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16品目ー1.キラーフィッシュ掃討戦

 ぐぅ~。

 腹の虫が鳴いた。


「お腹空いた……」


 ミチが呟きつつ、手にした釣竿を振る。

 白い砂浜に立ち、海水浴場として有名な『ベルナ海岸』は普段、釣りなど禁止だ。

 場所を選ばないと、海水浴客たちを釣ってしまうことになるからだ。


 けれど今はその心配はない。

 なぜか。


「来た来たー!」


 横にいたマリュが嬉しそうに叫び、グッと力をこめて、しなる釣竿を引っ張った。


 バシャンッ、と水面を盛り上げ跳ね出たのは、鋭利な牙とヒレを持つ危険な魔物『キラーフィッシュ』だった。


 キラーフィッシュはマグロを小さくしたような魔物で、他の魚のみならず人間も襲う。

 本来はこの海岸にはいないはずだが、今は大量発生してしまっている。


 ビチビチと体を振動させながらキラーフィッシュがマリュにまっすぐ向かってくる。


「えいっ」


 しかしマリュは砂浜に刺していた船漕ぎに使う木製のパドルを掴んで、冷静に叩き落とす。


 べちん、と痛そうな音がして叩き落されたキラーフィッシュは、しぶとく何回か身体を跳ねさせたが、やがて力尽きた。


「十匹目~」


 マリュが嬉しそうに言って、パドルを器用に使い、キラーフィッシュを背後に放り投げる。

 後ろにいたエルが分厚い手袋でそれをキャッチして、まな板の上に乗せた。


「マリュさん、餌つけるっす」

「よ~ろしく~」


 マリュが釣竿を後ろに垂らし、エルが糸と針を掴む。

 バッグから取り出したスライムモチを丸く捏ねたモノを針先を隠すように取りつけ、準備完了だ。


「オッケーっす」

「ありがと~、そりゃ!」


 周囲の人間に引っ掛けないようにして、マリュは釣竿を振った。

 スライムモチの白い点があっという間に遠くへ飛んでいき、ぽちゃん、と水の中に潜っていく。


「っ! おっとと!」


 一連の動作を見つめていると、ミチの手にも振動が走った。

 キラーフィッシュがかかった証拠だ。


「うぉ、りゃー!」


 ざぱーん、とキラーフィッシュが水滴を散らしながら空中に飛び上がる。

 そしてこちらの存在に気づくと、獲物を見つけた目で向かってくる。


「かかってこーい!」


 ミチはマリュと同じく横に突き刺してあったパドルを取り、キラーフィッシュ目がけて振り下ろすのだった。



 ベルナ海岸は海水浴場として人気の場所で、通年で温暖な気候なので観光客やちょっとしたリフレッシュに通う人間も多い。


 けれど今、ベルナ海岸には楽しそうに遊ぶ、またはゆったり過ごす老若男女の姿はない。

 代わりに多くの冒険者たちがいた。

 冒険者たちはズボンの裾をめくって、各々釣竿を握り、魚を釣っている。


 そのすべてがキラーフィッシュだ。


 キラーフィッシュはベルナ海岸よりも東のほうを生息域とする魔物のはずだ。

 噂によれば東の海域に巨大なドラゴン『水龍』が現れたことで住処を追われたキラーフィッシュたちがこちらに逃げてきたのでは?と言われているが、真相は定かではない。


 ともかく、キラーフィッシュがベルナ海岸に大量発生し、ダンジョン化してしまった。

 それがミチたちに分かる事実だ。


 キラーフィッシュ討伐の依頼は、ベルナ海岸で海の家などを束ねる商会長、ディダンダからだ。

 このままでは商売にならないし、放っておけば危険海域になってしまう。

 とにかく多くの冒険者たちで一気に掃討して、ダンジョンを解除してほしい。


 人手が欲しい。

 ということで、新米冒険者であるミチたちにも声がかかったのだった。

 海は普段行く機会がないし、エルも含めた三人で相談した結果、たまには海の幸をその場で食べるのもいいよね。

 ということで決定。


 こうして、他の中級冒険者たちに混じって、キラーフィッシュを釣っては叩き落し、釣っては叩き落しを繰り返している。


 海の中で囲まれないかぎりは、キラーフィッシュの危険度はそうでもないのだった。

 もちろん海の中で相対したときは、ベテランでも死の危険を感じる脅威となる。


「エルちゃん、今どれぐらい?」

「お二人合わせて100匹っすね」


 エルが答えつつ、キラーフィッシュを捌いていく。

 今回は串焼きにするので、鱗や内臓を取るなどの下処理を任せている。


「じゃああと100匹かな」

「報酬のことを考えるとそうだね」


 ミチとマリュは顔を見合わせて頷くと、同時に釣竿を振った。


 今回の依頼ではダンジョンを解除することが出来れば、参加した冒険者たちに一定の報酬が与えられる。

 もちろんただいるだけで、おこぼれをもらおうとする者がいては困るので、最低限の納品が義務付けられている。


 キラーフィッシュ80匹。

 それがノルマだ。

 しかしそれ以上を越えた場合は買い取り分が上乗せされる。


 キラーフィッシュは恐ろしい魔物ではあるが、食べるとそれなりに美味なので、なかなか良い値で買い取ってもらえる。

 ということでノルマが80。買い取ってもらう分で20。

 そして食べる分で100。


 なにやら計算がおかしな気もするが、毎度のことなのでもう誰も突っ込まない。


「99匹。あと1匹っすよー!」


 昼を過ぎて、持ってきたパンを飲みこんだミチとマリュは、お互いを見てニヤッと笑う。


「どっちが先に釣るか勝負だ!」


 そして同時に竿を振り、同時にヒットした。


「うわっ! ちょっ、なにこれ重っ!」


 これまでのキラーフィッシュとは違う引きに、ミチは焦る。


「うそでしょ! こっちも、ひ、引っ張られる~!」


 マリュも一瞬身体を持っていかれかけていた。


 二人は重心を後ろにして、砂に足を埋めるようにして踏ん張った。

 釣り竿は極限までしなり、二人の身体が斜めに傾ぐ。


「こんにゃろー!」

「なめるなよー!」


 ミチとマリュが同時に力を込めて、釣竿を引く。

 次の瞬間、どぱーん!と大きな音を立てて、通常個体の5倍はありそうな巨大キラーフィッシュが水面から躍り出た。


「なにあれー!」

「でかーい!」


 巨大なキラーフィッシュはこの群れの王だった。

 人間など矮小。

 自分よりも巨大な魔物すらも倒し、食した。

 この姿を見てひれ伏せ、怯え、恐れおののけ!


 そう思っていたキングキラーフィッシュは、自分を釣り上げた二人の視線に気づいて青ざめる。


 二人の冒険者の目は恐れどころか、輝いていた。

 あれは恐怖しているモノではない。

 そして、強敵に対する挑戦の炎でもない。


 あれは、あれは……。


「美味しそー!!」


 あれは、獲物を見つけた捕食者の目だ。


 気づいたときにはもう遅い。

 ぐぐぐぐんっ、と信じられないほどの力で引き寄せられたキングキラーフィッシュは、体を震わせた。


 その巨躯がぶつかれば、いくら冒険者とてただではすまない。

 自分を見て恐れない、それどころか食べる気満々の二人は相当な手練れなのであろう。

 相手にとって不足なし。

 キングたる所以ゆえんを見せてやろう!


「せーの……!」

「そりゃあああああ!」


 二つのパドルがキングの顔をぶっ叩く。

 豪快な打撃音と共に、海を縄張りとする群れの王者は、あっけなく叩き落された。


「ひゃっほー!」

「大物ゲットだぜー!」


 キングキラーフィッシュはボコボコに殴られた。

 それはすべてを失った族長が蛮族にボコられている姿だった。


 けれども、悔いはない。

 自分を倒したのが、これほどまでの手練れ冒険者であるならば、仕方ないと思えた。

 弱肉強食の世界だ。

 受け入れるしかない。


 そうしてキングは力尽きた。

 しかしキングは知らなかった。

 彼女たちが『食べ物』に関する魔物以外ではそんなに強くないことを。

 そして、手練れどころかどちらかといえば新米の部類に入ることを。


「……ん? なんか、喜んでる?」


 マリュが遠くのほうで釣りをしていた冒険者グループが喜んでいる姿を見つける。

 それは徐々に伝播して、ダンジョンが解除されたことを冒険者たちに告げる。


「やったー! ちょうど100匹だー!」

「やったっすね、二人とも!」

「ご飯にしよー、お腹空いたー」


「「賛成ー!」」


読んでくださりありがとうございます!

食事編は次となります。よろしくお願いいたします。

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