12品目 ピヨ鳥のラズラクソース焼き
「うわー、うるさ……」
マトマの街近くにある森型ダンジョン『ディランドーの森 一階層』。
その入り口に立ったミチは、森の木々から降り注ぐ鳥型モンスター「ピヨ鳥」の大合唱に思わず耳を塞いだ。
「本当だねぇ。ミチのお腹が鳴る音さえ聞こえない」
「わ、私のお腹はそんなにうるさくないから!」
横に立ち、同じように耳を塞いでるマリュの言葉に真っ赤になって反論するが、マリュはまったく聞いていない。
「これ、何羽以上いるんですかね?」
大声で言ったのは解体屋のエルだ。
前回、草食獣のランドの狩猟を手伝ってもらい、今回も依頼に同行してもらっている。
解体屋見習いという扱いなので、またもや破格のお値段で雇わせてもらっていた。
「少なく見積もっても、500はいる」
「500……」
マリュの回答に、エルは呆気にとられた表情で、木々の隙間にびっしりと巣食う鳥たちを見つめた。
鳥たちは体長30センチほどで、『ピィルルー』と鳴いている。
一羽、二羽なら可愛いものだが、それが500もいるとなると話は別だ。
木の実は大量に失われるし、糞がかかれば、食べられるはずだった植物にも影響が出る。
今回の依頼はこの辺りの村からの依頼で、大量に繁殖し、増えすぎたピヨ鳥を間引きして欲しいというものだった。
「ねえ、マリュ。どれぐらい狩れると思う?」
「ギルドからは最低30は狩れって言われてる。私たち以外にも冒険者は来るだろうから、今見えてる全部を狩らなくてもいいとは思うけど……」
「うーん、30かぁ。もうちょっと食べたいよねぇ」
「……え?」
「え?」
ミチの言葉にエルは驚く。
ミチも驚かれたことに驚いた。
「食べるんすか?」
「もちろん。けっこう楽しみにしてたし」
「調味料もいっぱい持ってきた」
マリュが自慢げに腰のポーチを叩く。
ミチも負けじとポーチを開けて、中の調味料を見せてくる。
「現地調達の調味料も考えてるから、エルちゃんも楽しみにしててね!」
「……はぁ」
狩猟依頼よりも食べることメインな二人に困惑するエルを横目に、ミチはアイテムバッグからこぶし大の石を一つ取り出し、腰にぶら下げていたスリング──石などを収める革布の両端に持ち手の輪が付いた紐状の投石機──の中心に収める。
石はここに来るまでの道中に集めたもので、容量がそこそこある中型アイテムバッグに50個以上入っている。
マリュの腰にもスリングがぶら下がっているが、まずは中古武具屋で買ったクロスボウに矢をセットした。
これから先、遠距離武器も必要になる場面が多くなるので、その試運転というわけだ。
とはいえ矢は消耗品の中で高い部類なので、今回は十本ほど試し撃ちしたらスリングに替える予定。
「いくぞー!」
「おー」
ミチは身体の横でスリングを高速回転させ、マリュはやかましく鳴くピヨ鳥に照準を定める。
「ふっ!」
指し示したわけではないが、二人はほぼ同時に石と矢を放った。
「ピィルルーッ!?」
「ピィィルゥ!?」
鳴いたのはどちらも、投石に身体を打たれた鳥と、矢に心臓を貫かれた鳥の近くにいたピヨ鳥だった。
ピヨ鳥たちが落ちる音がミチたちの耳に届く頃には、二人は次の石と矢をセットしていた。
「ガンガンいくよー!」
「おー」
そんな二人の意外なほどの命中率に驚いていたエルは、ハッとして動き出す。
自前のアイテムバッグに入れていた大き目の鍋を取り出し、近くの小川に水を汲みに行く。
鍋はミチとマリュの分も預かっている。全部で三つ。
エルは小川と森の入り口付近を三往復して、水がたっぷり入った鍋を、石で作った即席かまどの上に置く。
「どうっすかー?」
奮戦する二人にエルが問う。
「最初より当てにくいかも」
クロスボウからスリングに替えたマリュが、確実に1羽を落としながら答える。
「ぃよっ!」
その横でミチが石を射出。
「ピィルルゥゥ!?」
見事にピヨ鳥の顔を撃ち抜いて落下させる。
しかし続けての投石は、とうとう逃げ回るピヨ鳥の横をかすめ、遠くに落下していった。
ピヨ鳥の名前の由来は、この地域の古い言葉で『ピィヨ(群れ)』から来ていると言われている。
けれども飛び回り、逃げ回られると、大きな群れと言えどもさすがに当てにくくなってくる。
そしてピヨ鳥はただの鳥ではない。
鳥型のモンスターなのだ。
「ピィルルー!」
「来た!」
逃げ回っていた群れの中から1羽、ピヨ鳥が突っ込んでくる。
即座に対応したのはマリュだった。
スリングを投げ捨て、ロングソードを抜き放つ。
そして嘴を向けて特攻してきたピヨ鳥の首を刎ねて地面に落下させる。
「おぉー! さすがマリュ!」
「ミチ、来てるよ!」
「了解!」
ミチの方にも群れから2羽のピヨ鳥が特攻してくる。
ミチはマリュのように剣を抜かず、代わりに石を包んだままのスリングを振り回した。
「ピグッ?!」
「ビュイッ!?」
ミチの振り回したスリングが、一瞬で2羽のピヨ鳥を叩き落した。どちらもすでに絶命している。
「さぁて、ここからが本番かな」
ミチは身体の横でスリングをブンブン振り回しながら、飛び回るピヨ鳥たちを笑顔で睨む。
そんなミチと剣を構え直したマリュに、勇敢なピヨ鳥たちが襲いかかってくる。
その光景を見て、エルはピヨ鳥たちに憐憫を感じた。
どう見ても、ミチとマリュのほうが捕食者のそれだった。
「118……119……120羽! いっぱい獲れたねぇ!」
ピヨ鳥たちにとっては恐ろしい惨劇の後、落下したピヨ鳥たちが森の入り口付近、伐採した丸太や木の枝などで簡易的に作られた加護のないセーフエリアに集められた。
その数は120羽。
全体からすればまだまだ少ない数に思えるが、1パーティーがここまで多くのピヨ鳥を狩ることはあまりない。
ギルドが買い取る上限数は100羽。当然、それを越えての持ち込みはできない。
食肉屋に売るにしても、大した金にはならないので、限度数を越えて狩ろうとするものたちはほとんどいない。
いるとすれば、ミチたちのような買い取り以外の目的がある者たちだけだ。
「お湯はもう少し冷めて適温になってると思うんで、どんどん入れていってください」
「了解!」
エルの指示に従って、獲ったピヨ鳥の内、60羽をお茶より少し熱いぐらいのお湯に沈めていく。
そうしてお湯に漬けた鳥は毛が抜けやすくなるので、そのまま毟る。
それを三人で手分けして40羽までやったところで、エルが解体を開始。
マリュはソース用の木の実、ラズラクを取りに森の奥へと入っていく。
「んっふっふ~。美味しいお肉になれよ~」
ミチは嬉しそうに笑みを浮かべながら、ピヨ鳥の羽根を毟っていった。
「はい、お待たせ」
「ありがとう、マリュ」
最後の1羽の羽取りが終わると、マリュが帰ってくる。
両手で抱えられるぐらいの籐の籠いっぱいに、赤紫色のラズラクの実が入っていた。
「うわ、美味しそう! 一粒味見」
ミチはひょいっとラズラクを口に放り込んだ。
「んーっ! 美味しい!」
ラズラクはそのまま食べられることができる木の実で、甘酸っぱくさっぱりとしている。
しかしこれに熱を通して煮ると、とろりと濃厚なソースに早変わりするのだ。
「それじゃあこれを火にかけて……」
ソース用の手持ち鍋にラズラクを入れていく。
もちろん一粒ずつ、マリュとエルにはおすそ分け済みだ。
「~♪」
腰に付けたパウチから香辛料を取り出す。
ラズラクと相性の良い甘めでスパイシーな香りのシナモン。
それを適量入れてかまどに火を入れる。
三人分のソースなので、燃料キューブを二個使う。
ラズラクは木匙で軽く潰して汁を出し、なべ底を焦がさないように気をつける。
すぐに良い匂いが漂ってきて──。
ぐぅ~。
ミチとマリュ、エルの腹の虫が鳴いた。
お互い顔を見合わせてひとしきり笑ったあと、エルが最後の1羽を解体し終える。
「アタシは内臓を包むので、解体した鳥たちはお願いしたいっす」
「了解。それは私がやるよ」
「オッケー、よろしくー」
先んじていくつか木の枝を折り、表皮と先端をナイフで削って串にしていたマリュが、哀れでコミカルな姿になった鳥たちを5羽ずつ串刺しにしていく。
全部で12本。小さめの鳥とはいえ、皿代わりの大きめの葉の上に乗せるとなかなかの迫力があった。
さらに串刺し作業を終えたマリュは、近い場所にあった倒木を軽く叩いて音を確認したあと、ロングソードで切る。
手ごろな大きさに切りそろえてから、さらに薪にするため、空中に放り投げては斬り刻む。
マリュ曰く、敵を捉える練習になっていいのだそうだ。
ミチも一度真似をしてみたが、落下してきた輪切りの木にショートソードが突き刺さったあと、重力に任せて持っていかれたので、再挑戦はしていない。
「包み終わったっすー」
「おつかれー」
エルが額の汗を拭いつつ、戻ってきた。
獲ったピヨ鳥たちと解体した内臓などが入ったアイテムバッグを置いて、腰に下げていた水筒を手にして水を飲む。
「エルちゃん、その枝、かまどの横に立ててもらっていい?」
「了解っす! お任せあれっす」
エルは即座に動き、言われた通りかまどのそばに置いていたY字の枝を左右に立てる。
その枝を三組分。
「ここにおけばいい?」
「お願い」
そこへマリュが帰ってきて、枝が立てられたかまどの中に、切ったばかりの薪を数本入れた。
「ほい」
「あい」
ミチがアイテムバッグからスティック型の固形燃料を出して渡すと、受け取ったマリュは手際よくナイフと火打石で火を点ける。
燃料スティックの火はあっという間に薪に燃え移り、焚火になった。
そして何本か追加で薪を入れたあと、いよいよピヨ鳥を焼き始める。
「よいしょっと」
ミチは二人に手伝ってもらい、ピヨ鳥の串刺しをY字の枝に乗せた。
さっそく肉の焼ける匂いが漂ってくる。
その状態で軽く何度か串を回して、ピヨ鳥の残った細かい産毛を焼いていく。
そしてほんの少し焼き色が付いてきたら、いよいよラズラクソースの出番だ。
ミチはパウチから料理用の刷毛を取り出し、とろみのあるソースをつけて、ピヨ鳥に塗っていく。
少しずつ回して全身に塗ると、ただ肉を焼いているときとは違う香ばしい匂いが立ち昇った。
「ふわぁ……」
ミチの鼻がヒクヒクと動く。
腹の虫が鳴き、胃が早く食わせろと体内で蠢いた。
まあ、待て。もう少しだから。
ミチはそんなことを思いながら、溢れそうになる唾液を飲みこみ、ソースを塗っては串を回す。
ふとマリュとエルを見ると、二人も食い入るようにピヨ鳥が焼けていく様を見ていた。
美味しそうな食事の前では皆平等。
滴る脂が焚火でパチパチと爆ぜる。
耳にも美味しい音だった。
頃合いだ。
「よし、取っていいよ!」
ミチが言うが早いか、待ってましたとばかりにマリュとエルがそれぞれ串を手にした。
そして顔を見合わせてから、こくりと頷く。
「いただきます!」
ほとんど同時にかぶりつく。
「んーっ!」
最初は歯にカリッと皮の感触。
それから肉に到着すると、脂がとろけ出て、肉の柔らかさと香ばしさが口いっぱいに広がった。
「おいっ…………しいぃっ!」
エルが叫ぶ。
ミチとマリュもうなづきながら、次の一口を頬張っている。
出てくる骨は歯や手で毟って、焚火の中に放った。
良い出汁が出るのはわかっているが、食べ終わったら帰る予定なので、今回は捨てることにする。
「ラズラクソースってこんなに美味しかったっけ?」
マリュが唇についたソースを舌で舐め取りながら、美味に口元をほころばせた。
「焚火で燻製効果もあるからね、街で食べるものより少しワイルドな味わいでしょ」
「うんうん!」
ミチの説明にエルがうなづく。
そうしている間にも三人の食事は止まらず、あっという間に最初の串を平らげてしまった。
「もっと焼いてミチ!」
「まっかせといて!」
残る串は一人三本。
ミチはさっそく焼き始め、タレを塗りつけていく。
それも三人は焼けると同時にかぶりつき、胃袋に収める。
焚火が熾火となった三本目は、タレを塗ったあと、追加で塩コショウと辛味粉を振りかける。
味変というヤツで、これがまた胃袋を鳴かせる匂いを放つ。
寒さと熱さの極端な地域で食べられることの多い辛味だが、もちろんこういった温暖な気候の場所で食べても、もちろん美味しい。
最後の四本目は、熾火でじっくり焼く。
火は出ていないが高温となった薪をかまどに広げて、熱と肉の距離を広げる。
そうすることで香辛料とタレをさらに馴染ませることができるのだ。
そしてもちろんその肉も、非常に美味だった。
「ごちそうさまでした~」
ミチが言うと、マリュとエルも後に続く。
「本当に美味しかった。やっぱりはミチの料理は最高」
「ですです。アタシ、街でもなかなか食べたことない美味しさだったっす!」
「ちょっと、褒めすぎだよ~」
ミチはテレテレと顔を赤くしつつ、まんざらでもなさそうにニヨニヨと笑みを浮かべていた。
「……ところでお二人さん」
小川の水を煮沸した白湯を飲みながら、ミチが言う。
先ほどまで逃げ回っていたピヨ鳥たちが、少しずつ入り口のほうまで戻ってきてうるさく鳴き始めている。
「もっと食べたくない?」
「食べたい!」
「食べたいっす!」
ゆらりと立ち上がる三人の新米冒険者(一人は見習い解体屋)。
察しの良いピヨ鳥はそれだけで再び奥へ飛び去ったが、勇敢と無謀をはき違えているピヨ鳥たちが、ミチたちを威嚇する。
「マリュ、次はラズラクの他に、ペリードの実もお願いしていい?」
「いいよ。似たところに生えてた気がする」
「よーし! 頑張って解体するっすよ!」
そうして再び、ピヨ鳥と冒険者たちの戦い(一方的な狩り)が始まるのだった。
ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー
・ピヨ鳥×100羽
・各種香辛料 適量
・ラズラクの実 いっぱい
・ペリードの実 それなり