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10品目─ブルオークのヒレ&ロースステーキ

 ぐきゅるるる~。


「……よく鳴るおなかだねぇ」

「……ごめん」


 マトマの街から少し離れた森型ダンジョン『迷いの森』。

 その二階層に、ミチとマリュはいた。

 ミチはショートソードとバックラーを。

 マリュはロングソードを構えている。


「ブルル……」


 目の前にはイノシシ種のモンスター、ブルオークがいる。

 四足歩行の獣で、今は後ろ脚で土を掻いてこちらに狙いを定めている。


「緊張の糸、切らさないようにね」

「わかってる」


 ショートソードを握るミチの手は汗でじっとり濡れていた。

 ブルオークを相手にするのは本日四匹目だ。

 もう三匹も狩っている。

 だが、新米冒険者には余裕などない。

 ミチの隣ではマリュも、油断なくロングソードを縦に構えている。

 二人の剣にはわずかに血が付いていた。

 ブルオークの血だ。


「次で決めるよ、ミチ」

「……うんっ」


 言葉がわかっているようにブルオークが突進してくる。

 ミチが前に出て、身体を横にずらす。

 危険な牙をバックラーで受け流すように弾いて、ショートソードの切っ先でブルオークの目を突いた。


「グブルルルルッ!?」


 ブルオークの前足が跳ね上がる。

 その隙をマリュは逃さない。


「はぁああああっ!」


 ミチの後ろから飛び出し、大上段に構えた剣を死角から振り下ろす。

 ドッ、とブルオークの首が落ちる。

 しかし勢いのついたブルオークの身体は止まらず、自らの頭を踏みつけたあと、木にぶつかってようやくズルズルと崩れ落ちた。

 木にとまっていた鳥たちが一斉に羽ばたいていく。

 頭を失ったブルオークは、もうピクリともしなかった。


「……はぁぁぁ」


 その姿を見て、ミチはようやく大きく息を吐いた。


「強かったぁ……」

「でも二人だったからまだ楽だったよ。ソロだったらこんなにサクッとはいかない」

「これでサクッとだったんだ」


 今しがた倒したブルオークは本日一番の大物で、もちろん一番手こずった。

 何度も身体を斬りつけて弱らせ、動きの鈍った状態にして、時間をかけてじっくり戦うことで倒せた。

 ……まあ確かに、ソロだったらサクッとどころか、ブルオークは倒せていなかっただろう。

 ミチは自分とマリュとの力量の差を知り、小さく息を吐く。

 ただブルオークとの戦いで経験を積むことができた。

 行動をいくつか把握することができた。

 これ自体はとても重要で、有用なことだ。

 いつかソロでもブルオークを。

 前へ進む意思は、新米冒険者にとってとても重要な気持ちだ。


「さて、それじゃあさっそく解体といこう、ミチ」

「オッケー。それこそサクサク行かないと味が落ちちゃうもんね」


 気持ちを切り替え、ミチはマリュとブルオークの足を前後で持ち、近くにある小川へ運んでいく。

 首を落として血抜きはしてあるので、水に沈めて虫を落とし、数分待って引き上げる。

 ダンジョン内の小川は魔素が含まれているとかなんとかの影響で普通の川に浸すよりも早く食べられる状態になる。


「……解体は大丈夫なの?」

「うん。大丈夫だった、はず」


 マリュは料理をすると素材の皮を残して消滅すると自分で言っていたので、ミチは少々不安だった。

 しかし解体は一人でやると面倒なので、素材を消滅させないのであれば手伝ってほしいのが正直なところだ。


「じゃあ、いくよ」

「……うん」


 マリュは木にロープで吊るしたブルオークの腹に、解体用のスキナーナイフをグッと刺し込む。

 するとあっさり切れ込みが入り、一本の縦筋が引かれる。


「大丈夫、っぽいね?」

「大丈夫そう。やろう、ミチ」

「うん!」


 最初は恐る恐るだったが、大丈夫だとわかると、二人はサクサクと解体を進めていく。

 料理は苦手なマリュも、解体の手際は良かった。

 今度から手伝ってもらおう。と、ミチは思った。


「毛皮はどうする?」

「もちろん売って山分け。内臓は埋めていこう」

「了解」


 ミチも一応は他の冒険者と仕事をした経験はあるが、同じぐらいのレベルの人間と共同作業をするのは初めてだ。

 先輩冒険者と新米冒険者では山分けなんてない。

 もちろん活躍してれば話は別だが、おんぶにだっこ状態では文句も言えなかった。

 だからか、マリュとの会話はなんだか楽しい。


「今食べる分はヒレとロースでオッケー?」と、マリュ。

「うん。残りは保存布で巻いて持ち帰ろう」


 二人で手際よく部位を切り分けながら、すぐに調理する分と持ち帰る分を選別していく。

 持ち帰る方は魔術師組合製の保存布で巻いて、冒険者ギルドから貸与されている中サイズのアイテムバッグに詰める。

 中には今回の依頼であるブルオーク三匹が入っているので、かなりギュウギュウに詰め込まないといけない。


「入った?」

「大丈夫ー」


 バッグの口を閉めると、付与されている軽量化の魔法が発動する。

 ブルオーク三匹超の重量が、ミチでも軽く背負えるぐらいの重さになる。


「これ、欲しいなー」

「盗んだらギルドの回収部隊が動くよ」

「わかってるよ。盗んだりしないって。ちゃんと自分で買えるようになりたいなってだけ」


 ギルドから貸与されたのは納品専用のアイテムバッグだ。

 新米で小さなアイテムバッグしか持っていない冒険者でも、お金を払ってバッグを借りられる。そうすると、こういった依頼が受けられるようになる。

 盗むことも理論上は可能だ。

 けれど追跡魔法の他、近くのギルドから回収部隊と呼ばれるかなり凄腕の冒険者が送り込まれることになるから、正直割に合わない。


「今狩ったブルオーク、食べずに売ればバッグを買うための資金になるね。けっこう良い値がつくから、目標実現はすぐかも」

「それはない」


 ミチはキッパリ言った。

 何を置いても美味しいものが優先だ。

 特に目の前にあるならば余計に。


「だよね。君はそういう子だ」

「そう、私はそういう子」


 解体した場所を掃除して、ミチはアイテムバッグを担ぐ。

 ヒレとロースも布に包んで、小川から少し離れた場所にあるブッシュクラフト型のセーフエリアに向かう。

 ブッシュクラフトは自然の物を使って、動物や人間から視認されづらくした建造物だ。

 中は広くないが、二人でご飯を食べる拠点としては十分である。


「じゃあ私は荷物置いたらすぐに料理始めるから、毛皮とお水よろしくね」

「あいあい、了解ー。美味しいのよろしくね」

「任せて!」


 ミチはマリュとうなづき合い、それぞれの仕事を開始する。


 ミチは気を抜くと見失ってしまうセーフエリアに到着すると、バッグを下ろした。

 自分用の小さなアイテムバッグから料理に必要な道具を取り出していく。

 小型の鍋とクズではないフリーズドライの野菜、それからコンソメスープの素。どちらもキューブ型で携行しやすい。

 次に塩と胡椒、レモンの汁とすりおろしたリンゴ、オリーブオイルの入った小瓶を並べる。


「さて、まずは……」


 石を囲んで作るかまどが一つしかなかったので、もう一つかまどを作る。

 一つには燃料キューブを入れて、その上に水をたっぷり入れた小型鍋を置く。

 火打石で火を点け、沸騰するまでそのままにしておく。


 続いてもう一つのかまどは石を高めに詰んで、その上に平たい、フライパン代わりになる薄い石を置く。

 かまどには薪を入れて火を点けておき、熱している間にまな板でヒレとロースを二人分に切る。

 さらに並べておいた各種香辛料を木皿にまとめ入れ、よく混ぜてソースを作った。


「よしよし……それじゃ、焼くぞー」


 ミチははやる気持ちを唾とともに飲みこみ、熱した石にヒレ肉とロース肉を置く。

 ジュッ、ジュウッ、と肉の焼ける音と匂いが一気に立ち昇った。


「ふわぁ……」


 それだけでパンをいくらでも食べられそうなほど良い匂い。

 ブルオークは街で食べようと思うと少々値が張るので、倒せる冒険者はこうして自分で料理したりする。


「は、早く食べたい。あ、こっちもやらなきゃ」


 焼き始めると同時に小型鍋の水が沸騰していた。

 用意しておいたフリーズドライの野菜とコンソメスープの素を二人分一気に投入する。

 スープの素はあっという間に溶け、野菜はそのスープにほどけていく。


「に、匂いが暴力的だよ。胃にパンチされる。う、うぅっ……!」


 肉はもう少しで焼ける。

 しかしまだマリュは帰ってきていない。

 一枚だけでも、先に食べる? どうする私?

 フォークを握りしめながら肉を見つめるミチ。

 と、そこへ。


「ただいまー。追加の飲み水持ってきたよー」

「あひゃっ!?」


 タイミングよくマリュが帰ってきて飛び上がるミチ。


「あひゃ?」

「い、いいいや、なんでもないヨ? 先に食べようとかしてないヨ?」

「……正直すぎる冒険者よ。私は君が心配だよミチ」

「しょ、正直じゃないから! 嘘つきだから!」

「それはそれでどうなのよ」


 確かに。と考えるミチと苦笑するマリュ。

 マリュは地面に苔と藻と草をより合わせて作った円形の敷布を広げて座り、かまどの火が当たるようにブルオークの毛皮を広げる。


「よし、オッケー。お待たせミチ。それじゃ食べようか」

「うんっ!!」


 待ってましたとミチが最後の仕上げに肉にソースをジャッとかけたら、ブルオークのステーキ完成だ。


「おお、やっぱりミチの料理はいいね。美味しそう」

「ブルオークの料理は初めてだけど、きっと美味しい。絶対美味しい」


 ミチは込み上げるテンションを押さえつつ、スープとステーキの火を消す。

 マリュはごそごそと自分のアイテムバッグを探って、中から大きな黒パンを二つ取り出す。


「はい」

「ありがとう! 食べよう、マリュ!」

「もちろん。いただきまーす」

「いただきます!」


 石の上にあるステーキを直接ナイフとフォークで切る。

 ほんのり赤みが残ったヒレを、よく冷ましてから口に運んだ。


「うっ…………!?」


 ミチは声を詰まらせた。

 マリュも、眉間に皺を寄せて固まる。


「……これは……たまんないね」


 ミチとマリュがそれぞれ美味さを噛みしめる。

 嚙み切る力がいらない柔らかさと口いっぱいに広がる脂があまりにも美味しい。


「これは、これは美味しすぎるよ」

「うん。うん、すごいよミチ。美味しい」


 まるで初めて肉を食べたような反応をしながら、二人はどんどんヒレとロースを口に運んでいく。


「ああ、なくなっちゃう。そんな、いっぱい獲ってきたきたのに」

「たぶん、二キロ以上はあったよね?」


 二人は食べながら、消えていく肉に驚きを隠せない。

 自分たちの食欲をなめすぎていた。


「でもブルオークが美味しすぎるのがいけないと思う」

「そうだね。ぜんぶブルオークが悪いよ。うまっ」


 そうしてなんやかんやと言い訳をしながら、二人はあっという間にブルオークのヒレ&ロースステーキを食べ尽くした。


「はぁ……最高の食事体験だった。ありがとうミチ」

「うん。こちらこそ。マリュがいなかったらブルオークなんて狩れなかったし」


 そう言いつつ、ミチとマリュは黒パンを割って残った脂とソースを浸して食べる。

 そしてようやく思い出したようにスープを飲み、ほっと息を吐く。


「そういえばさ、ミチ」

「なにー?」

「ミチはどうして冒険者やってるの?」

「……うーん。冒険者ってさ、こうやって美味しいものを直接食べられるでしょ」

「うん」

「でね、強くなったら、市場に出回らない珍味や絶品も食べたい放題」

「……もしかして、そのために冒険者に?」

「うん。変かな?」


 ミチの答えに、マリュは緩く首を振る。

 そういった冒険者はいないわけではない。

 マリュが知っているだけでも中堅に一人、ベテランに一人いる。特にベテランのほうは、マリュにとって勝手に憧れている剣の使い手でもある。


「ねえ、ミチ。私たち、パーティー組まない?」

「……え? どうしたのいきなり?」


 突然の誘いにスープ皿を落としそうになるミチ。

 マリュは黒パンでソースを拭い、口に運ぶ。


「いやね、私は冒険者として強くなりたい。でも正直なところ、ソロだと限界があるんだ。わかるでしょ」

「うん」


 ミチはうなづく。

 この世界にはソロで活躍している冒険者もいるが、ほとんどが自分で何でもできるオールマイティーな能力の持ち主ばかりだ。

 言ってしまえば、パーティーを組む必要がない。


「ミチも知ってるように、私は料理ができない。だから保存食で毎回バッグはパンパンだし、軽減化の魔法があっても、重くて動きが鈍る。そんな状態で強い魔物を退治できるはずもないし、正直クエストをこなすのに精いっぱいで、強くなるどころじゃない」

「……私、荷物持ちは嫌だよ?」

「もちろん。そんなことのために誘ったんじゃない。私はミチの料理で保存食を減らしつつ、冒険者として強くなりたい。ミチは自分一人で挑めない食材を手に入れるし、強くなれるし、美味しい料理が食べられる」


 ミチは少し考え、小さくうなづく。


「つまり私たちは、そもそも利害が一致してるってこと?」

「うん。だから、どうかな? 私たちなら、上手くやれると思う。ただの勘だけど」

「……勘。うん、でも……私もそう思う」

「うん?」

「マリュとなら、いいパーティーになれると思う」


 マリュの言う通りだ。

 ミチもマリュとなら上手くやれるような気がしていた。

 実は、ミチのほうからもお誘いしようと思っていたのだ。

 まだたった三回ほどしか会っていないけど、馬が合う人間というのは、直感でわかるものだから。


「でも、ほんとにいいの?」


 ミチはこれまで何度も頼みこんで先輩冒険者たちとパーティーを組ませてもらっていた身だ。

 しかし試用期間で何度も切られている。

 弱いし、たくさん食べるからだ。

 だからこそ、誘ってくれることに喜びと不安が混じる。


「もちろん。さっきから言ってるでしょ。私はミチの料理が食べたいし、ミチと組んで強くなりたいの」


 ミチは口元がにやけそうになるのを必死でこらえる。

 でもこらえきれなかったので、バッと下を向いて右手を差し出す。


「よろしくお願いします!」


 そして元気いっぱいに出したその手を、マリュがギュッと握ってくれる。


「こちらこそ。よろしく、ミチ!」


 こうして、ミチは仲間を得た。

 けれども新米同士なので、未だ個人としてもパーティーとしても新米冒険者であることに変わりはない。

 それでも仲間が出来た喜びは、ミチの胸に温かな火のように広がっていった。


「次はさ、ナッツオークとかもいいよね」


 そしてさっそく次の食材に思いをはせるミチ。


「そこはさ、夢はでっかくドラゴンとか行こうよ」

「どらっ……?! あれってAランクパーティーの人たちじゃないと気軽には狩れないでしょ。まだ無理だよ」

「まだってことは……狩る気はあるんだ?」

「……へへ、まあ」

「なんだ、けっこう強欲じゃん」

「そんな、食欲と同じぐらいだよ」

「強欲じゃん!?」


 などなど、二人はこれからについて話を弾ませる。

 ──次に食べるのは、次の食材は、パンが美味しいのは二番通りの『焔粉亭』で、と、すべて食事に関することだったが。


 ともあれ、二人となった新米冒険者のグルメ旅はまだまだ続くようです。


ー・ー・ー・ー 今日の食材 ー・ー・ー・ー


・ブルオークのヒレ肉×2キロ

・ブルオークのロース肉×2キロ

・各種香辛料と果実ドレッシング 適量

・コンソメスープの素 キューブ型×2

・野菜フリーズドライ キューブ型×2

最後まで読んでくださりありがとうございました!

美味しそうー!と思われた方は高評価やブックマークしていただけると嬉しいです!

また次回もよろしくお願いします!

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