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17品目 ラクラ貝の怒涛掘り

「よいしょー!」


 浜辺にミチの威勢のいい声が響いた。

 キラーフィッシュの大量発生によるダンジョン化を鎮めた翌日。

 海の家の宿泊施設に泊まらせてもらったミチたち三人は、朝早くから活動を開始していた。


 というのも前日、キラーフィッシュを堪能し終えたミチたちに、海の家の商会長ディダンダから追加の依頼が発生したのだ。

 曰く、海の家で名物のラクラ貝を大量に獲ってほしい。とのこと。

 キラーフィッシュ騒動で客に提供できるほど数が確保できていないらしい。

 追加の報酬と、獲ったラクラ貝をいくらか融通してくれることを条件に、ミチたちは依頼を請け負った。

 ギルドには事後報告という形になるので、一応ポイントになることも確認済みだ。


「よいしょー」


 ということで、ミチとマリュは朝から鉤手と呼ばれる柄の長い大きな熊手を使って、砂を掘り返していた。

 ラクラ貝は海辺に棲息する大きな貝類で、直径50センチほどにもなる。

 身は分厚く、コリコリとした食感と、ふっくらとして歯が沈み込む柔らかい部位がある。

 香辛料やソースともよく馴染むし、異なる食感を一度で楽しめる食材として、海の家では人気の食材だ。


「どっせーい!」


 振り下ろした鉤手が砂に食い込み、新米とはいえ冒険者であるミチの膂力でラクラ貝ごと掘り起こされる。

 キラーフィッシュの件で人々が近寄れなかった分、掘れば掘るだけラクラ貝は姿を現した。


「マリュ、お願い」

「あい~」


 ザクザクとある程度掘り返して、海水を入れたブリキのバケツにラクラ貝を入れていく。

 満杯になったところで、海の家で待つエルの元へ運ぶ。


「はいよ~、エル。追加のラクラ貝~」

「了解っす! 開けていくっす!」


 バケツを受け取ったエルが専用のナイフでラクラ貝をこじ開け、中身を露出させる。

 それを海の家の商会員たちが受け取り、料理用に加工していく。

 生のままで提供されるものは貝をこじ開けず、海水と同じ状態にした水に漬けられる。

 燻製にされるものはさっそく燻製部屋へ運ばれ、その他は料理に使われるべく切られたり焼かれたりする。


 あと二時間もすれば海辺は人で大賑わいとなる。

 キラーフィッシュが討伐され、ダンジョン化が鎮められたという話は昨日の今日ですでに広く知れ渡っている。

 突然のダンジョン化でバカンス中止や船での移動などに足止めを食らった人々が、近隣の宿泊施設に大量に泊まっているのだった。

 ここは人気の海水浴場なので、脅威がなくなったとわかればすぐに人々が殺到するのは想像に難くない。

 なので、ミチとマリュ、エルの三人も急ピッチでラクラ貝を獲って捌いてをしているのだった。


「ミチー、一旦休憩に入っていいってー」

「オッケー、さすがにお腹が空いてきたから助かるよー」


 それから二時間。

 大方の予想通り、海は人でごった返していた。

 浜辺に並ぶ海の家はどこも盛況で、香辛料やソースの匂いが鼻腔を刺激する。

 砂浜を掻く手を止めたミチは、マリュが持ってきてくれた革袋に口をつけ、水を飲んだ。


「エルもディダンダさんの海の家で待ってるよ」

「ラクラ貝は?」


 ミチの質問に、マリュが親指をグッと立てる。


「食べていいって。とりあえず百個、融通してもらった」

「ナイスー!!」


 ミチは喜び、労働の疲れと空腹もお構いなしに海の家へと走り出した。

 もちろんマリュとともに、大量のラクラ貝が入ったバケツを両手に持ちながら。


「ミチさんマリュさん、お帰りっすー!」

「ただいまエルちゃん! 私たちが使っていいラクラ貝はどこ?」

「こちらに用意してあるっす」

「ぉおおおっ!」


 海の家の横に設置された調理場の一角。

 そこで待っていたのは、百個以上あるラクラ貝だった。


「こんなにもらっていいの?」

「いいみたいっす。ディダンダさんが、いつも以上に豊漁だからそのお礼だって」

「いやったー! そうと決まったら調理開始だー!」

「おー……って、ミチ、ラクラ貝調理したことあるの?」


 マリュの質問に、ミチは固まった。


「……ない。でも、大丈夫!」


 そう、ミチはラクラ貝を調理したことがない。

 しかし、事前に海の家の商会員たちからある程度の調理方法や、気を付けることなどを聞いていたので、抜かりはない。

 メモも用意してあるし、海の家の調理を担当する商会員さんにも質問していいとのことだった。


「私を信じてくれる? 二人とも」


 ミチの問いに、マリュとエルが顔を見合わせて笑う。


「「もちろん」」


 それは当然の答えだった。

 このパーティーで料理をするのはミチで、そしてその料理はすべて美味しいときた。

 たとえ失敗したって、残念ではあるがそのときはそのときだ。

 仲間全員で食べて、思い出として消化すればいいだけの話。

 ということで、ミチはマリュとエルが立てた親指に頷き、さっそく調理に入るのだった。


「マリュは火おこしと材料の調達をお願い。使っていい場所三つだったよね? そこ全部使いたい。エルちゃんはこの調味料をもらってきてくれる? もらえなかったものは教えて。なんとかするから」

「了解~」

「わかったっす!」


 調理場の一角でミチが指示を飛ばしつつ、二人にメモを渡す。

 マリュは早速、すでに石が積み上げられてできたかまどに燃料となる藁や小枝を入れていく。これらも海の家商会から提供されたものだ。

 火力はそこまで強くないが、燃料キューブを消費しなくて済むのは正直助かるので、遠慮なく使わせてもらう。

 三つの竈に火が点いたところで、そのうちの一つに底が深いフライパンを置く。もう一つは海の家で貸し出してくれた寸胴鍋。最後は中くらいのスープ用鍋を置く。

 鍋には水をたっぷり入れて、沸騰するまで待つ。

 フライパンの一つには砂浜に自生するシーオリーブで作ったオイルをたっぷり入れる。

 これも海の家の商会からのいただきものだ。


「ほいほい、持ってきたよ~」

「ありがと。ちょっと火を見てて」

「了解~」


 頼んだ材料を持ってきてくれたマリュに火の番を任せ、調理台に立つ。

 まな板と包丁も用意されていたので、ありがたく使わせてもらう。

 まずはガーリックを一つ、淡い青色の海玉ねぎを二個みじん切りにする。

 それから大量にあるラクラ貝を30個ほど取り、中身を取り出しておく。


「ありがと。すぐ終わるからちょっと待ってて」

「あいあい」


 ミチは切った材料をまな板ごと持って竈に戻る。

 刻んだガーリックと海玉ねぎをスープ用鍋に入れて、シーオリーブをかけて炒める。

 匂いが立ったら調理用の白ワインを加えて、酒精を飛ばす。

 一瞬立ち上がるように燃えた火を見て、マリュが楽しそうに歓声を上げる。

 そこに潰した赤く甘い野菜、トマの実と水を入れる。


「煮立ったら教えて」

「はいよー」


 調理台に戻ってきたミチは、ガーリックを刻み、トマの実をボウルの中で潰す。

 ボウル。普段の冒険ではボウルなどは邪魔になるから、なんて便利なんだとミチは感動してしまう。

 そんなボウルを三つに分けて、小麦粉と卵、小麦粉を用意する。

 それから殻を剥いた大量のラクラ貝を用意すると、エルが帰ってきた。


「お待たせしましたっす。メモ通りのもの、全部もらえたっす」

「うひょー、やっぱり太っ腹だねー商会長。ありがたやありがたや」


 ミチはディダンダの代わりにエルを拝んで、受け取った塩と胡椒をさっそく使っていく。

 ラクラ貝にまぶし、身に馴染ませていく。塩と胡椒は消耗品だし、良いものは高級品なので、贅沢に使わせてもらえることが嬉しい。


「煮立ったよー」

「オッケ、今行く。エルちゃん、こいつらにさ、小麦粉くぐらせておいてもらえる?」

「了解っす!」


 間の工程をエルに任せて、煮立った鍋に向かう。

 用意しておいたスープ用のラクラ貝を30個、鍋に加えて再度沸騰するのを待つ。


「もう一回沸騰したら教えて」

「あいー」


 クツクツと音を立て、良い匂いを漂わせる鍋を見つめるマリュの顔はなんだか幸せそうだった。

 そのお腹からグーグー鳴るのはご愛敬だ。

 ミチもエルも同じく鳴っている。


「ミチさん、小麦粉やったっすよ」

「ありがとう。じゃあ次は……」


 小麦粉で白くなったラクラ貝を、次々と卵入りのボウルに沈め、卵液を切ってからパン粉に沈める。その工程をすべてをラクラ貝にやっていると、今度は寸胴鍋が沸騰する。

 ミチは鍋に塩を適量振りかけ、マリュに持ってきてもらっていたパスタを大量に投入する。


「エルちゃん、こっちでパスタ見て」

「はいっす!」

「ミチ、沸騰した」

「了解!」


 スープ用の鍋が沸騰しきるまえに布で取っ手を掴み、調理台に引き上げる。

 それから塩とコショウを加え、味の邪魔にならないハーブを刻んで入れる。


「よし、完成」


 一品目、ラクラ貝のスープ完成。


 しかし作業はまだまだたくさんある。

 続けてミチは空いた竈に底の深いフライパンをもう一つ乗せ、岩塩とガーリック、海玉ねぎと潰したトマの実を加え、シーオリーブオイルでせっせと炒める。

 ミチにつられて二人とも大食いになりつつあるので、炒める量も大量だ。

 昨日と同じくジンジャーペーストも使い、胃袋を刺激する香ばしい匂いを漂わせる。

 色づき始めるぐらいに炒めたら、一旦フライパンを調理台に置く。


 そしていよいよいい感じになったシーオリーブオイルが大量投入された底の深いフライパンに先ほどパン粉までの工程を終えたラクラ貝を入れていく。


 ジュワー!!

 と、とんでもない音を立ててラクラ貝がフライされていく。


「こ、これは耳への暴力だよ。音まで美味しいのは卑怯だよー」


 ミチがよだれを垂らしながら言う。

 マリュとエルも、同じような表情でコクコク頷いていた。

 しかしてすぐに食べるわけにはいかない。

 そうしている間にも次々と調理は進めなくてはいけないのだ。


「うぉー! ラクラ貝、待ってろよー!」


 ミチは叫び、茹でられたパスタを引き上げる。

 それから先ほど調理台に置いたフライパンを竈に戻し、ラクラ貝を投入する。

 調味料とラクラ貝を馴染ませてから、パスタを入れた。

 とんでもない重さのはずだったが、料理となると凄まじい力を発揮するミチは、その重さをものともせずに完璧に材料を混ぜ合わせてみせた。

 そして大きな皿三枚に人数分をわけ、二品目、ラクラ貝のパスタが完成。


 ミチの手は止まらない。

 フライを適宜、調理台と竈の間に橋渡しされた網棚にあげていく。

 下は砂浜なので、シーオリーブオイルを苦も無く吸収してくれる。

 そうしている間にも、新たに生のラクラ貝を開き、白ワインビネガーとリモーネの汁、シーオリーブオイル、塩コショウで作ったソースをかけていく。

 シンプルだが美味しいラクラ貝のマリネだ。


 そして最後のフライを網棚に乗せると、油を切っている間にフライ用のソースを作っていく。

 海玉ねぎと卵を使ったタルタールソース。

 ガーリックや辛粉、香辛料で作るスパイシーソース。

 最後は砂糖とジンジャーペーストなどを合わせたスイートジンジャーソース。

 味見をしたミチは、そのどれも絶対にラクラ貝のフライに合うだろうと確信して、足をジタバタさせた。


「完成だー!」

「いやっほーい!」

「やったっすー!」


 三者三様に喜びを露わにしたミチ、マリュ、エルは、さっそく大量の料理を割り当てられたテーブルの上に置く。

 あまりにも大量だったので六人掛け用のテーブルから皿が少しはみ出していたが、落ちてないから構わない。そんなことよりも三人は早く食べたくて仕方なかった。


「「「いただきます!」」」


 三人の声が重なる。

 そして三人がそれぞれ、食べたいものに手を伸ばした。


 ミチはラクラ貝のマリネを口の中に吸い込み、あまりの美味さに悶絶する。

 マリュはパスタを口に入れた途端広がったシーオリーブオイルの風味に思わず立ち上がって地団太する。

 エルはそんな二人を横目に静かに料理を味わおうとしたがダメだった。スープをひと口入れた瞬間、口内に広がる海の幸の芳醇な味と香りが、エルの顔を広がる青空に向けさせた。


「「「美味しー!」」」


 またもや三人の声が重なる。

 それからはもう、何かを口に運ぶたびに三人は舌鼓を打った。

 労働により疲労し、空腹を訴える肉体には嬉しすぎるご褒美料理だった。


「フライ、フライも食べて二人とも!」

「もちろん!」

「当然っす!」


 山盛りとなっていたフライも、三人にかかれば溶けるようになくなっていく。

 ソースがなくても食べられるラクラ貝のフライだったが、ソースを付ければその美味さが倍掛けになる。

 とんでもないものを作ってしまった。

 ミチは様々な料理を吸い込みながら、海の幸に感謝する。

 そしてこんな幸運をもたらしてくれたキラーフィッシュ、並びに『水龍』にも感謝した。


「失敗どころか、大成功だよミチ!」

「うんうん! めちゃくちゃ美味しいっすー!」

「ふふ! いっぱい食べてくれー! じゃないと私が全部食べ尽くすからねー!」

「ミチ、それ冗談になってない」

「ひぇっ! 今のうちにいっぱい確保するっすー!」


 と、そんなこんなで楽しい食事を満喫した三人だったが……。


「そんな美味そうな匂いを嗅がされちゃ、商売になんないよー。なあ冒険者さんたち、どうにかしてくれ」


 という商会長ディダンダの懇願もあり、結局海の家が閉まる夕方まで、三人はラクラ貝のフライを上げたり、給仕をすることになってしまったのだった。

 臨時の給金が出たのでヨシ!とは、マリュの談。


 三人が海自体を満喫していないことに気づくのは、また別のお話である。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・ラクラ貝 たくさん


・香辛料、ハーブ、ペースト 適量



読んでくださりありがとうございます!

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次回もまたよろしくお願いいたします!


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