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15品目─ギルドカードの更新とキナーコの練り飴

 マトマの街には、中規模の冒険者ギルドがある。

 中規模とは言っても、近隣では最大の規模を誇る。


 そこでは日夜冒険者が集い、依頼を受けたり、併設された食堂や酒場で交流を深めたり、作戦を練ったりしている。


「ひえ~、今日もたくさんいるなぁ」


 新米冒険者であるミチも例外ではなく、このギルドに通い詰めていた。

 体格の良い男たちの間を縫って、馴染みの受付嬢、アサルトがいるカウンターへたどり着く。


「こんにちはー」

「ああ、ミチ。やっほー」


 明るい色のおかっぱ頭で、丸眼鏡を掛けたギルド職員。

 アサルトは書類仕事の手を止め、ミチに向かって笑みを向けた。


「依頼、達成した?」

「うん、こちらでございます」


 ミチは仰々しく言って、アイテムバッグの中からモチスライムを十匹取り出してカウンターに置く。


「おー、えらい。今日は食べたりしなかったんだ?」

「ふふふ、十匹食べました」


「……あー、てことは追加で狩ったヤツってことね」

「なんだよー、いいでしょー。ちゃんと依頼は達成してるんだから」


 アサルトはモチスライムの数をペンの背で数えながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ダメだなんて言ってないでしょ。相変わらずすごい食欲だなって思っただけ」

「だって仕方ないじゃない。お腹空くんだから」


 ミチは耳を赤くして、少しだけ恥じ入った。

 男性冒険者の中にも、ミチほどの健啖家は少ない。


 ミチだってそういう恥じらいはある。

 ただ、美味しそうな獲物を前にすると吹き飛ぶほどのちっぽけな気持ちだが……。


「はい、ちゃんと十匹。すみませーん、収納お願いしまーす」

「アイー」


 アサルトが後方に向かって声をかけると、小さなネズミ型の獣人──『マウスルー』──のギルド職員が二人、大きなバッグを担いでトテトテと駆け寄ってくる。


「えっさ!」「ほいさ!」


 二人は息の合った動きでモチスライムをバッグに入れると、再びバッグを担いでギルドの奥へと消えていく。


「……はぁ、いつ見ても可愛い」

「本人たちはカッコいいつもりだから、褒めるときはカッコいいでお願いね」

「了解」


 アサルトは話しながら、手元の書類にペンで必要事項を記入していく。

 動きは素早いが、字は丁寧でキレイだ。

 反対側から覗き込んだミチにも読みやすい。


「よし、じゃあ次はカード出して」

「はい」


 ミチは懐からスッと手の平サイズで長方形のカードを取り出す。

 冒険者用の個人識別カードだった。

 魔術師ギルド製で、落下や水濡れ、炎などにも強い優れもの。


 特殊な魔術が練り込まれていて、そのカードを持つものがどんな依頼をどれだけこなしたかが記録される。


 もちろんギルドを通していない依頼は刻むことができないが、野良で受けられる依頼など、新米であるミチにあるわけもない。


「はーい。じゃあ今回の分、加算していくねー」

「お願いしまーす」


 アサルトの手元には四角い台があり、そこにカードを乗せる。

 それから達成した依頼などの内容が書かれた書類を上に重ねると、記録が刻まれる。


 どんな仕組みかは知らないが、これも魔術師組合製なので、魔術師以外が考えるだけ無駄だ。

 と、ミチは思っている。


「ん? おや?」

「え? どうかした?」


 アサルトが丸眼鏡をクッと持ち上げて、取ったミチのカードをマジマジと見つめる。

 何か不具合だろうかと思ったミチも覗き込んだが、次の瞬間、アサルトが満面の笑みを浮かべた。


「おめでとうミチ! Fランク昇格だよ!」

「……え? うそ、ホントに!?」


 アサルトからカードをひったくるようにして受け取ると、カードには確かにFランク冒険者の文字が刻まれていた。


「ほ、ほ、ほ、ホントだー! え? ていうか、ホントにGランクから上がることってあるんだね!」

「いや、そりゃあるでしょ」


 ミチが驚きを込めて言うと、アサルトが呆れたように返す。


「そもそもミチはもっと早くFに上がっててもおかしくなかったんだから。それが毎回さー、依頼品まで食べちゃった。とか言って依頼失敗することも多々あったから、それでこんなに昇格が遅れちゃったんだから」

「うっ……それを言われると返す言葉もございません」


 しょん、となるミチ。


「ま、いいや。私だって説教したいわけじゃないし。それよりも……」


 アサルトがカウンターの引き出しから紙を一枚取り出す。

 紙には『Gランクを脱した冒険者への手引き』と書かれている。


「じゃ、Fに上がったことだし、説明していくね。まずはここ」


 アサルトがペン先で紙の該当部分を指す。

 ミチも身を乗り出して紙を見る。


「ひとまず、Fランク昇格おめでとう」

「ありがとう」


「ここから先はGランクのときと違って、依頼を失敗したらポイントが引かれることになります。覚えておいてね」

「え? Gランク以上だと、そうなの?」


「うん。FからGに落ちることはないけど、EからFに落ちることはあるよ。上になればなるほど、依頼失敗のペナルティが大きいから落ちやすくなる。これはまぐれで上に行ってしまった冒険者に対する救済措置でもあるね。ギルドとしても成功確率の低い冒険者を依頼に当てて失敗されたくないし」


 アサルトは次の項目を指す。


「そしてギルドから貸与できる道具の追加。ギルド内施設の利用可能範囲など、特典ね。Bランク以上で一日一回、ギルド内の食事が無料になる」

「食事が無料……?!」


 ミチの瞳が輝く。目が肉のマークになっていた。


「無料ったって、無制限じゃないからね。でもまあ、利益をもたらす人間に相応の待遇を用意するのは当然のことだと思う」


 言いながら、アサルトが最後の項目を指した。


「最後はこれ。G以上は当然、ランクが上がるごとに危険が増すから、今まで以上に死なないように気を付けること。油断、慢心などの気持ちは捨てること。わかった?」

「……うん」


 冒険者家業は稼げる代わりにシビアな一面も多い。

 一瞬の油断が命取り、なんてことはよくある話だ。

 だからこそ、浮かれやすい今のタイミングで釘を刺される。


「はい、以上となります。なにかご質問は?」

「な……」


 ないです、と言おうとした瞬間だった。

 ぐ~と腹の虫が鳴いた。


 しばらく顔を見合わせて、どちらからともなく笑いだす。


「まったく、期待を裏切らない子だよね、ミチって」

「だってさー」


 アサルトは「しょうがないな~」と言いながら、カウンターの引き出しから何かを取り出し、ミチに差し出す。


「これは?」

「キナーコとハチミツを練り合わせた飴。空腹に効くよ。私からの昇格お祝い」


 受け取ったそれは、包み紙に包まれた飴だった。


「ありがとー!」


 ミチはさっそく包み紙を剥がして、黄色っぽい粉がたっぷりかかった琥珀色の蜜飴を口に放り込んだ。


「うっ……まぁぁぁ!」


 キナーコのザリッとした食感と、歯で潰せる程度の絶妙な固さの蜜飴。

 優しい甘味が口の中に広がって、噛めば噛むほど味が染み出た。


「そうでしょう、そうでしょう」


 ミチの反応に、アサルトは満足げに頷いた。


「こんな美味しい飴、初めて食べた」

「これね、今度ギルドの購買で売るから、気に入ったら買うといいよ。ギルド長が冒険者のお供にって売り出す予定だから」

「絶対買う! あぁっ、あっという間になくなっちゃう……!」


 美味しい。

 でも噛むほどに小さくなり、すぐさまなくなってしまう。

 もう少しすれば完全にミチの胃袋に納まってしまう。


 まだ口の中にいて欲しい思いと、胃袋に落としたい気持ちが戦う。

 そして、勝者は胃袋だった。


「……唾液に残った粉まで美味しい」

「……わかる」


 ミチの言葉に、アサルトは再び強く頷くのだった。


「じゃあ、次のランクに上がれるようさっさと依頼こなしてきちゃいなよ」

「簡単に言ってくれるなー。でも、新しい依頼を受けられるようになったし……次はどんなものが待ってるかなー」


 嬉しそうに言うミチに、アサルトは飽きれつつも笑みを向ける。


「頑張ってね、ミチ」

「とーぜん! でもとりあえずは、お昼ご飯行ってきまーす! またあとでね!」

「はい、いってらっしゃい」


 言うが早いか、ミチは踵を返してギルドから出ていく。

 そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、アサルトは呟く。


「案外、ああいうタイプのほうがAランクになったり、ドラゴン倒したりするんだよねー」


 そして自分用に包み紙を解いて、取り出したキナーコ練り飴を口に放り込み、幸せを噛みしめる。


「ま、ドラゴンを食べるってのは、あまり聞かない目標だけど……」


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・キナーコの練り飴 1個

・屋台の昼食 測定不能

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ではまた次回、よろしくお願いいたします!

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