16品目ー2.キラーフィッシュの塩焼き
ミチとマリュはまず、納品用のキラーフィッシュを運んだ。
80匹は正規の納品分で、残りの買い取り分20匹と合わせて、なかなかの報酬を受け取った。
本当はキングキラーフィッシュを納品すればさらに倍増だったのだが、せっかくの機会を逃す三人ではない。
「ただいまー」
「おかえりなさいっす。大物さんも下処理終わってるっすよ」
一人残って作業していたエルの手元には、まな板からはみ出したキングキラーフィッシュの姿があった。
鱗はキレイに剥がれ、内臓も取り終わっている。
「それじゃあ、こっからは私の出番かな」
ミチは腕まくりして、重ねられたキラーフィッシュたちを取り、下味として塩を軽く揉み込んでいく。
その間にマリュが石を重ねて風防付きのかまどを作り、燃料キューブをいくつか放り込んだ。
「ほい、これ刺して」
「了解~」
ミチが手渡したキラーフィッシュの串9本を、マリュがかまどの形に沿うように刺していく。
「これ塩味?」
「そー。他の味付けはこれからだよ」
言いながら、ミチはパウチから香辛料のストックを取り出す。
山椒にブラックペッパー、岩塩、辛粉、ハーブソルトなどなど、持って来られるだけ持ってきた。
本当はジャングル型ダンジョン近くに生えるディオディオの葉も欲しかったが、手に入れる時間がなかった。
それはまた今度の楽しみにする。
代わりに調味料をいくつか持ってきた。
東方で使われるウメペーストと、マトマの街にあるスパイスマーケット『クロワンヤ』のジンジャーペーストだ。
これはあとでお好みで使う。
「そろそろ火、点けて」
「あいあい」
マリュはかまどの内側で着火スティックに火を点し、燃料キューブに当たるように投げ入れる。
火はあっという間に大きくなり、森の中で薪を拾って作るのと変わらない焚火となった。
「一人何匹食べる? 20匹?」
「そんなには無理っすよ。まずは5匹とか……」
「それは逆に少ないっしょ。とりあえずっていうなら、10匹かな」
「オッケー」
「えぇ……5匹でもアタシ頑張ったほうっすよ……」
エルの呟きは誰にも聞いてもらえず、海風に流されていった。
「マリュ、これもお願い。エルちゃんはこれを、気持ち外側に並べてもらっていい?」
「あいよー」
「わかったっす!」
マリュに渡した5本は辛味の強い香辛料を擦り込んだもの。
エルに渡した5本はハーブ系を塗り込んだものを布で包んだものだ。
マリュのほうは普通に焼いてもいいが、エルのほうは少しじっくり焼いて味を染み込ませたい。
数がとりあえず5本ずつなので、味が気に入った人が話し合いの末、2本取る。
もちろん三人全員がヨシ、となったら追加で焼く。
食事の恨みは恐ろしいので、遺恨を残さないようにする。
そして最初の食事、最後の1本は巨大なキラーフィッシュだ。
この大きさの串は当然用意してなかったので、海の家で三又の銛を購入した。
銛の長い柄に保存布を巻いて、キラーフィッシュを通す。
そして三又部分でかまどの内側を突き刺し、他のキラーフィッシュと同じく焼き始める。
「早く焼けろ~♪ 美味しく焼けろ~♪」
ミチは歌いつつ、串を回してキラーフィッシュたちがまんべんなく焼けるように調整していく。
焚火に魚の脂が落ちて、パチっ、パチっ、と美味しそうな音を立てる。
匂いもいい。
香辛料やハーブに負けず、塩焼きも香ばしい匂いを漂わせる。
ぐぅ~。
三人分のお腹の音が重なった。
しかし顔を見合わせることもない。
三人とも真剣な顔で、キラーフィッシュが焼き上がるのを今か今かと待っている。
「ヨシ! 取っていいよ!」
ミチの合図とともに、三人がそれぞれ自分の前にあったキラーフィッシュの塩焼きを取る。
「「「いただきます!!」」」
取るとすぐ、三人はキラーフィッシュの身にかぶりついた。
「……うぅぅまあああい!」
最初に叫んだのはミチだった。
熱さを逃すために口をはふはふさせながら、ふっくらとした身を食んでいく。
味付けが塩のみなのでさっぱりと淡泊だが、噛むたびに魚のうま味と甘味があふれ出る。
またたび亭で出るマリネも好きだが、ワイルドな味付けもたまらない。
「美味しい……さすがミチ。完璧な味付け」
「本当に美味しいです。アタシ、魚ってちょっと苦手だったんですけど、これはすごく美味しい!」
マリュとエルも絶賛する。
空腹だったので余計に美味い。
三人はあっという間に塩焼きを3本ずつ平らげると、続いて香辛料とハーブ系に手を伸ばした。
「からっ、うまっ」
「ひーっ、お、お水ほしいっす」
「これ、香ばしいね。もっと他のハーブも試してみたい」
「こんなに印象が変わるなんて……恐るべしミチの料理」
などと話しながら、結局香辛料で焼いたものはミチとマリュが2本ずつ、ハーブ系はミチとエルで2本ずつ分けた。
もちろん、追加で焼くことを約束しながら。
そしていよいよ、メインディッシュが焼き上がる。
「よいしょっと」
「お、おも……」
マリュとミチでキングキラーフィッシュを突き通した銛の両端を支える。
真ん中をエルが支え、準備完了。
三人が目を見合わせて、こくりと頷く。
三人が同時に「あー」と口を開けて、がぶりとかぶりついた。
「……ッ!!」
今度は言葉が出なかった。
群れを率いた歴戦の猛者は、よく動いていたおかげか身が引き締まり、噛み応え抜群で、なおかつふっくらとしていた。
この相反するような性質が口の中でうま味と共に暴れ、ミチ、マリュ、エルはあまりの美味しさにその場でジタバタと足を暴れさせた。
その後はさらに言葉を失くした。
三人は黙々と調味料や香辛料をかけながら、キングを喰らった。
美味いモノを食う時に言葉はいらない。
同じものを食べたものに、美味いと共有できればいい。
「……はぁ~っ」
ミチが声を出したのは、キングキラーフィッシュがキレイに骨だけとなり、カップ一杯分の水を飲んだあとだった。
「美味しかった! もっと食べよう!」
「賛成!」
「賛成っす!」
美味いモノを食べるほど、なぜか腹が減る。
三人は結局当初の予定を越えて、一人25匹ずつ食べるのだった。
夕暮れどきを迎え、食事を終えたミチたちは帰り支度を始めていた。
かまどを崩し、燃料キューブの燃えカスを回収。
キラーフィッシュの骨は砂に埋める。
余った25匹は開きにして、マトマの街にある干物屋で干物にしてもらう予定だ。
「さて、お腹もいっぱいになったし、帰りますか」
と、ミチがそう言ったときだった。
「おーい、あんたたち、ちょっと待ってくれー!」
後ろから声をかけられる。
手を上げて走ってきた人物は、今回の依頼主である海の家の商会長、ディダンダだった。
「あんたたち、冒険者だよな。あー、よかった。まだ残ってる人がいて」
「どうしたんですか? そんなに急いで」
息を整えたディダンダが改めてミチたちに向き直る。
「追加の依頼なんだが、ラクラ貝の採取をお願いしたいんだ」
三人は顔を見合わせる。
海での冒険は、まだもう少しだけ続きそうだった。
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・キラーフィッシュ 75匹
・香辛料、ハーブ、ペースト 適量
・昼休憩のパン 5個
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