13品目─新米冒険者の休日
ミチは今、マトマの街に一人でいる。
マリュもエルちゃんもいない。
パーティーを解散したとか、そういうことではない。
今日は冒険や依頼を休む休日なのだ。
モンスターたちと戦い、美味しく食すのも大好きだが、そういったものから解放されて羽根を伸ばす日も大好きだ。
そういうわけで、ミチは今、マトマの街にある市場に来ていた。
大通りに沿って露店や屋台が並んでいる。
見ているだけでもテンションが上がってくる。
ミチはまず、露店の武具屋を眺めた。
冒険者ギルドに所属している身としては、己を守り、敵を倒す武器は最重要だ。
今使っているショートソードはそれなりに思い入れがあるものの、そろそろ研いで使うにも心もとなくなってきた。
武器を大事に使うのはいいことだが、それで戦闘中に折れたりして命を落とすことになっては意味がない。
マリュとエルのおかげで実入りのいい依頼を受けることもできるようになってきたし、武器を新調してもいいかなと思っている。
「ロングソード……」
露店に並ぶのはショートソードの他に、マリュが使っているようなロングソード、調理用より少し長いぐらいのナイフ、後ろの壁にはバスタードソードも並んでいる。
マリュのようにバッサバッサと敵を倒す姿に憧れはあるものの、以前ロングソードを使ったときの記憶が蘇る。
冒険者になってすぐの頃、自分の力量を把握せずにカッコいいからという理由でロングソードで依頼に出かけた。
結果は散々だった。
狭い洞窟型ダンジョンではロングソードは扱いにくい。
それなりに訓練期間が必要で、もっと言えば訓練したとしても、中途半端に使える程度なら盾で殴ったほうがマシ。
そんな代物を買っていく新米冒険者を止める人もいなければ、親切に教えてくれる人もいない。
なぜなら冒険者は掃いて捨てるほどいるし、毎年何人もの冒険者が物言わぬ亡骸になってダンジョンの肥やしとなる。
そんな中で命からがら生き残ったミチは幸運だったし、その幸運と実力と過信せず、ショートソードに持ち替えたから今日まで生き残っているのである。
ロングソード使いに師事するという選択肢もあったが、金だけ取られて無駄に終わる可能性が高いので、それはやめておいた。
「これ、ください」
「あいよ。銀貨3枚ね。その古いヤツをくれるなら、銀貨2枚になるけど、どうする?」
「じゃあ……」
ミチは通貨を払って新しいショートソードを購入した。
もちろん古いショートソードにはお別れを言って、銀貨1枚になってもらった。
伝説の武具とかではないので、思い入れはあっても執着するほどではないのだ。
さよなら、私の5代目ショートソード。
そしてよろしく、6代目ショートソード。
そんなこんなで武具を一通り見て回っていると、ミチの鼻がひくっ、と動いた。
香ばしいパンの匂いだ。
時刻はお昼ちょっと前。
焼きたてのパンや串肉、焼き魚など、屋台料理が活発に動き始める時間になっていた。
魔術師組合が卸している魔法の効果があるアクセサリーなどが見たかったが、身体は正直だった。
脚はフラフラと屋台通りに吸い寄せられる。
「お、ミチちゃん! どうだい串焼き! 3本買ってくれたら1本オマケするよ!」
「ミチちゃん! こっちこっち、ランドの香草焼き! あんた好物だろ! 買ってきな!」
「ミチさーん、美味しいパン、売ってますヨー! 今なら搾りたてのフルーツジュースもオマケですヨー」
ミチの姿を確認した途端、屋台の店主や売り子たちが一斉に声をかけてくる。
そしてミチは、迷うそぶりを見せたあと、結局“全部”の店で食べ物を買った。
手には大量の屋台飯。
どれもこれもが良い匂いで、鼻は幸せ、胃は不幸せだった。
早く食べさせて!と哀れっぽく「ぐぅ~」と鳴く。
私だって早く食べたいよ!
と、ミチは逆切れしながら最後の店での買い物を終える。
「ミチちゃんありがとヨー」
焼きたてパン屋台のミルフィーから礼を言われたあと、ミチはやっと広場のベンチに腰掛けた。
「よし! いただきます!」
ベンチに座るなり、ミチは宣言して食べ始める。
最初は串焼きだ。
ブルオークの肉を使っていて、特製ソースが甘辛で美味い。
一番初めに買ったので、冷めてしまう前にと思ってかぶりついたが、まだ熱々だった。
「はふっ、はふふっ」
口の中で熱を逃がしながら、肉を噛んでいく。
あふれ出る肉汁とソースが絡んで味が濃厚になる。
肉は弾力はあるものの、少し力を入れれば嚙み千切れる柔らかさで、とても美味しい。
結局オマケと合わせて4本の串焼きを買ったが、あっという間に胃袋に収めてしまった。
続いてランドの香草焼きだ。
以前、エルちゃんに同行してもらって初めて狩ることができた大型の草食獣。
市井に回る部位は少し癖があるものの、香草が臭い消しをしているから、逆にその癖がいい味となっている。
プレートに一枚、ステーキ状の肉が乗っているから、プレートを太ももに置いて、自前のナイフとフォークで切り分けて食べる。
「うぅぅぅまあああ!」
口に入れた瞬間、思わず言葉が漏れていた。
最初に数種類のハーブの複雑な味が広がったあと、肉のうま味が追いかけてくる。
串焼きよりも硬さはあるものの、その歯ごたえがむしろいい。
ミチは肉のうま味が残っているうちにと、買ったばかりのロールパンを取り出し、ちぎって口に放り込む。
そしてまた──「うまぁああい!」と、叫ぶ。
焼きたてのパンの柔らかさと外側のカリッと感。
これが香草焼きとよく合う。
ミチは肉とパンを交互に食べる。
肉の最後の一欠けを飲みこみ、フルーツジュースを流し込む。
「あーっ、これこれ!」
フルーツジュースを掲げて堪らず口にしてしまう。
新鮮なフルーツを絞っただけなのに、どうしてこうも美味しいのか。
特に焼きたてパン屋台のフルーツジュースはすごく美味しい。
ダンジョンで自らフルーツを獲って絞ったことがある。
それもそれで美味しかったが、ここまでのものは再現できていない。
「さて次は……」
ジュースを半分ほど飲み干したミチは、次の獲物を探す。
ダンジョン産の野菜を使ったサラダか、海型ダンジョン産の焼き魚か。そのほかにも選択肢はたくさんあるから、迷ってしまう。
「うーん、どうしようかなー! とりあえず……」
ミチは手にしていた残り半分のパンを一気に口に放り込んだ。
美味しい。
そう、こうして美味しいものが口にある内に次を決めるのだ。
そうしなければ、全部を一気に口に放り込みたくなってしまう。
そんなこんな、色々な葛藤を経て、買ったすべての食べ物を平らげたミチは、顔の前で両手を合わせる。
「ごちそうさまでした!」
ミチの横には大量のプレート。
そのどれもが新品のようだった。
見事な完食。
先ほどまで食べ物が乗っていたなど、誰も信じない。
その目で見ていたもの以外は。
「ぷはー、満足!」
ミチが膨れたお腹をさする横で、住民たちがその様子を眺めていた。
「オレ、今日は香草焼きにしようかな」
「私、サラダ大盛りにするわ」
「アタシは串焼きにでもしましょうかねー」
「ワシはとりあえずパンじゃなー」
などなど、口々に話し始める。
そしてミチが食べ物を買った屋台に、次々と客が群れを成して並び始めた。
「おー、今日も大盛況。美味しいもんなー、屋台のご飯」
ミチは己がその大盛況に一役買っていることに、未だに気づいていないのだった。
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