまう。幸せな時間が終わってしまう。

 そんなことを頭の隅で考えながらも、全力で最後まで食事を楽しむのだった。



「……ふー」

「食べた食べた。おなかいっぱーい」

「もう、入らないっす……」


 大鍋をすっからかんにして、三人はようやくひとごこちついた。

 ミチだけはちょっとアイテムボックスの中身に未練がましい視線を向けたが、そこは一冒険者の矜持として、人様の役に立つことをしようと自制した。偉い。


「さて、あとは明日に備えて早く寝るだけだ。誰が最初に寝る?」

「じゃあ私、最初で」


 マリュが手を上げ、さっそく簡易テントの中に入っていく。

 軽装鎧と武器はそのまま、敷いた葉っぱの上にごろりと横たわる。


「オッケー。じゃあ私とエルちゃんで話でもしてようか」

「そうっすね。二時間交代でお願いするっす」

「あいあーい」


 エルの言葉にマリュはヒラヒラと手を振り、それからすぐに寝息を立て始めた。

 すぐに眠れるのは冒険者にとっては必要な資質だ。

 そして火の番を任せられる仲間も。


「いやー、それにしても美味しかったね」

「そうっすねぇ。アタシ、オルラクを初めて解体したんすけど……」



 そうして、ジャングルの夜は更けていくのだった。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・バーナン×3

・バーナクレープ×12

・オルラクのローススープ×1人5杯

・野菜のフリーズドライ×いっぱい

・香辛料×たくさん

読んでいただきありがとうございます!

今回の料理も食べてみたいと思われましたら↓の評価ボタンやブックマークしていただけると励みになります。

ではまた次回のグルメシで!

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