14品目─ロックリザードのから揚げ
「ここが……トラブ鉱山」
ミチは呟き、木々のない山肌を見上げる。
目の前には鉱山の出入り口がぽっかりと空いていた。木材で補強された穴からは、運搬用のレールがツタのように伸びている。
レールの先端には鉱物を運ぶトロッコが二台、空のまま放置されていた。
鉱山型ダンジョン『トラブ鉱山』。
マトマの街から比較的近場にある鉱山だ。
普段はスライムなどの弱いモンスターしか出ないため、炭鉱夫たちでも対処できる。
しかし今回、ミチたちが受けた依頼のモンスター『ロックリザード』は彼らには対処が難しい。
特に状況が特殊だった。
ミチは改めて依頼書を取り出し、目を通す。
「産卵期に入ったロックリザードが作業場に卵を産んだ。それを守るために凶暴化したロックリザード5匹の討伐。そして素材と卵3つの回収……と」
「残念だったね、ミチ。卵の個数までバレてる」
横からマリュが言った。
ミチはガクッと肩を落とし、ため息を吐いた。
「そーなんだよー。回収指定がなければ卵も食べられたのに」
「ま、まぁまぁ。幸い? ロックリザードのお肉は食べてもいいみたいですし」
反対側からエルが慰める。
「ありがとーエルちゃん」
「なにはともあれ、無事に倒せてからだけどね」
マリュは自身の武器であるロングソードを鞘ごと取り出し、布で鍔と鞘をグルグル巻いた。
剣は容易に抜けなくなったが、今回はこれでいいのだ。
「マリュもモーニングスター買えば良かったのに」
「私はミチみたいに器用じゃないの」
言いながら、マリュはミチの腰に携えられたモーニングスターを見た。
棒と棘付き鉄球を鎖で繋いだ武器で、主に斬撃が効かない相手に有効なモノだ。
「まあいいや。この悔しさはロックリザードのお肉で癒すから。絶対に倒して美味しく食べてやる」
「おー、ミチが燃えてる。空回りしないようにね」
「頑張ります!」
ミチが拳を握り、力こぶを作って見せる。
エルは自らが背負った大型のリュックを示して、笑顔を作った。
「今回はこれもありますしね!」
「そうだ、そうだ! 燃えてきた! 絶対にたおーす!」
再び気合を入れたところで、三人はようやく鉱山ダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
「けっこう中は明るいっすね」
「そうだね、思ったよりも明るい」
エルとミチが坑道に入って、最初に驚いたのはそこだった。
鉱山とは言っても、入ったことがないのでイメージが湧きづらく、結局いつもお世話になっている洞窟型ダンジョンのイメージだったのだ。
だからこそ鉱山ダンジョンの中が明るいことに驚いていた。
「魔力の込められた魔石が光源だからね。人が作業する場所だし、暗い場所だと危険でしょ」
「そりゃそうか」
何度か前のパーティー時代に攻略に入ったマリュが説明してくれる。
道中が明るいというのはミチにとって嬉しい誤算だった。
おかげで迷わずに真っすぐ、ロックリザードの巣へと向かえる。
「他のモンスターはいないっすね」
「ロックリザードが今は陣取ってるんだろうね。産卵期や繁殖期の奴らは凶暴だし、逃げ遅れた弱いモンスターは全部喰われて栄養になってるかも」
「はぁ~、自然界は厳しいっすねぇ」
「しっ」
ミチが後方二人の会話を手で制する。
マリュが臨戦態勢に入り、エルがリュックの取っ手をギュッと握り、喉をごくっと上下させた。
「いた。あいつらだ」
小声で言って、身を低くする。
音を立てないように前進すると、マリュとエルも同じように動く。
ロックリザードは広場になっている場所、瓦礫や土などが積み重ねられているところに巣を作っていた。
卵があるらしき場所に二匹のロックリザードがいる。
その周囲を警戒するように、壁や地面を這う二匹。
「……あと一匹は?」
ミチが呟いた瞬間だった。
「キシャーッ!」
広場への入り口に通じる穴、その頭上から最後の一匹が姿を現した。
すでにこちらに気づいていた。
天井を這いながら飛び掛かってくる。
「まずっ!? マリュ!」
「はいよ! 任せて!」
ミチが横にずれると同時にマリュが前に出る。
鞘に納めたままの剣はすでに刺突の状態で構えられ、ロックリザードの目を目がけて高速で突き出す。
「ギュイーッ!?」
ロックリザードは巨大なトカゲだ。
その皮膚は名前の通り硬質で、斬撃も魔法も効きづらい。
だから柔らかい部位である目を狙ったのだ。
地面に落ちたロックリザードがのたうつ。
長い尻尾が暴れて、鉱山の固い岩肌を叩く。
「マリュ、交代!」
「おっけ!」
マリュが前に進んで広場に飛び出す。
空間が出来て、ミチは取り出したモーニングスターの鉄球を振り下ろした。
「ギュゲッ?!!」
頭を叩き潰さんばかりの強烈な振り下ろし。
これには硬い皮膚を持つロックリザードも、堪らず即死。
斬撃には強くても、単純な打撃には弱い。
「エルちゃんは入り口のそばで待ってて!」
「了解っす!」
指示を出しつつ、マリュの後を追ってミチも広場に飛び出す。
すでにマリュに襲いかかっていたロックリザードが一匹、頭を強かに叩かれて絶命していた。
壁を這っていたもう一匹が迫ってきたので、そちらは頭上で鉄球を振り回したミチが始末する。
脳天への一撃。あまりに力を込めすぎたせいで、棘の一部が硬い鱗に突き刺さっていた。
「ギュギェェッ!」
卵を守っていた二匹が長い首を伸ばし、激高の声を上げる。
母親のほうのロックリザードだ。
先ほど相手にした三匹より、身体が一回り大きい。
「一匹ずつなら楽なんだけどな」
「ギシェエエッ!」
ミチとマリュに向かって、二匹が同時に襲ってきた。
マリュはロングソードを振り下ろす。
しかしロックリザードは寸でのところで避け、鉤爪でマリュの足首を裂こうとした。
「あぶなっ!」
間一髪、マリュも跳んで避ける。
着地と同時、マリュはロックリザードの顔を蹴り飛ばした。
武器で仕留めることに拘らなかった。
「うりゃあっ!」
「ギェッ!?」
蹴り技に怯んだロックリザードに間髪入れず、振り下ろしたロングソードを叩きつける。
頑丈な鞘の一撃は重く、蹴りとは比較にならないダメージがロックリザードを襲った。
「ギ、ギィ……」
「悪いね。あんたたちには私たちの糧になってもらう」
母の意地か。
まだ抵抗しようと歯をむき出しにするロックリザードに、マリュは最後の一撃を振り下ろした。
「……さて、ミチは……おー、やってるやってる」
マリュが視線を移すと、そこでモーニングスターを器用に操って、ロックリザードの攻撃を捌くミチの姿があった。
「どりゃああ!」
「ギギェェエ!」
ロックリザードの下顎、側頭部、横っ腹と立て続けに打つ。
それでも立ち上がろうとするロックリザードに、ぶん回した鉄球を渾身の力で叩きつける。
「ギュピッ……!?」
ドズンッ、と大きな音を立てて、鉄球がロックリザードの頭部に食い込む。
あまりの衝撃に、ロックリザードの身体がわずかに浮き上がっていた。
「よっしゃー! 勝利! マリュは……当然もう勝ってるか」
「当たり前ー」
マリュが人差し指と中指を立てるピースサインをして見せると、ミチも喜んで同じサインを返した。
「お二人ともお疲れ様っす! あとはアタシに任せてくださいっす!」
「おー、お願いー」
エルがせっせとリュックの中身を取り出しながら言った。
「んじゃ、私は卵取ってくるよ。アイテムボックスに入れてくる」
「お、じゃあ私はロックリザードを運ぼうかな」
役割分担をして三人はそれぞれ行動を開始する。
とはいっても、ミチもマリュもすぐにやることがなくなってしまったわけだが。
「はぇ~、そうやって捌くんだ」
解体を始めたエルの鮮やかな手つきに感嘆の息が漏れる。
「そうっす。ロックリザードは皮膚は硬いっすけど、関節などの部分は柔いので、そこからナイフを入れるのがオススメっすね。ある程度の硬度があれば、スキナーナイフじゃなくても刃こぼれを気にせず解体できるっすよ」
言いながら、エルはロックリザードにサクサクとナイフを入れて解体していく。
筋肉の継ぎ目を切って骨を外し、素材採取依頼のあった爪や鱗を丁寧に剥ぎ取っていく。
その作業のどれもが素早い。
解体できるっすよ。とは言うものの、こんな風に出来る気がしない。
もちろんそれは、解体屋として真面目に修行していたエルだからこそできる芸当なのだった。
「じゃあ私たちは料理の準備でもしようか」
「そうだね」
いつまでもボーっと見てるのも時間がもったいないので、ミチとマリュはそれぞれ動き出す。
マリュは広場に積んであった石などを集めて即席の竈を作り、燃料キューブを三つほど放り投げる。
ミチはその上に大鍋を置いて、エルに運んでもらっていた油をなみなみと注ぎ込む。
それからナイフと火打石で燃料キューブに火を点け、油を温めていった。
「三匹分、できたっすー」
「はーい」
ミチとマリュはエルの元からぶつ切りにされた肉を運ぶ。
アイテムボックスから魔術師組合産の調合袋を取り出し、中に肉を入れていく。
調合袋の外側は布だが、中にスレイブ・ビーの蜜ろうから作られたろう引き紙が縫い付けられている。
これは防水加工された状態なので、液体が漏れない。
つまり、中で肉と液体系の調味料を混ぜるのに重宝するのだ。
「マリュ、持ってきてもらったガーリックとレッドペッパーお願い」
「了解~」
調合袋の中に衣になる粉を入れて、粉末状にしたガーリックとレッドペッパーを投入する。
それから東方から輸入されるソイソースを香りづけ程度に振りかけて、袋の口を締める。
「マリュさん、こっちの素材お願いするっす」
「はいはい」
マリュがエルの元へ向かう。
ミチは調合袋をよく揉んで、肉と調味料を馴染ませていく。
匂いが強い食材を選んだのは、ロックリザードの肉が石臭いと聞いていたからだ。
実際、肉からは土や石に似た臭いがした。
彼らの身体や住処にしている場所を考えれば、それは仕方ないことなのかもしれない。
しかし、美味しく食べるためにはその臭いは妥協できない。
ということで食欲をそそるほうの匂いで臭みを取っていく。
「ふぅ、ふぅ……」
三匹分の肉がゆうに入る大きさなので、揉み込むだけでもけっこうな重労働だ。
だがこれも美味しい食事のため。
そう思えば、疲れも感じない。
「よしっ」
ミチは調合袋の口を開けて、中から漂う馥郁とした香りに鼻をヒクヒクと動かした。
口の中に唾液が溜まる。
そのままでも食べてしまいたくなるほど、危険な匂いだった。
「あー、待ち遠しい。さっさと入れちゃお」
ミチはアイテムボックスから木製のトングを取り出し、油の中に入れる。トングに細かな気泡がたくさん付いたので、温度が頃合いだと確認した。
「よーし、いけー!」
特製のタレがよく絡んだ肉を鍋の中に投入していく。
ジュウッ、と美味しい音がして、大量の肉が高温油の中を泳いだ。
「はい、追加お待ちどー」
「ありがとう、マリュ。エルちゃんもお疲れ様」
「お安い御用っす」
残り二匹、身体の大きなメスの解体も終えた二人がやってくる。
ミチは肉の様子を確認しつつ、新たにやってきた肉を調合袋に入れる。そして同じようにタレを入れ、エルとマリュに揉み込みを任せる。
「さすがにそれを消し炭にすることはないでしょ」
「大丈夫……だと思う」
「え? 消し炭ってなんすか? 怖い」
マリュがエルに自分の絶望的な料理センスの話をしている間に、油を運んできた容器に濾し布をかけて、その上に木製のザルを設置。
「ほっ」
そこに揚がったロックリザードの肉──から揚げを乗せる。
余分な油が落ち、濾されて容器に戻っていく。
こうすることで、油を再利用できるのだ。
仕事が上手く行き始めたとはいっても、まだまだ新米。
こうした節約は必要だ。
「ミチ、こんなんでどう?」
「うん、良い感じ。ありがとう。お皿出しておいて」
「あい~」
二人が揉み込んでくれた肉もタレがちゃんと絡まっていたので、そのまま投入する。
代わりに揚がった肉をザルに入れ、軽く揺すって油を切る。
丸い大皿に入れると、三人のお腹が同時にぐぅ~っと鳴った。
顔を見合わせて笑ったあと、熱々のから揚げを一つずつ、つまみ食いすることにした。
「あっつ、はふ、はふ」
「あっつい、けど……美味しい、これ」
「めちゃくちゃ美味いっす~」
揚げたてのから揚げを食べて、三人の顔がほころぶ。
美味しいものを食べた幸福に、身体が疲労を忘れる。
「ミチ! 早く食べよう! 早く!」
「はいはい、ちょっと待ってね。あと少しだから! あ、そこに切ってあるキャベトの千切り入ってるから、盛り付けて」
「了解了解!」
「あ、アタシ黒パン用意するっす!」
一つ食べてしまったことで本格的にお腹が空いた。
これ以上「待て」を命じられたら、三人とも油も切らずに口に放り込みそうな勢いだった。
それでもギリギリまで粘って、ちゃんと火を通したから揚げをザルに上げる。
油を切って、燃料キューブに土をかけたら、から揚げをキャベトの千切りと黒パンが乗った、もう一つの大皿に盛りつける。
「いただきます!」
ほぼ同時に三人が言って、から揚げに手を伸ばす。
「はふ、う、うまぁああああ!」
「これ、最高! ロックリザード、めちゃうま!」
「たまんないっす! 労働のあとの美味しいから揚げ!」
大量に盛られていたから揚げが、次々と新米冒険者たちの胃袋に消えていく。
ピリ辛な味付けが三人の食を進める。
「こうして食べるのもオススメだよ」
ミチは言って、黒パンを割って、中にキャベトとから揚げを入れてかぶりつく。
「んーっ!」
カリッとした衣を過ぎると、じゅわっと肉汁とうま味があふれ出る。
シャキッとしたキャベトと黒パンも肉汁を吸い、別に食べるときとは違った味わいが出てくる。
「これも最高。何度でも楽しめるから揚げ……幸せ」
「アタシ、ダンジョンでこんなに美味しいご飯食べたの初めてっす~」
「これからその最高がもっと更新される……よへーでふ(予定です)」
食べながらミチが言って、二人が喜ぶ。
二人がいるから、こうしてロックリザードを危なげなく討伐できて、安全に解体、食事が出来ているのだ。
これからもっと美味しいモンスター、もとい料理が出来るのは確信に近い気持ちだ。
「ふー……食べたー……」
大皿の中が欠片すら残さずキレイになったころ、ようやく三人の腹は満たされた。
「美味しかった……お肉がこれだけ美味しいってことはさ……」
「ミチ、ダメ。これは依頼品。ちょろまかしたらランクポイントが下がる」
ミチの視線の先、ロックリザードの卵が入ったアイテムボックスをマリュがギュッと抱き寄せる。
「そこまで分別ない冒険者じゃないよ!」
「この前、納品分まで食べて余計に採取が必要になったのは誰のせい?」
「はい! 分別のつかなかったワタクシのせいです!」
「罪を認めるのが早いっす!?」
少し間を置いて、三人で顔を見合わせて笑う。
「やれやれ。ここにいると本当に卵食べたくなっちゃうから、そろそろ片づけて帰ろうか」
「そうだね。ランクポイントは最悪諦めるとしても、報酬が減るのは嫌だ」
「あ、そっちなんすね」
と、そんな会話をしながら三人で一気に片づけていく。
そして荷物を背負い、鉱山をあとにする。
「また、いつでも出て来ていいからねロックリザード。次は卵の数、バレないように」
ミチが言うとエルが苦笑した。
「たぶん、今の言葉で鉱山内のロックリザードが全部いなくなったと思うっす」
「同感」
「えー、なんでー!?」
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・ロックリザード×5匹分
・各種香辛料 適量
・黒パン 三人分
・キャベト 三人分
14品目、読んでいただきありがとうございます!
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また次回もよろしくお願いします!